湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

ねこたま日記

こんにちは。

 

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今朝は6時半ごろに目が覚めた。

末っ子は体調不良で二日欠席したけど、今日は登校して行った。

 

息子は元気いっぱいだけど、まだ咳が完全には治らないので、今日も介護施設はお休みにした。

 

オミクロン株にも対応するという、新型コロナの検査キットが、Amazonにも出ているようで、買おうかどうしようか、迷っている。

 

 

熱があれば、すぐにでも発熱外来に連れて行くのだけど、平熱だし、咳も暖かい部屋で静かにしていれば、ほとんど出ない。

 

あと一日くらい休んでいれば、治りそうにも思える。幸い他の家族には風邪症状がないので、もうちょっと様子をみようかと思う。

 

そういえば、市販の検査キットで陽性判定が出た場合、どうすれば良いのだろうと思って、自治体などの発信する情報を見てみたら、とにかく病院で診察を受けるように、とのことだった。そりゃそうか。

 

 

 

(_ _).。o○

 

今年は夫婦そろって還暦だけれども、夫婦そろって特に何か贅沢したいという希望もない。

 

外食よりは家で美味しいものを食べたいし、赤いちゃんちゃんこも別にいらない。

 

でも何か思い出に残るようなことをしたいなと思っていたら、亭主が、昔ちょっとだけ飲んだ獺祭がびっくりするほど美味しかったと言った。完全に下戸の亭主が言うのだから、本当に美味しかったのだと思う。

 

Amazonで獺祭を探してみたら、「おためしセット」が、新型コロナ検査キット二本分くらいのお値段で出ていた。

 

今年の結婚記念日に買ってみようかと思う。

 

 

 

(_ _).。o○

 

 

今月はブログの更新頻度が多い。

この日記で53本目。

なんか、元気になったみたいで嬉しい。

 

 

 

マラセチア毛胞炎メモ

息子(24歳・自閉症)の首の後ろから背中にかけてのマラセチア毛包炎の経過について、書いておく。

 

前回の経過メモは、2021年3月31日だった。

 

dakkimaru.hatenablog.com

 

現在は、クロマイN軟膏のほか、セナキュアというスプレータイプの薬を使っている。

 

 

広範囲にセナキュアを噴霧して、炎症のひどい箇所にはクロマイN軟膏を使っている。

 

肌が乾燥すると、毛包炎が広がりやすくなり、やぶれて出血することも増えるようなので、保湿にも気を付けるようにしている。

 

保湿方法は、各種のボディクリームや化粧水などで、いろいろ試行錯誤中。

こってりしたクリーム系よりも、保湿力の高い化粧水のほうが合うように思える。

 

近頃では、息子の背中のブツブツは、ほぼ消失。

ときどき復活するけれども、増えても3個ほどで抑えられている。

 

しつこい首の後ろのブツブツは、まだ10個ほど常時出ていて、なかなかすっきり消えてくれない。

 

ただ、朝と夜の入浴後、丁寧にケアすると、ブツブツのサイズは小さくなって、減っていく。

 

日中もケアの回数を増やせば、撲滅できるのではないかと思うけれども、介護施設通所もあるので、なかなか思うようにはいかないのがつらいところ。

 

ここまでしつこく症状が続いているのだから、ほんとうは皮膚科に連れて行くべきなのだろうけれども、重度自閉症の息子は、新規の通院では大パニックを引き起こす可能性が高いので、どうしても二の足を踏んでしまう。

 

もう少しだけ、自宅で頑張ってみる。

 

↓関連する過去記事

dakkimaru.hatenablog.com

 

dakkimaru.hatenablog.com

歴史音痴と大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(3)

第三回「挙兵は慎重に」を見た。

 

伊豆北条館

 

今回は、伊豆北条館の全景を見渡せる場面があった。

 

館の周りが塀でぐるりと囲われている。

門の脇には物見櫓。

 

門の外側には何軒かの小屋が立っている。倉庫だったり、下働きをする人たちの住居だったりするのだろうか。

 

塀の内側、門の向かい側あたりに一番大きな建物がある。第一回目で時政帰還の宴会を開いていた建物だと思う。

 

他に、屋根が五つほど見える。

 

ドラマの中では、厨、倉庫(義時が種籾の勘定などの事務仕事をしている建物)、頼朝が匿われていた離れ屋が出てきていた。厩もあったように思う。

 

他に、時政の後妻に迎えられたりく(宮沢りえ)が、嫁入り道具を入れていた部屋もあったと思う。

 

それらに母屋(寝殿?)を入れると、建物は最低でも六つは必要な気がするのだけど、北条館全景では、全部は見えていなかったのかもしれない。

 

で、考えてみると、宗時&義時兄弟や、その妹が居住する部屋が、まだ出てきていない。彼らには私室はないのだろうか。

 

厨で働いている女たちも、それなりに人数がいたようだけど、彼女たちは住み込みではなく、通いなのだろうか。

 

いろいろと謎は尽きない。

 

食事

 

今回も、食に関わる場面を凝視した。

 

大河ドラマの一番の楽しみが食事シーンというのも、我ながらどうかと思うけれども、なにしろ出てくる人々が、歴史の中で、このさき「どうなるか」が、ほとんどわかっちゃっているので、そういう楽しみがないと、つらくて見ていられなくなる。

 

で、今回の「食」の見どころは、二ヶ所あった。

 

まず、宗時(片岡愛之助)や三浦義村山本耕史)たちが狩から帰還したあと、義時との会話のなかで、獲物が兎だったことがわかる。義時は猪鍋を期待していたらしいけど、兎も嫌いではなさそうだった。肉好きなのだろう。

 

猪鍋、ぼたん鍋とも言うと記憶しているけど、私は食べたことも見たこともない。写真で見ると、豚肉と変わりないようだけど、脂が少なくて、独特の風味があるのだとか。

 

ぼたん鍋は味噌仕立てが普通のようだけど、平安末期や鎌倉時代はどうだったのだろう。興味津々だ。

 

その後宗時や義村たちは、倉庫っぽい建物で、狩の打ち上げの酒盛りをしていた。そのときの肴の皿には、少なくとも三種類のつまみが見えた。

 

大豆を炒ったらしきもの。

濃い緑色の豆らしきもの。

干物か燻製っぽい何か。

 

緑色の豆は、そら豆だろうか。

そら豆は、飛鳥時代の僧である行基が、インドの僧から譲られて、栽培しはじめたというから、平安時代にはすでに日本に伝来していたことになる。

 

画面で見た感じでは、乾いていたようだったから、煮豆にしたのではなく、焼いてあったのかもしれない。

 

干物か燻製っぽい謎肉は、かなり濃い茶色をしていふ。

 

平安貴族は仏教の影響で獣肉を忌避していたようだけど、肉食が廃れることはなかったようだ。

 

そして鎌倉時代の武士は、わりと積極的に獣を食べていたらしい。

 

Wikipediaで肉食の歴史についての記述を見つけたので、引用してみる。

 

奈良時代の肉食禁止令には、家畜を主に食していた渡来系の官吏や貴族を牽制するためとする説もあり、家畜はだめだが狩猟した肉はよいとする考えもこれに基づくものである可能性もある。奈良時代には前時代から食されていた動物に加えてムササビも食されたが、臭気が強いためにこの他の時代ではあまり例がない。

 

また、酢を使って鹿の内臓を膾にすることも始められた。一方で、庶民には仏教がまだまだ浸透せず、禁令の意味も理解されずに肉食は続けられた。

 

(中略)

 

平安時代には陰陽道が盛んになったこともあり、獣肉食の禁忌は強まり、代わって鳥や魚肉が食されるようになった。これが魚肉の値上がりの原因になり、『延喜式』に記載された米と鰹節との交換比率は、200年前の大宝令の時と比べて2 - 3倍に上がっている。

 

延喜式には獣肉の記載がほとんどないが、一方で鹿醢(しししおびしお)、兎醢など獣肉の醤油漬けや、宍醤(ししびしお)という獣肉の塩漬けを発酵させた調味料に関する記載が現れる[13]。乳製品もさらに多く摂られるようになっている。

 

(中略)

 

鎌倉時代になると、武士が台頭し、再び獣肉に対する禁忌が薄まった。武士は狩で得たウサギ、猪、鹿、クマ、狸などの鳥獣を食べた。

 

鎌倉時代の当初は公卿は禁忌を続けており、『百錬抄』の1236年(嘉禎2年)の条には武士が寺院で鹿肉を食べて公卿を怒らせる場面が出てくる。

 

しかし時代が下ると公卿も密かに獣肉を食べるようになり、『明月記』の1227年(安貞元年)の条には公卿が兎やイノシシを食べたとの噂話が載せられている。

 

(中略)

 

12世紀後半の『粉河寺縁起絵巻』には、肉をほおばり、干肉を作る猟師の家族が描かれている。

 

Wikipedia「日本の獣肉食の歴史」のページから引用)

 

ドラマの中の謎肉は、猪や兎など、狩の獲物を干し肉にしたものなのかもしれない。

 

 

北条義時と「吾妻鏡

 

今回は、以仁王源頼政が平家に対して反乱を起こし、あっという間に鎮圧されたくだりがあった。

 

北条義時は1163年生まれ。

以仁王が挙兵した1180年には、まだ17歳くらいだったはず。

 

ドラマではいまのところ、義時の周囲に女性の影はない。頼朝の元妻にほのかな思いを寄せているっぽいエピソードはあるものの、どうこうしようという意志は全く見えない。

 

なんとなく、美人で気の強い年上の女性が好みっぽくて、姉の政子とのやりとりを見ていると、シスコンっぽい感じもある。

 

彼がたくさんの子どもに恵まれるのは歴史上の事実だし、結婚もしたはずだから、そのうち出会いがあるのだろう。

 

そのあたり、どうなんだろうと思いつつ、家にあった「吾妻鏡」(岩波文庫)の3巻をパラパラと斜め読みしていたら、まさにその件についての記述が目に飛びこんできた。

 

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建久三年十月 廿五日  甲午

幕府の官女(姫前と号す)、今夜初めて江間殿(義時)の御亭に渡る、

 

是比企藤内朝宗の息女、当時権威無双の女房なり、殊に御意に相叶う、又た容顔はなはだ美麗なりと云々、

 

しかるに江間殿、此一両年、色に耽るの志をもって、しきりに消息せらるるといえども、敢えて容用無きのところ、将軍家これをきこしめされ、離別を致すべからざるの旨、起請文を取り、行向うべきの由、件の女房に仰せらるるの間、その状を乞い取るの後、嫁取の儀を定むと云々。

 

吾妻鏡」3 岩波文庫より

(読みやすいように表記は適当に変えてあるけど間違ってたらごめんなさい)

 

 

 

ざっくり解釈すると、こんな感じだと思う。

 

 

建久三年、つまり西暦1192年、当時29歳くらいだった義時くんは、将軍家の元で、バリバリのキャリアウーマンとして働いていた女性に片思いして、足掛け2年も猛烈アタックしていたらしい。

 

彼女は「姫の前」と呼ばれていて、極め付けの美女であり、職場では並ぶものがないほどの権勢を奮っていたそうで、頻繁に送られてくる義時のラブレターに見向きもせず、ガン無視していたという。

 

義時の恋煩いを知った頼朝が、義時に、

 

「あなたと結婚できた暁には、絶対に離婚いたしません」

 

という誓約書を書かせた上で、「姫の前」に義時との結婚を命じたようだ。

 

「姫の前」は、義時の正妻になる女性だけれども、残念ながら「絶対離婚致しません」と言う義時の誓いは、のちに政治的な理由で破られることになるようだ。

 

彼女の父親は、比企朝宗。頼朝の乳母である比企尼の養子で、のちに反乱(1203年)を起こして北条義時に滅ぼされる比企能員(佐藤二郎)の兄弟だ。

 

その乱のときの比企朝宗や「姫の前」の立ち位置は分からないけれども、乱の2年後には、義時の継室(後添い・後妻)と言われる伊賀の局が、義時の息子を出産しているので、「姫の前」と義時は離婚したのだろうと言われている。

 

義時くん、女運には恵まれない人生だったのかもしれない。

 

 

蛇足だけど、いきなり「吾妻鏡」の3巻を読んだのは、家探ししても3巻と5巻しか見つからなかったからだ。亭主に聞いたら学生時代に全巻買ったということなので、気長に探してみようと思う。

 

Kindle Unlimited(読み放題)では、国立図書館所蔵の「新刊吾妻鏡」を全巻読めるけど、全部漢文で書かれているので、さすがに斜め読みはキツかった。

 

 

 

 

 

(_ _).。o○

 

そういえば、Kindle Unlimited(読み放題)で、いい参考書を見つけた。

 

 

なかなか人名を覚えられない私には、こういう本はとってもありがたい。

 

 

ねこたま日記

こんにちは。

 

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朝、登校していった末っ子が、乗り換え駅で具合が悪くなってしまって、家に引き返してきた。立ちくらみと、腹痛。身体もだるいという。いまのところ熱や咳はない。

 

お昼前、息子の介護施設から電話があって、咳が止まらないから早退させてほしいというので、車で迎えにいって引き取ってきた。帰宅後、咳はほぼ治まっているけれど、少しだるそうに見える。熱はない。

 

二人とも、熱が出たら即座に発熱外来に連れていく心づもりだけれども、なんとか出さずに収まってもらいたい。我が家はもう、コロナはお腹いっぱい。たくさんだ。(´・ω・`)

 

 

 

 

映画「ノア 約束の舟」

Amazonプライム・ビデオで、「ノア 約束の舟」を見た。

 

映像は素晴らしかったと思うけれども、ストーリーは、かなり賛否が分かれるのではないかと感じた。

 

たぶん、旧約聖書の創世記のノアの一家や方舟に関連する箇所を直接読んで、その内容の「分からなさ」に一度でも困惑したことのある人と、そういう経験のない人とでは、作品から受ける印象は相当に違ってくるはずだ。

 

ノア 約束の舟 (字幕版)

ノア 約束の舟 (字幕版)

  • レイ ウィンストン
Amazon

 

焼けただれた荒野で、ノアの家族が人目を避けて暮らしている。

 

生きるために他者を殺して奪うのが当たり前の時代なのに、ノアの一家は、アダムの末裔であることに誇りを持って、神の心にかなうよう、正しく暮らしてきた。

 

ある日、ノアは夢の中で神のメッセージを受け取った。

 

それは、地上の生き物が全て洪水に飲み込まれてごぼごぼと死に絶える、恐ろしい映像だった。

 

旧約聖書の「創世記」では、神はノアに次のように言葉で伝えている。

 

時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。

 

 神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。

 

そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。

 

創世記 第6章 11-13
 

 

ノアは悩んだ末に、家族を連れて祖父メトシェラ(メトセラ)の元へ行き、相談することにした。

 

過酷な旅の途中、ノアの妻が「お祖父様はご存命なの?」と夫に聞く場面がある。独居老人が生き延びるには厳しすぎる環境だから、当然の疑問だけれど、なぜかノアは祖父の健在を全く疑っていなかった。

 

そして祖父は、山の上の洞窟で、悠々自適のサバイバル生活を送っていた。

 

メトセラの年は合わせて九百六十九歳であった。そして彼は死んだ。

 

創世記 第6章 27節

 

神の作ったアダムの直系の子孫は、ある種の超人だったのだろう。

 

ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテを生んだ。

 

創世記 第6章 32節

 

映画のノアは、500歳越えにしてはだいぶ若く見えたけど、やっぱり超人ではあったのだろう。

 

ノアが神から受け取ったという洪水の預言イメージは、当初は水中に没した人々や動物たちが生き絶えるというものだった。

 

けれども、その後それは、選ばれた動物たちだけが救われるものへと変わっていった。

 

そうした命の選抜のイメージから、ノアは、神の意志が邪悪な人類の殲滅にあると確信し、自らの家族も子孫を残すことなく滅びるべきだと考える。

 

正しい暮らしを送る自分たち家族の心の中にも、醜い妬みがあり、我欲が潜んでいることを、ノアは痛感していたのだ。

 

妻を持ち、長男として尊ばれる兄セムに嫉妬して、自分に嫁をとらせようとしない父ノアに反抗的なハム。

 

神の意志に逆らってでも、自分の息子たちには妻子を持って栄えてほしいと願わずにはいられない、ノアの妻。

 

ノアは、身内のそうした人間臭い思いを、神の心にかなわないものと考えたのだ。

 

けれどもノアは、ここで神に試されていたらしい。

 

ノアの受けた預言のイメージには、ノアの一族の滅亡までは含まれていなかったし、人が他者を愛する心を否定してもいなかった。

 

 

旧約聖書の創世記では、ノアへの神の指示は、次のようなものだった。

 

 

あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。

 

その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。

 

わたしは地の上に洪水を送って、命の息のある肉なるものを、みな天の下から滅ぼし去る。地にあるものは、みな死に絶えるであろう。

 

ただし、わたしはあなたと契約を結ぼう。あなたは子らと、妻と、子らの妻たちと共に箱舟にはいりなさい。

 

またすべての生き物、すべての肉なるものの中から、それぞれ二つずつを箱舟に入れて、あなたと共にその命を保たせなさい。それらは雄と雌とでなければならない。 

 

すなわち、鳥はその種類にしたがい獣はその種類にしたがい、また地のすべての這うものも、その種類にしたがって、それぞれ二つずつ、あなたのところに入れて、命を保たせなさい。

 

また、すべての食物となるものをとって、あなたのところにたくわえ、あなたとこれらのものとの食物としなさい」。

 

ノアはすべて神の命じられたようにした。

 

創世記 第6章 14-22節

 

 

やはり、ノアの一族には、滅びを命じてはいない。

 

けれども、預言に過剰に忠実であろうとしたノアは、長男のセムの妻が方舟で身籠ったとき、赤ん坊が男子であれば、人類の最期の一人として生かすけれども、女子であれば、出産直後に殺すと宣言する。子どもを産む女子を生かせば、人類を滅ぼそうとする神の意志に反すると、ノアは考えたのだ。

 

当然のことながら、家族たちはノアの決定に激しく反発する。妻はノアを強い言葉でなじり、長男のセムは妻を連れて方舟から脱出しようとし、次男のハムは邪悪な密航者と凶暴して父を殺そうとする。

 

そうした家族の反発に内心深く傷つきながらも、冷徹に暴力で振り切ったノアは、生まれ落ちた双子の女の赤ん坊を手にかけようとする。

 

けれども、孫たちの顔を見た途端、心に芽生えた愛のために、殺意を殺意を完全に失ってしまう。

 

ノアは、神に向かって、自分には孫を殺すことはできないと告白する。

 

豪雨と洪水が去り、方舟は陸地にたどり着いたものの、ノアは家族から離れて、一人でぶどう酒に溺れる生活を送っていた。

 

大仕事を成し遂げた虚脱感からだったのか、あるいは神の意志に反して孫娘たちを生かしてしまったことへの自罰的な思いからだったのか、ノアの精神は荒みきっていた。

 

一度は父親殺しを目論んだハムもまた、兄一家を中心に力を合わせて暮らす身内の輪に入れず、心を荒ませていた。

 

何かを決意したらしきハムが、父親のもとに向かうと、それに気づいた兄セムも末の弟の手を引いて後を追った。

 

セムは、泥酔して全裸で転がっていた父親に服を着せて、末の弟と二人で介抱する。

 

けれどもハムは、一族の証である蛇の抜け殻の入った小袋をノアに放り投げて立ち去った。

 

ノアはハムが家族の絆を切り捨てたことを悟り、深く悲しんだけれども、ハムは兄の妻に優しい心を持とうと言い残して、一人っきりで新天地へと旅立っていく。

 

自分を責め続けるノアに向かって、セムの妻は、神の意志を解き明かしてみせる。

 

人の善と悪の両方から目を背けないノアに、人間を生かす価値のあるものかどうかを選び取らせたのだと。ノアが、生まれたばかりの孫たちへの愛と慈悲を選び、家族を愛しく思う気持ちに苦しんだために、神は人間を残すことにしたのだと。

 

 

映画のような家族との摩擦のくだりは、聖書には書かれていない。聖書の中では、ノアは孫の殺害予告をしないし、次男のハムが父親殺しを目論んだりもしない。

 

けれども「創世記」は、洪水後に、ノアが次男ハムに憤り、彼の未来を子孫ごとバッサリ切り捨てたことを記している。

 

この謎の切り捨てこそが、ノアに関する記述のなかで、年齢設定以上に「分からない」箇所でもある。

 

長くなるけど引用してみる。

 

さてノアは農夫となり、ぶどう畑をつくり始めたが、 彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。

 

カナンの父ハムは父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。

 

セムヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。

 

やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、 彼は言った、「カナンはのろわれよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える」。

 

また言った、「セムの神、主はほむべきかな、カナンはそのしもべとなれ。 神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕に彼を住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ」。

 

創世記 第9章 20-27節

 

映画のなかのハムは、恋人をノアに見殺しにされて未婚だったから、息子のカナンも登場しない。

 

だけど、聖書のなかのハム親子は、なにか途轍もなくまずいことを、ノアに対してやらかしたらしい。

 

こういう想像は不謹慎にすぎるかもしれないけれども、私はハムの息子のカナンが、祖父ノアを強姦したのかしらと思った。

 

そうでなければ、酔いから覚めて「末の子が彼にした事を知ったとき」の、ノアの第一声が、

 

「カナンはのろわれよ」

 

だったことや、セムヤペテが父親の裸を絶対見ないように、わざわざ後ろ向きに歩み寄ったこと、そして次男ハムが父親の介抱に手を貸さずにいることの説明がつかないと感じたのだ。

 

どう考えても父親の恥辱になるような状況であれば、セムヤペテは全力で目を背ける必要があっただろうし、自分の息子のやらかした罪にいたたまれなかったハムは、父親に近寄ることも出来なかったことだろう。

 

ハムの子孫について、創世記は次のように記している。

 

カナンびとの境はシドンからゲラルを経てガザに至り、ソドム、ゴモラ、アデマ、ゼボイムを経て、レシャに及んだ。

 

これらはハムの子孫であって、その氏族とその言語とにしたがって、その土地と、その国々にいた。

 

創世記 第9章 19-20節

 

 

よく知られているように、ソドムとゴモラは悲惨な末路を辿ることになる。

 

 

主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。

 

創世記 第19章 24-25節

 

 

先祖のやらかしが末代まで祟るというのは、過酷な話ではあるれけども、創世記で、神は人間について、ノアにこう語ってもいる。

 

ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。

 

主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。

 

創世記 第8章 20-21節

 

 

「人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである」から、人間の悪を理由に地上を滅ぼすことはしない、という。

 

人間の製造元(神様)が、ポンコツなのは仕様であると言い切っていいのかと思うけど、それに反論できるものは人類の中にはいないだろう。

 

映画「ノア 約束の方舟」は、ハムの息子がらみのアレな聖書の記述について、スパッとなかったことにした上で、人の心に宿る愛と慈悲を人類存続の根拠とした。その綺麗な解釈にも、意を唱えようという人はそんなにいないだろうと思う。

 

というか、聖書に書かれたノアと孫とのアレな内容を知っていれば、映画をああいうストーリーにするのは当然だろうなと納得するしかない。

 

などという、身も蓋もない感想はともかくとして、セムの妻役のエマ・ワトソンは、ほんとうに美しかった。