前回に引き続き、「イケてない」歌。
今回、「ゆきはばかって」いるのは、船上の旅人ではなく、「白雲」である。
釈通観歌一首
見吉野之 高城乃山尓 白雲者 行憚而 棚引所見 (353)
みよしのの たかきのやまに しらくもは ゆきはばかりて たなびけりみゆ
これも、表面的な意味はとても分かりやすい歌である。
しかし。
「吉野の高城山に、白雲は行くのを憚って、たなびいているのが見える」
ふーん、そうですか。
まあ山だし、雲なんだから、そういうカタチになることもあるでしょう。
写真撮影、おわり。
という歌ではないと思う。
素朴な叙景の歌ではない、「何か」が、この歌にはある。
たとえば「高城の山」。
これ、吉野のどこにあるのか、はっきりしないらしい。
小学館の「日本古典文学全集」版の「万葉集」では、金峰山(きんぶせん)の北北西約一キロメートルのところにある「城山」というのが、たぶんそれだろう、としている。標高702メートルとのこと。そんなに高くない。
では、そのそばにある「金峰山」とかいうのは、どれほどの高さなのだろうと、ネット検索をかけてみたのだが、なぜか見つからない。
Yahooのマップサービスなどで調べると、日本全国いたるところに「金峰山」というのがあるのに、なんと、奈良県に「金峰山」なんてものは存在しないという。正式名称ではないのだろうか。
不審に思って、さらに色々と検索してみると、「大峰山」というのが、「金峰山」のいまの名前である、という情報があった。小学館の日本国語大辞典にも、「金峰山」は奈良県南部の大峰山の別称、とある。
それでさっそく「大峰山」でマップを検索してみると、見つかったのは「大峰山脈」。単独の山の名前ではない。では、その山脈のどこかに、「金峰山」に相当するものがあるのだろうか。
この山脈の中で一番高いやまは、「八剣山」というのであるらしい。標高、1915メートル。そのそばには、釈迦ケ岳(1800m)、山上ケ岳(1719m)、なんてのもある。
Yahooの地図をじーっと見ていると、この「八剣山」や「釈迦ケ岳」、「山上ケ岳」といった、高く聳える山々から、約十キロちょっと離れたところに「高城山」というのがある。そのもう少し北寄りには「城山」というのもある。どちらも「吉野」の山ということになる。どちらが歌の「高城の山」かは、私には分からない。
とりあえず分かるのは、小学館「日本古典文学全集」の解説にはガセの可能性がある、ということだけである。仮にガセでないにしても、非常に不親切な山案内であることは確かだろう。せめて地図上にある名称で解説してもらいたい。基点がわかんないのに北北西約一キロメートルとか言われても、どうしようもない。
迷子になっても困るので、別の方向から山を眺めてみることにする。
吉野の大峰山脈は、昔は金を産出していたため金岳(かねのみたけ)と呼ばれていたそうである。
また、役の小角(えんのおづぬ)以来、修験道の修行の場所として有名で、現在も部分的に、女人禁制であるらしい。ネット検索で、「山上ケ岳」こそが「大峰山」であり「金峰山」であるという説をみかけたが、このあたりの情報は、いずれきちんと確認してみたいと思う。
歌の作者である釈通観は、伝記はまったく分からないようだけれど、名前の「釈」という字から考えて、おそらく僧侶だったのだろう。役の小角との時代の前後関係などは分からないが、もしかしたら、吉野に滞在している理由は、仏道修行であるのかもしれない。
さて、彼は、「行き憚る白雲」を眺めている。
高く聳える禁制の山、厳しい修行の場に「行き憚る」というのなら、分かる。けれど、作者が見ているのは、修験道の本場の山々でなく、もう少し背の低そうな、「高城の山」の手前でたなびいている白雲である。
「高城(たかき)」は、高い山や丘の上に築かれた城郭のこと(小学館日本国語大辞典の古いやつ)。
「高城の山」というのは、たぶん、そんな城郭のあった山のことだろう。調べてみないと分からないが、吉野にも、そんな城もしくは城跡が、いくつもあったのかもしれない。
「白雲」は、なぜ「行き憚っ」ていたのだろう。
《もはや弁解する気もない、意訳》
------- 釈通観さんの述懐 -------
やあ、いい景色だなあ。
ほら、見ろよあの山。
名前、なんていうのかな。
山城の跡みたいなのも見えてる。
かたちもいいけど、下に棚引く雲がいいね。
オモムキを感じるっつーか。
歌でも詠むかね。
山だから、山部の赤人さんっぽく。
しらくものぉー
いゆきはばかりぃー
ときじくぞー
ゆきは~ふりけるぅー
まるっきり盗作だって?
人聞きの悪い。
カラオケと言ってくれ。
だいたい山部さんが詠んだのは、富士の高嶺でしょ?
ここは吉野だよ。
時じくの雪なんて降ってねえ?
まあそうだな。そこは削るよ。
こんなとこまで来て、何やってるんだって?
うるさいなあお前。
わかったよ。
この際、正直に認めるよ。
単なるミーハーだよ、僕は。
役の行者さんにあこがれて、
カタチばかりの出家をしただけ。
だって、超能力なんて、すげーカッコいいじゃん。
俺も覚えたかったの。
だけど、
いざ吉野まで来て見たら、
御山に登る、根性なんてどこにもなかったの。
登る前から足つってるし。
だからうるさいよ。説教かますなよ、こんなとこで。
ヘタレで悪かったな。
もうこのまま、観光客のふりして、家に帰るよ。
それでいいだろ。
(2005年05月26日)