湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

「次の雪と吸入薬」(小説家になろうで読んだ作品)

とても繊細な物語を読んだ。


「次の雪と吸入薬」(作者:吉良玲)

 

全107話。

 

小説家になろう」に全話掲載され、完結している。

 

https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n3950he/

 

異世界転生物だけれど、テーマになっているのは死生観で、重篤な難病と共に生きる女性の人生と思いとが、丁寧に、けれども決して重くならないように語られている。

 

重くならないライトノベル系の文体だけど、ラストはしっかり泣かされた。(;_;)

 

主人公は、幼いころから重篤気管支喘息を患っていて、他にも難病を併発していたことから、厳しい療養生活を送っていた。

 

両親は娘の難病を受け止められず、病状や治療法について本人に説明することも拒否し、完全に毒親化して、ただただ娘が病人であることを責め続けていたらしい。けれども、そのあたりの事情はちらりと挟みこまれるだけで、深くは語られない。

 

そんな家族のせいで心を閉ざし、将来に関するあらゆることを諦めて生きていた主人公は、それでも今現在を生き抜くことを決して諦めず、一つ一つ乗り越えて生きていた。

 

大学まで卒業し、仕事もして、病気をコントロールしながら友人と一緒に海外旅行を楽しむことすらあった。

 

そんな彼女が、想像もしなかった異世界転移に巻き込まれてしまう。

 

30代のOLだったのに、気がつけば15歳の少女の身体に戻っていた彼女は、自分を召喚した国王や魔術師ラムセスに手厚く庇護され、特にラムセスには異常なほど甘やかされて暮らすことになる。

 

敢えて本名を名乗らず、ローズと呼ばれるようになった彼女は、自分を召喚した国王とラムセスを拉致犯罪者と断じて、自分を元の世界に帰せないなら死なせるよう求める。

 

けれども死を与えられることはないと分かると、自分の抱える秘密を知られないよう、様々な負の感情や本名とともに封印し、異世界で生きることを受け入れるようになる。

 

ローズは召喚されたときに、持病の喘息発作を抑えるための吸入薬と、頓服用の経口ステロイド錠剤を所持していた。

 

けれどもそれらは有限であり、異世界で同種の薬剤を入手することは不可能と思われた。

 

つまり薬の残量が、ローズの余命に等しかった。

 

そのことを冷静に受け止めながら、ローズは決して生きることを諦めない。庇護者に対して精神的に依存することを拒みながらも、かつて旅をしたヨーロッパの文化に近い異世界の生活を楽しみ味わい、信頼できる人々とのつながりを大切にしながら、一日一日を丁寧に生きようと努めた。

 

この異世界では、召喚者は、召喚した者が世界に適応するまで、感情や身体的苦痛を共有するという仕組みがあった。

 

魔術師のラムセスは、ローズとシンクロする日々を送るうちに、彼女に深く溺れるほどの恋心を抱くようになっていく。国難を乗り切るために感情を殺して働き続けてきたラムセスにとって、ローズとの出会いは、自分の人生に豊かな色を取り戻すことでもあった。それは、かつて地球で果敢に生きていたローズの姿を垣間見て憧れ、心の支えとして生きてきた国王にとっても、同じことだった。

 

けれども、自分の「終わり」がはっきりと見えているローズは、次第にラムセスへ傾いていく思いを押し留め、心を閉ざして、彼に穏やかに看取ってもらうことだけを願う。

 

普通のラノベであれば、異世界の魔法によって治癒し、「健やかに、幸せに暮らしました」となるのだろうけれども、そうはならなかった。

 

魔術師ラムセスは、自分の命を削りながら、ローズの吸う空気を常に浄化し続け、喘息の発作を抑える高度な魔術を生み出すことまでやってのける。そのおかげで、吸入薬が尽きたあとも、ローズはしばらく生き続けた。

 

けれども、喘息だけでなく、おそらくは自己免疫疾患らしき難病も併発してしまったローズの、終わりの時までの時間は短かく、本当にあっけなく逝ってしまう。

 

それなのに、彼女の人生が十二分に濃密で幸福だったと思わせてくれるこの作品は、すごいと思う。

 

深く感情移入しながら読んだ理由は、作中で語られる病気について、実人生でそれなりに知る機会があったからだ。

 

小児病棟でステロイドのパルス療法を何度も受けるうちの長女さんに付き添って泊まり込む間、我が子の喘息のために疲弊しきって危うい状態になっている親御さんたちを何組も見ている。これって「代理ミュンヒハウゼン症候群」じゃなかろうかと思われるケースにも遭遇したこともある。親の顔色や反応を異様なほどうかがって「いい子」を演じながら、他の子どもや、その親に対しては、恐ろしいほど酷薄だったり、逆に絡みつくように媚びて甘えてくる幼児たちも、ずいぶん見た。あれは、異様な空間だった。

 

「次の雪と吸入薬」という物語は、小児慢性特定疾病の世界の、言葉にすることの難しい救いのなさを、丸ごと昇華するような異世界ファンタジーだと思った。主人公は亡くなってしまうけれども、読んだ私は心のどこかが救われた気がした。

 

 

それにしても、主人公のローズに、自己免疫疾患についての詳細な知識があったなら、それを異世界の魔術師たちに伝えて、免疫システムそのものを魔法の術式でコントロールする方法を編み出せたのではないかと思わずにはいられなかった。そんなエンディングを想像せずにはいられないほど、ラストに泣かされたのだ。