湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

一日

 

今日は家族がみんなおやすみなので、思いっきり寝坊した。

 

なので、朝食は各自セルフサービス。といっても、起きたのは亭主だけだったようだ。

 

お昼には流石に起きて、食事を作った。

 

 

【牛肉とトマトのスープ】

 

牛肉薄切り肉、醤油、オイスターソース、ごま油、日本酒、黒こしょう、片くり粉を、ビニール袋にいれてモミモミ。

 

薄切りにした長ネギをごま油で蒸し煮してから、切ったトマト、日本酒、水で煮て、煮立ったら牛肉投入。味見しながら醤油その他を足して、火を止めたら黒こしょうで仕上げ。

 

 

【低温キャベツ】

 

予熱してない乾いた鍋(厚みのあるやつが望ましい)、オリーブオイルと塩を入れ、その上に千切りにしたキャベツをどさっと入れて、蓋をして、可能な限り弱火で蒸す。

 

柔らかくなったら、黒酢を回しいれて、全体を混ぜて、もうちょいあっためて、出来上がり。

 

一仕事したらご褒美。

というわけで、本一冊ダウンロード。

 

 

○Aryou「いつか陛下に愛を」

 

黒髪の日本人女性が交通事故死した直後に言語も文化も全く違う異世界に転生し、どこぞの王家の御一行に拾われたと思ったら、自分たちの姫の身代わりとして他国の後宮に送り込まれ、二十代なのに中学生くらいの子どもだと勘違いされたまま、無自覚なロリコンだったらしい俺様国王の目に止まって変な具合に執着されることになり……というお話。

 

華奢で幼い見た目と違って、ドライで図太く恋愛感情とは無縁なタイプのヒロインは、後宮で他の女たちの嫉妬を買ってイジメに遭ったり毒殺されかけたりしても、どこか飄々としていて、三食昼寝付き以上の暮らしを望むような欲もなく、国王の寵愛や夜の訪れを有り難がるどころか、迷惑に思う気持ちを隠そうともしないため、俺様国王のほうはヒロインの真意を測りかね、しまいには嫌われるのを恐れて会いにも行けなくなり、部下に見張らせて毎日報告書を提出させ、それを読んで心を慰めるといういじましいありさまで、タイトルの「いつか陛下に愛を」が一体いつ実現するのかと、変なところではらはらしながら読み進めていたら、最後の最後で(私が)泣かされた。

 

 

(_ _).。o○

 

 

午後になって体調が悪くなり、起きていられず、ずっと横になっていた。

 

本を読むのもきついけど、なにもしないのもつらいので、Amazonプライム・ビデオで映画を眺めることにした。

 

黒澤明監督 「まあだだよ

まあだだよ [Blu-ray]

まあだだよ [Blu-ray]

 

 

見終わってから、内田百閒のウィキペディアなどの記事を調べて年代等を確認した。

 

映画の冒頭で、作家業に専念するために教師をやめる時の内田百閒先生が、いまの自分よりだいぶ若かったらしい(四十代?)ということに、ちょっと驚いた。最後の授業の教室に、父親も教え子だったという学生がいたので、もっと年上だと思っていた。

 

昭和前半のシニアと、平成令和のシニアは、何かがずいぶん違っている。

 

昔の人は老けて見えるとか、そういうことではない気がする。

 

たぶん昔の人にとっての不惑の年や還暦は、そう遠くない人生の終焉を強く意識し、覚悟するための目印だったのだろう。そのあたりの感覚が、たぶんいまの五十代とはだいぶ違う。第二の人生なんて軽々しく想定できないほど、ほとんどの人の人生がまだ短かったのだ。戦争があったから、なおさらだろう。

 

先生を慕って集い、事あるごとに支えようとする教え子たちにとってもそれは同じで、彼らにとって「金無垢」の存在である、かけがえのない先生に生きて会える今この時を、ほんとうに大切に思っているのが伝わってくる。

 

と、書いてみれば当たり前のことなのに、気づきにくくなっているのは、生きることそのものに自分が鈍くなってるからかもしれない。大ジョッキより大きなグラスでビールを一気飲みできる還暦の百閒先生より、私の方がよっぽど早死にしそうなのに。

 

映画「まあだだよ」は、先生が喜寿のお祝いの席で倒れたあと、子どもになってかくれんぼをする夢を見ているところで終わる。

 

先生の内面が直接映し出されるのは、その夢のシーンを含めてごくわずかで、他はほとんど教え子たちの目を通した先生の姿である。

 

そのせいなのか、画面の中で先生と一緒にいることの多い奥さんとの関係も、ちょっとよそ行きというか、奥さんがあまりにも良妻な感じに見えて、なんだか不思議な夫婦だなと思ったのだが、ウィキペディアなどの情報によると、映画の中で奥さんと呼ばれ、戦中戦後に苦楽を共にしていた女性は、内田百閒先生の妻ではなかったらしい。晩年になって、長年別居していた本妻が亡くなってから、ようやく入籍したのだという。

 

映画ではそういう事情は全く語られていないし、自身の著作でも書かれていないというから、想像するしかないけれども、猫のノラが居なくなっただけで、泣き暮らして食事もできず憔悴してしまうほど、感受性が強すぎる先生にとって、妻子のような生々しい存在は、神経に負荷がかかりすぎてダメだったのかもしれない。

 

明日は内田百閒の本を読みたい。

紙の本しかないけど、昼間なら読める。

 

間抜けの実在に関する文献 (福武文庫)

間抜けの実在に関する文献 (福武文庫)

 

 

 

(_ _).。o○

 

お腹から太もも、ふくらはぎ、足の先まで、冷えや痺れ、痛みがあって、だいぶつらい。亭主にマッサージしてもらっている間は少し楽になるけど、終わってしまうとやっぱりつらい。鬱血かな。明日は少し運動したい。できるといいな。

 

 

 

 

 

読みながら家事する一日

こんにちは。

 

f:id:puyomari1029:20200121144708j:image

 

どよーん

 

鬱気味なのか何なのか、行動開始のハードルがやけに高くて、どーしても家事をやる気にならない。

 

そこで、起爆剤がわりに、ここにやることを宣言して、それが出来たら、Amazonの読み放題本を一冊何でも読んでいいというルールを作ってみた。

 

で、読んだ本は、それがどんなジャンルの本であっても、必ずここに読書メモを書くことにする。

 

なんでこんなことが家事の起爆剤になるかというと、眼精疲労網膜剥離の再発予防のため、

 

「絶対に本をドカ読みしない。とくにAmazonの読み放題でラノベや漫画を読み漁らない」

 

というルールを既に自分に課しているからである。ほっとくと、手当たり次第も一日で数十冊読んでしまうから、縛りが必要なのだ。

 

さて、とりあえず台所を片付けてこよう。

 

 

(_ _).。o○

 

台所の片付けを始めたところで、食材の宅配サービスが届いたのて、一週間分の肉野菜その他をどっさり受け取って、冷蔵庫などに収納し、片付け再開。

 

一段落したら、寒いはずなのに、薄っすら汗をかいていた。

 

で、ご褒美に読んだ一冊。

 

○本郷「とってもラブボイス」

とってもラブボイス【新装版】 (G-Lish comics)

とってもラブボイス【新装版】 (G-Lish comics)

  • 作者:本郷
  • 出版社/メーカー: ジュリアンパブリッシング
  • 発売日: 2016/01/22
  • メディア: Kindle
 

 

いわゆるBL漫画の短編集。

Amazonのおススメ枠に入っていたので読んでみた。

どのお話も、一瞬の「きゅん」を含む起承転結で終わってしまうのだけど、それはそれで独特のわびさび(?)が成立している感じで面白い。

 

校内放送のアナウンスの声に惚れこんで、声の主を探し当てたものの、相手はコミュ能力ゼロの強面イケメンで、いくら懐こうとしても取りつく島もなかったのに、ある時二人揃って図書館の書庫に閉じ込めららてしまい……

 

転校直前に、幼なじみの一卵性双生児の兄妹(姉弟だったかな)の女の子のほうに告白したつもりが、間違えて男の子のほうに告白していて、実は無意識に好きだったのも男の子のほうで……

 

重すぎる性格のせいで失恋したという友人を慰めながら飲んでいると、友人の元彼が店に現れ、修羅場が勃発。元彼に取りすがって殴られた友人を介抱するうちに、友情では片付かない感情が生まれてきて……

 

短い紙面でメリハリのある「きゅん」を描くのは難しいだろうと思う。機会があれば、同じ作者さんの他の作品も読んでみよう。

 

(_ _).。o○

 

 

雑食なので、Amazonのおススメ枠はほとんどカオスになっている。それに素直に従うものだから、ますますカオス化が進行していて、見ただけで食傷することもあるけど、案外それを楽しんでいたりもする。

 

さて、億劫さに打ち勝って、生協の宅配サービスの注文書を記入してネットで送信。

 

その後、長女さんを車で迎えに出て、帰宅。

 

で、ご褒美のAmazon読み放題を一冊。

 

川上未映子 「シャンデリア」

シャンデリア (Kindle Single)

シャンデリア (Kindle Single)

 

 

短い小説。

あらすじを書いても仕方がない種類の作品なので、書かない。

 

つるつると脳に入ってくる言葉のつらなりをたどるうちに、デパートに引きこもるひとりぼっちの四十女の空虚な人生に吸い込まれてしまいそうになり、怖くなった。

 

作中に、「ルブタンから新しく出た武器みたいな突起のついたボトルのマニキュア」というのが出てきて、一体どんなマニキュアだろうと気になって画像検索してみたら、ほんとに刺せそうなやつだった。

 

 

 

f:id:puyomari1029:20200121213934p:image

 

 

デパートって、こんなの売ってるんだ。怖いな。

 

それはともかく、iPhoneで「ぶきみたいな」と入力すると、予測変換で「馬鹿みたいな」「バカみたいな」ばかりでてきて「武器みたいな」が出てこない。iPhoneユーザーはあんまり「武器みたいな」なんて書かないのだろうか。仕方ないので「武器」「みたいな」と分けて変換させたら、次からちゃんと「ぶきみたいな」で「武器みたいな」を最優先に出してくれるようになった。

 

 

さて、晩御飯である。

息子はショートステイ、亭主は学生と打ち上げとかで夜は外食。

 

娘らと私の三人だけなので、ご飯炊いて、オーブン料理「イカと長芋のロースト」一品のみでごまかした。イカが好物の長女さんと、長芋が好きな末っ子に出すには最適な一皿と言える。

 

作り方は前にも書いたような気がするけど、すぐ忘れるから、おさらいのために再度メモ。

 

イカと長芋のロースト】

 

長芋(薄すぎず厚すぎず適当に切る)とイカ(小さすぎず大き過ぎず切って、水気をよく取る)とねぎ(ぶつ切り)をボウルに入れて、ごま油と醤油(大さじ3ずつ)、山椒を振ってよく混ぜてから、クッキングシートを敷いた鉄板に並べて、170度に予熱したオーブンで20分焼いたら終わり。

 

 

私は動作に関わることを記憶するのがとても苦手だ。

 

スポーツ全般やダンスなどはもちろんのこと(そもそもやらない)、行きたい場所へ行くための道順や、裁縫、編み物、さまざまな礼儀作法など、本当に覚えられない。いや、不可能ではないけど、習得するのに大変な努力がいるし、時間がかかる。

 

結婚してから一番困ったのが料理。

レシピを頻繁に見ながら調理しないと、手順忘れ、材料の入れ忘れで、まともに仕上がらない。

 

なんでこんなに物覚えが悪いのだろうと悩みながら、料理本を手放さずに主婦業を続けること二十数年たったところで、全てのレシピが一行で書かれた料理本に出会い、世界がちょっと変わった。

 

 

新版 おつまみ一行レシピ

新版 おつまみ一行レシピ

 

 

たとえば、「クレソンの温サラダ」のレシピ。

 

「細切りベーコンをカリカリに炒め、火を止めてクレソンを入れて混ぜあわせます。」

 

終わり。

 

こういうのなら、あっさり覚えられる。

野菜などの分量などは、掲載されてる料理の写真をみて適当に判断したりするから、いちいち覚えない。

 

以来、レシピをなるべく一文にまとめて、その文を記憶することで、レシピが比較的ラクに頭に入るようになった。

 

つまり、一連の動作を記憶するのに、動作全体を簡略に言語化する方法が有効だったのだった。

 

そういえば、高校時代のクラブで習っていた茶道でも、最初の二年間は何一つ覚えられず、途中で動作がフリーズして、先生に罵られるばかりだったのに、高三になって、裏千家の本を買って、お点前の手順の説明の言葉を全部覚えるようにしたら、普通にできるようになったものだ。

 

 

もう一冊読みたいところだけど、そろそら寝よう。

 

 

 

 

 

 

雑記いろいろ

昨日の料理

 

昨日の朝はスープを二種類作った。

 

【ベーコンとマッシュルームのスープ】

 

ベーコンと、薄切りにした玉ねぎ、四分割したマッシュルームを鍋で軽く炒めてから、弱火で2分くらい蒸し煮する。

 

水とコンソメを足して、中火で5分くらい煮てから、牛乳と塩を入れて、沸騰する前に火を止める。仕上げに黒こしょう。

 

✳︎牛乳なかったから豆乳でやった。

✳︎スープジャーに入れて娘たちにもたせたら、まずまず好評だったようだ。

 

 

【塩鱈とジャガイモのスープ】

 

たらを食べやすく切って、酒をふっておく。

 

ニンニクのみじん切りをオリーブオイルで弱火で炒めて、ニンニクがいい感じに香ってきたところに、テキトーに切ったジャガイモと、水&チキンコンソメを加えて中火で煮立てて、たらを投入。

 

アクすくってから弱火で10分くらい煮る。

 

味見しながら塩コショウとクレソンを入れて一応完成したけど、味見したらなんとなく物足りなかったので、豆乳を加えてみた。美味しかった。

 

✳︎こちらは家族の朝食に出した。

 

 

お昼には、スロークッカーで、300グラムほどの、脂身の少ない牛肉の塊を煮てみた。

 

牛肉に塩コショウを振って、刻んだニンニクを軽く揉み込んでから、フライパンで表面全体に焼き色をつけ、スロークッカーに移動して、コーヒー、醤油、玉ねぎ、追加のニンニクと一緒に4時間ほど煮た。

 

ほんとうはローストビーフをつくりたかったのだけど、スロークッカーの設定温度が高すぎたようで、肉の内側の本生感がなく、普通のシチューっぼい感じになった。主に末っ子に好評だった。

 

煮物にコーヒーを使ったのは初めて。

味に深みが出るのがわかったので、今後いろいろ応用しよう。

 

 

スロークッカー、次は煮豚をやってみよう。

 

 

 

Amazon読み放題で読み倒したメモ

 

○ 葛餅「数学女子が転生したら、次期公爵に愛されすぎてピンチです!」

 

本当に、タイトル通りのお話だった。

 

あと少し付け加えるとするなら、「次期公爵」が「ほとんど偏執狂」あるいは「闇落ち寸前」ということか。

 

いわゆる異世界転生もの。

前世の記憶のない状態で行き倒れていたヒロイン(推定8才)は、たまたま通りがかった公爵家の長男(当時10才)に拾われて持ち帰られ、そのまま屋敷に引き取られることになる。

 

屋敷の人々は、公爵夫妻から使用人に至るまで、全員が、身寄りのないヒロインを心から慈しんだ。

 

なかでも公爵家長男のヒロインへの愛着と独占欲は、傍目には常軌を逸して危険なレベルだったけれども、そういう方面に恐ろしく疎いヒロインは彼の気持ちに全く気づかず、自分を拾って助けてくれた恩人として、無邪気に慕うばかりだった。

 

時が流れ、成長したヒロインは、公爵家長男の数学の教科書を見せてもらっている時、突然、前世の記憶を思い出し、ショックで気絶してしまう。

 

彼女が思い出したのは、自分が数学を学ぶ大学生だったことと、運転中に事故に巻き込まれて即死したらしいこと、そして、いまの自分のいる世界が、元の世界で妹がプレイしていた、恋愛シミュレーションゲームの設定そのままであることだった。

 

ゲームでは、公爵家長男の恋の相手は、高校に首席入学してくるパン屋の娘だった。

 

ヒロインは自分の立ち位置が脇役であると心得て、公爵家長男の運命の恋をサポートすべく奔走するけど、なぜかちっともうまくいかない。

 

公爵家長男のほうは、自分の愛に気づこうともしないヒロインにしびれを切らし、ある日とうとう良識の鎧が瓦解してしまい……

 

際どいところで両思いが成立してハッピーエンドとなったからいいようなものの、そうでなければ光源氏に劣るとも勝らない児童虐待の振る舞いだった。

 

楽しい作品だったけど、ヒロインが数学女子であるという面白い設定が、公爵家長男との絡みのなかで、もっと生きてくれば面白かったのになと、ちょっと残念ではあった。なにしろ二人の絡みで一番精彩を放っていたのは、ヒロインが転生後に身につけた一撃必殺の挌闘技だったから。

 

 

小越なつえ「愛人島」(ハーレクインコミックス

愛人島 (ハーレクインコミックス)

愛人島 (ハーレクインコミックス)

 

 

恐ろしく胸糞悪いお話だった。

ヒロインは、父の遺した小さな島で宿屋を営みながら、浮世離れした生活を送っていたけれど、そこに客としてやってきたイケメン大富豪との間に運命の電気が走ってラブラブの関係になる。

 

けれども、彼の滞在終了と同時に、ヒロインはあっさりと関係解消を宣言。

 

その後イケメン大富豪は強引に島を買い取ろうとし、売りたくないヒロインに交換条件として愛人関係を強要。島に執着するヒロインは愛のない愛人関係に応じるものの、連れまわされたパーティ会場で、イケメン大富豪の元愛人によって、ヒロインの亡き両親のスキャンダルが暴かれて大騒ぎになる。イケメン大富豪は、傷ついたヒロインを気遣う様子を見せつつも、ヒロインへの個人的憎悪をも隠そうとせず、ヒロインはヒロインで、イケメン大富豪への思慕の情をほのめかしつつも愛情で結ばれるような関係はきっぱりと拒絶するという、お互いにわけわからない状態に突入。

 

ゴタゴタの末、やがて、すべての事情が明らかになる。

 

その昔、腐れ外道なセレブだったヒロインの亡父が、イケメン大富豪(当時は庶民)の母親に横恋慕して苦しめた上、彼女の夫を死なせて(腐れ外道セレブを殴ったせいで訴えられて裁判所に向かう途中に事故死)、家庭を破滅に追いやり、彼女から横取りした島に嫉妬深い愛人を住まわせたものの、凝りもせずに女遊びを繰り返したため、極度の嫉妬で正気を失った愛人に銃殺され、愛人もその場で自殺。両親の浅ましい最期を教訓としたヒロインは、生涯誰も愛さない決意を固めてしまう。で、腐れ外道セレブの遺児であるヒロインが島を相続していたため、イケメン大富豪に親のカタキ認定され、底意地悪くいじめられることになったというわけだった。

 

結局二人は結婚し、悲劇の舞台だった島にイケメン大富豪の母親を呼び寄せ、二人の子どもを授かって幸せになるのだけど、ほんとにそれで良かったのかと、関係者全員に問いただしたい気分での読了となった。せめてその不吉な島、手放したらよかったのに。

 

(´・ω・`)

 

ほかにもいろいろ読んだけど、書き切れないのでまて後日。

 

 

 

 

 

 

 

日曜日のレギオン

ブログの更新が、一日飛んだ。

 

とりあえず、昨日の日記を書こう。

 

f:id:puyomari1029:20200120093101j:image

 

ギオン

 

昨日は日曜日だったので、末っ子と二人で、朝から教会学校へ。

 

ルカによる福音書に出てくる、レギオンという悪霊のお話を聞いた。

 

町の墓場に、悪霊の集合体取り憑かれた男が住んでいた。男は服を着ず、まともな言葉も話せず、死臭と腐臭の充満した墓穴の中で、自分で自分の身体を傷つけながら叫び声ばかりあげているので、町の人々は男が墓場から暴れ出ないように、身体を拘束していた。

 

ある日、イエスがその墓穴に入り、男に近づくと、男に取り憑いた悪霊たちが苦しがって、自分たちを払って恐ろしい場所に追いやらないでくれと懇願した。イエスが悪霊に名を聞くと、悪霊はレギオンであると名乗り、近くにいた豚の群れに乗り移ることを許して欲しいと願った。イエスがそれを許すと、レギオンたちは豚のなかに入り込み、そのまま崖に突進して、群れごと墜落死してしまった。

 

豚飼いたちに話を聞いて墓地にやってきた町の人々は、墓場の男がすっかり正気を取り戻した様子をみて驚き、得体の知れない力を持つイエスを恐れて、一刻も早く立ち去ってくれるようにと願った。

 

ギオンから救われた男は、イエスを慕って付き従って行くことを望んだけれども、イエスは彼を町に残し、自分に起きたことを町の人々に伝えるように言い残して去った。

 

(_ _).。o○

 

ギオンに取り憑かれたという男は、今の時代だったら、なんらかの病名や症例名を与えられて、医療や福祉の支援を受けることになるのだろう。

 

精神疾患や知的障害、高次脳機能障害などに対する無理解や偏見、差別は、残念ながらいまもまだあるけれど、かつてほどではなくなった。自分や家族が精神科にかかることや、障害者手帳を取得すること、福祉の支援を受けることを、むやみに恥じるような風潮は、平成の間にずいぶん薄れてきたとは思う。

 

特別な支援を必要とするような家族がいても、対外的には「いないこと」にして、医療にかからず、風の通らない墓穴のような家庭内の密閉空間に全てを押し込め、その開かずの扉の内と外の調和を守るために家族の中の誰か一人犠牲になって自分の人生を完全に諦める……みたいな話が、昭和のころには普通にあった。

 

そもそも養護学校特殊学級ができたのは、私が生まれたあとのことで、重度の障害児がほぼ全員通学できるようになったのは、そう遠い昔のことでもない。通える学校が近隣になかったり、あっても引き受けてもらえなかった子どもたちは、就学猶予というような名目で、ただただ家にいるしかなかったと聞く。

 

そういう精神的風潮の名残は平成にもまだあって、息子より少し学年が上の子のお母さんから、オバアチャンが孫を道連れに死ぬという「美しい覚悟」を決めてしまっていて、事あるごとに「私が逝くときにはこの子も一緒に」と言うので困惑しているという話を聞いた。そのお母さんは仕方なさそうに半笑いで話していたけど、実のところ笑い事ではなくて、そういう無理心中のニュースは何度も目にしたことがある。

 

もっと生々しい話としては、息子の通っていた学校の先生が、まだ若かった頃、就学前の障害児の両親と面談した直後に、一家心中されてしまったという実話を聞いたこともある。その先生は、進路指導の集会で、私たち親に向かって、

 

「とにかく絶対に、お子さんを抱えて家に引きこもらないでください。お子さんを世の中から隔離せず、必ず社会に出して下さい。学校を卒業したら、仕事でも介護施設でもいいから、なんとしても、家の外に、通う場所、居場所を必ず持たせて下さい!」

 

と、本当に悲痛な表情で訴えた。

 

昭和がどんどん遠ざかるにつれ(昭和を悪者にしたいわけではないんだけど)、精神疾患や知的障害の当事者や家族が医療や福祉にアクセスしやすくなり、また、極めてゆっくりではあるものの、精神疾患や知的障害に対する世間の理解も進んできて、昔の墓穴隔離的な意識は、確実に薄れてきている。

 

けれども、そういう世の中のほの明るい変化をあざ笑うかのように、あの相模原の障害者施設襲撃事件が起きてしまった。医療や教育、福祉による支援を受けることで、人として当たり前に自分自身の人生を所有する可能性に近づいた人たちに対して、「生産性(が低い)」という浅はかな尺度を持ち込んで、存在まるごと否定するような言動が、世の中に吹き出してきた。

 

そういう考えかたは別に目新しいものではなく、「働かざるもの食うべからず」的な意味合いで、古くから人々の意識のなかにあったものだけれども、ピンポイントで重度の知的障害者に向かったというあたりに、何となく何者かの作為を感じるのは、間違いなく気のせいだろうとは思う。

 

気のせいだとわかっていても、私のファンタジー脳は、上に書いた福音書のレギオンたちの後日談を、勝手に作り上げてしまうのである。

 

エスのせいで豚の群れに憑いて崖から墜落していったという、悪霊の集合体であるレギオンは、そのままおとなしく豚に乗ったまま地獄には赴かずに、この世に残ったのではないか。

 

彼らは危うく悪霊祓いされかけた経験から、簡単に宿主を奪われないよう(取り憑き先が正気と健康を取り戻さないよう)に、より巧妙に保身するようになったのではなかろうか。

 

聖書の時代のレギオンたちは、町の中で立場の弱い、貧しくて係累の少ない男を狙って取り憑いて、重篤精神疾患という形で社会から引き離し、思うままに痛めつけ、人生を乗っ取っていたようだ。

 

けれども彼らの取り憑きかたは単純素朴だったため、イエスにあっさり追い出されてしまった。

 

時代が進んで科学が発展し、それまで悪霊憑きと考えられていたような症状に、医療による治療の可能性がでてくると、レギオンたちは、社会的な差別や偏見を使って、家族ごと患者を閉じ込めて治させないようにする方策を思いついたのかもしれない。

 

なにしろ医療は、イエス・キリストように、自ら患者のもとに来てくれたりはしない。患者や家族が医療にアクセスさえしなければ、レギオンはずっと患者に取り憑いて、祓われる心配なくその家に居座ることができる。

 

けれども、さらに時代が進むと、今度は、病気や障害に対する差別や偏見が薄れていくとともに、福祉制度が改善されて、ある程度家族ごと救われる道が見えてくる。障害や病気があったとしても、周囲に支えられながら、安らいで暮らせるのなら、当事者の人生は当事者自身のものであり、レギオンに支配され剥奪される人生ではなくなる。

 

となるとレギオンたちも、この世への残留がいよいよ難しくなるわけだから、さぞかし焦ったことだろう。

 

けれども折りよく経済的な社会不安が巻き起こりつつあったため、それに乗っかるようにして、「生産性」が低く、「税金の負担」になるような医療や福祉を叩くというやり口で、重い病気や障害のある人から人生の主体であることを奪う方向に持っていき、レギオン的安泰確保の突破口を開こうとしたのかもしれない。

 

でも、医療や福祉による救いをまるごと否定するという強硬手段に出たことは、レギオン的立場から長い目で見るならば、とんだ下策であったと言える。障害や病気のありなしに関わらず、人には「生産性」などでは測れない存在価値があることに、多くの人が気づいてしまうわけだから。おそらく人類は、いずれこのレギオン的障壁も克服するだろう(楽観)。

 

さて、現代のレギオンたちは、もっぱら誰に取り憑いているのだろう。

 

 

 

 

蛇足

 

エスは、集団自殺した豚を、豚の持ち主に弁償しなくてよかったのだろうか。

 

 

 

 

 

ネットカフェという極楽

 

今日は末っ子の誕生日。

 

朝ごはんのあと、亭主と私で選んだ、スヌーピー柄のスープジャーと、ジャー専用の箸&スプーンセットプレゼント。来週からお弁当に使ってもらう。

 

今日は休日なので、お祝いがてら、末っ子と長女さん、私の三人で、また面白そうなカフェにでも遊びに出かけようと話していたのだけど、外はあいにくの雪だった。

 

積もるほどの勢いもなさそうだけど、電車で遠出して、万が一帰れなくなってもつまらないから、行き先を近場に変えることにした。

 

で、前々から気になっていた、比較的近所にある、 “快活クラブ”なるネットカフェに繰り出すことになった。

 

初体験のネットカフェは……

 

一言でいうなら、天国のようなところだった。

 

飲み物がいろいろ飲み放題。

美味しいソフトクリーム、食べ放題。

読みたかった漫画、何冊でも読み放題。

もちろん、ネットも使い放題。

 

快適な空調。

ほのかに聞こえるリラックス効果のありそうな音楽。

 

ごろ寝もできる、薄暗い個室。

 

お腹が空いたらパソコンで料理を注文すると、お店の人が届けてくれる。

 

耳障りな音もなければ、過剰な視覚情報もない。

空気もたいへんに清浄で、気になるような臭いもない。

 

人の気配はあるけれど、話し声はほとんど聞こえないし、話す必要もない。つまり、気にしなくてはならないような対人ストレスがない。

 

知覚過敏と聴覚過敏と緊張体質と過集中癖、その他さまざまな発達障害系の困難を抱える我々にとって、実に理想的な娯楽空間だった。

 

結局、三人で狭い個室に4時間くらい居座って、好き勝手に飲んだり食べたりしながら、末っ子と私はひたすら漫画を読み漁り、長女さんはゲームとごろ寝を楽しんだ。

 

本を探す時間がもったいないので、次からは読む本を決めて行こうと思う。

 

 

読んだ漫画メモ

 

友藤結 「贄姫と獣の王」。

漫画アプリで最初のほうを無料で読んで、続きがとても気になっていた作品。

 

贄姫と獣の王【通常版】 12 (花とゆめコミックス)

贄姫と獣の王【通常版】 12 (花とゆめコミックス)

 

 

生贄として育てられ、生きる意志すら持たなかった主人公が、大切な相手と共にあるために、不可能を可能にしていく姿と、腹の座り方が、読んでいて気持ちいい。

 

 

たーし「ドンケツ」の第1章のラストまでと、第2章の一巻目。

 

ドンケツ (28) (ヤングキングコミックス)

ドンケツ (28) (ヤングキングコミックス)

 

 

 

ドンケツ第2章(1) (ヤングキングコミックス)

ドンケツ第2章(1) (ヤングキングコミックス)

 

 

ヤクザの話はものすごく苦手なのに、この作品には例外的にハマってしまった。

 

主人公のロケマサは、ケチで短気で子供っぽくてワガママで、ヤクザの世界にあってすら非常識極まりない、異常に喧嘩が強いだけのロクデナシで、初老に近い年齢になっても組の親分に迷惑ばっかりかけているのに、この人が暴れ放題暴れた後は、歪みきった物事が、収まるべきところに収まっている。正義から一番遠いところにいるはずなのに、まるで純粋な正義のように見えてくる。

 

第2章の一巻目は、ロケマサの息子でヤクザが大嫌いだという青年が、ロケマサと喧嘩するためにやってきて、容赦のない殴り合いが始まったところまでだった。他人に情を向けることが少なく、肉親の情とはなおさら無縁そうなロケマサが、自分にそっくりな実の息子とどういう関係になっていくのか、楽しみで仕方がない。

 

薬屋のひとりごと」1〜5巻

 

非凡な薬師を父に持ち、自らもマッドサイエンティスト的に薬の研究、特に毒薬を自分で試す実験をこよなく愛する、娼館育ちの主人公が、人攫いに遭って、陰謀渦巻く皇帝の後宮に売られてしまうのだけれども、持ち前の分析力や知識でさまざまな事件を解決していく……という物語。まだ物語の序盤という感じで、主人公を取り巻く人々との関係がどうなっていくのかが見えないので、続きがとても待ち遠しい。

 

 

 

その他

 

息子は福祉サービスで1日外出。

 

亭主は雑誌論文の校正刷りが二本も届いたそうで、私たちがネットカフェにいる間も、書斎に籠っていたようだ。仕事は捗らなかったとのこと。

 

ネットカフェの帰りに、ケーキ屋さんによってバースデーケーキを調達。

 

晩御飯は、末っ子の熱望により、ステーキ肉を末っ子自ら焼いてくれた。美味しかった。

 

 

蛇足

 

自宅の一室、いや半室でもいいから、ネットカフェのような快適空間にしたいものである。

 

休息する場所で、目に入る物を減らすだけでも、相当違ってくるのはわかっている。

 

でも、それを実現するためには、地獄のような掃除と片付けが必要になる。いまの自分には、蜘蛛の糸をつかんで登るよりも難しそうに思える。

 

それでも、夢ぐらい見てもいいかもしれない。