「小説家になろう」で、また個人的に大当たりの作品に出会ったので、頑張ってメモを書いておく。
豆田麦「給食のおばちゃん異世界を行く」
https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n2254en/
全98話。
気軽な感じのタイトルの印象とは違って、登場人物たちの人生の意味やあり方をまともにとらえて、ガッツリ昇華させてしまうお話だった。
とはいえシリアス展開ばかりでなく、異世界転移ものならではの面白さもたっぷり盛り込まれていて、一気に読まされてしまった。
主人公は小清水和葉という、45歳の女性。
学校給食のパートで家計を支えながら、主婦として夫と子どもの世話をするという、ごく平凡な暮らしを送っていた彼女は、ある日突然、四人の若者と一緒に、勇者として異世界に召喚されてしまう。
召喚と同時に、見た目が10歳ほどの少女になってしまった和葉は、勇者として魔人や魔獣と戦うのは自分には無理だと判断し、とりあえず、騎士団の食堂の厨房に自分の居場所を見出した。
和葉たちを召喚した異世界の人々にとって、特殊能力や進んだ文明の知識を持つ勇者は、至宝というべき存在で、たとえ戦わない生き方を選んだとしても、国を挙げてその意志を尊重し、手厚く保護することになっていた。
若返ってしまった身体と、自由に生きることのできる境遇を得た和葉は、元の世界では直視することのなかった自分というものと、生まれて初めて向き合うことになる。
自分の本当にやりたいことは何だったのか。
本当は何を選び取りたかったのか。
給食のおばちゃんとして働いていて、職場はそれなりに気に入ってはいたけれど、料理がそれほど好きだったわけではなかった。
母親として精一杯の育児はしてきたし、職場で触れ合う子どもたちき気にかけてもきたけれど、子どもが好きなわけでもなかった。
親に放任された育った和葉は、早く結婚して自分の家庭を持ちたいと願っていた。短大時代のアルバイト先で知り合った男性にプロポーズされ、渡りに船とばかりに結婚し、子どもを二人授かった。
けれどもモラハラ気味の夫は、和葉の行動の自由を許さず、自分のプライドを守るのに都合の良い妻であることを強いるばかりで、結婚当初から心が通じ合うことはなかった。そんな夫との間に波風を立てないように、和葉は自分の気持ちを殺して生きることに慣れてしまう。気に入っていたパート先には勝手に退職届を出されてしまい、子ども二人を授かってからはセックスレスを一方的に宣言され、コツコツと溜めていたパートの給料の使い道まで、相談もなく勝手に決められてしまう。
こういう主人公の胸糞な過去の回想シーンは、異世界でのハチャメチャなエピソードに挟まれて、水洗トイレの水のように流れていくのだけど、決して軽く癒して済ませているわけではなく、重い事情の一つ一つが、勇者としてのありかたや強さ理由に落とし込まれて生かされている。他の勇者の事情も同様で、何一つムダにしない作者さんの気合というか、力技を感じて、読んでいてワクワクする。
和葉が異世界に召喚されたのは、ゴミみたいな夫だけでなく、大切に育ててきた子どもたちまでが、自分という人間を全く見もせず、微塵も理解もしていなかったと、はっきり気づいた翌日のことだった。和葉の事情は、些細でありきたりな不幸せだったかもしれない。けれども、襲撃してきた魔人に、
「なぜおばさんだとわかるか教えようか? 魂がもう干からびてしわしわだからさ」
と言われてしまうほど、和葉の内面は孤独と絶望に蝕まれ、凍えていた。
けれども、とんでもないチート能力を持つ勇者として、また45歳の精神を持つ少女として、大小さまざまな事件に巻き込まれる異世界の生活の中で、和葉は心を開放し、どんどん変化していくことになる。
和葉と一緒に召喚された他の勇者たちの抱えていた絶望は、ネグレクトや代理ミュンヒハウゼン症候群など、相当に重いものだったけれども、彼らも異世界での暮らしのなかで、十二分に心を育てて成熟していく。
のちに和葉たちは、元の世界で背負わされた絶望こそが、勇者召喚の条件でもあったと知ることになる。
何のとりえもない平凡なパート主婦だったはずなのに、やることなすこと破天荒で、懐に入れた相手には惜しみなく愛情と保護を与え、柔軟な思考と旺盛な知識欲で、異世界の問題を解決してしまう。戦いには向いていないと思っていたのに、仲間を守るためににすさまじい破壊力を発揮して、殺戮もいとわない。
恋も知らず、家族に愛されることもなかった和葉は、気が付けば異世界の多くの人々に愛され、慕われる存在になっていく。
料理が好きなわけじゃなくても、おいしいものを食べたい、大切な仲間に食べさせたいという情熱は尽きることなく、元の世界の料理やお菓子を次々と再現していく。そんな和葉の行動が、停滞していた異世界を活性化させる原動力にもなっていく。そういう異世界転移ものの王道を押さえたエピソードもたくさんあって痛快だった。
物語の終盤で登場する「魔王」によって、勇者召喚が行われる真の理由や、この世界で魔人や魔獣との戦いが終わらない理由、異世界の成り立ちの事情などが、丁寧に明かされる。その上で、「魔王」は和葉に究極の選択を迫るのだけど、自分の人生を完全に取り戻した和葉が選んだのは、「魔王」の思惑を完全に無視してぶち壊し、自分が心から望んだ未来をかなえる道だった。
ストーリーだけでなく、和葉たちの会話が当意即妙、打てば響くテンポのよさがあって、面白かった。
それと、ラノベ作品にはめずらしく、音楽についての描写がたくさんあったことでも、楽しめた。有名なクラシック曲もあれば、ドラクエの曲もあり。各話のタイトルも曲名の入ったものがいくつもあった。
エド・シーランの「Shape of You」や、マイケル・ジャクソンの「Liberian Girl」が出てくる回では、曲を聞きながらお話を読んで場面に浸った。
異世界の騎士団員たちがコサックダンスを踊るのを見て、勇者たちが「ウクライナからも召喚されてたの!?」と驚くシーンもあった。(不勉強にして、コサックダンスがウクライナのものだと初めて知った。Wikipediaにも「ロシアの舞踊と誤認されることも多いが、ウクライナの代表的な伝統文化である。」って書いてあった。恥)
読み終わってしまって、ちょっと寂しい。
とてもキリよく終わっているので、続編というのはなさそうだけど、書籍化の予定があるとのことなので、出版されたら改めて読んでみたいと思う。
↓今年読んで個人的に大当たりだった「小説家になろう」作品その1