【目次】
通観の作りし歌一首(「万葉集」巻第三 雑歌 327)と意訳
娘子等の、裏(つつ)める乾鮑を贈りて戯れに通観僧の呪願を請ふことありしに、通観の作し歌一首
わたつみの沖に持ち行きて放つともうれむそこれがよみがへりなむ (327)
【ねこたま意訳】
ギャルたちが、僧が食べられない干しアワビを持ってきて、「ねえ、これ食べて、アタシたちのために祈って♥」と言ってきたときに、僧の通観が詠んだ歌。
「沖に持っていって放流しても、干物は生き返りませんね」
※わたつみ……海。海原。
※うれむそ……用例が少なすぎて意味不明の表現。ここは「どうして~だろうか」という反語表現だろうと解釈されている。
作者は、釈通観。
貝を詠んだ歌は万葉集のなかに少なからずあるけれど、干し鮑を詠んだものは、この一首だけのようだ。
詞書によると、娘たちが乾燥アワビを持ってきて、ふざけて「呪願(しゅぐわん)」してくれと願ってきたときに作った歌だという。
「呪願」とは、法会または食事のときに、導師が施主の願意を述べて、その成就を祈ること、と辞書にある(岩波古語辞典)。
ところで、日本では、古くから貝を生で食べていたらしい。「日本書紀」に景行天皇が「白蛤」の膾を食べた話が出てくる。
景行天皇がハマグリの膾を食べた「日本書紀」の記事
冬十月至上総国従海路淡水門。是時聞覚賀鳥之声。欲見其鳥形。尋而出海中。仍得白蛤。於是膳臣遠祖。名磐鹿六鴈。以蒲為手繦。白蛤為膾而進之。故美六鴈臣之功。而賜膳大伴部。
※覚賀鳥……カクカトリ。ミサゴのことらしい。
※蒲……ガマ。水辺に生える草。葉を編んで敷物などを作った。
※淡水門(あわのみなと)……安房国のこと。※磐鹿六鴈(いわかむつかり)……天皇の食事を作る膳氏の祖先とされる人物。
【なんちゃって書き下し文】
冬十月、上総国に至りて、海路より淡水門を渡りたまふ。この時に覚賀鳥の声を聞しめして、その鳥の形を見そなはすを欲して、海(わた)のうちにいでます。仍(より)て白蛤(うむき)を得る。是に於いて膳(かしわで)の臣の遠祖先、名は磐鹿六鴈(いわかのむつかり)、蒲(かまり)をもって手繦(てたすき)となして、白蛤を膾(なます)に為て、之をたてまつる。故、六鴈の臣の功をほめて、而して膳大伴部を賜ふ。
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【大雑把な意訳】
十月、景行天皇は上総の国に至って、海路で淡水門にお渡りになった。そのとき、カサゴの声が聞こえた。景行天皇は鳥をご覧になりたくて海上に出られ、そこでハマグリを入手された。
そのハマグリを、膳臣の祖先の磐鹿六雁が、ガマの葉をたすきにして、ハマグリを調理して膾にして天皇にさしあげた。天皇は六雁をほめて、膳大伴部を賜った。
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景行天皇は、実在したとすれば、四世紀前半の人だという。
膾といえば、酢が欠かせない。
日本に酢が伝来したのは四世紀から五世紀ごろだというから、磐鹿六雁は、時代の最先端の料理を天皇に供したのかもしれない。
新鮮な魚介の膾は、きっと美味だったことだろう。
けれども、干物だって、ものによっては高級食材にもなる。
アワビの干物は、古くから神饌(神への供え物)とされ、さまざまな儀式に使われるだけでなく、上品な酒の肴として愛好されきた。
干しアワビ(乾鮑)を僧侶の通観に贈ろうとした娘たちの真意は分からない。
もしかしたら、逆ナン狙いだったのかもしれない。
でもって、簡単にはなびいてくれないイケメン僧侶の気を引こうとして、
「ぴちぴちのナマモノ(ギャル)はダメでも、旨味の強い干物(熟女)だったら召し上がるんじゃないの?」
と、干しアワビにかこつけて、カマをかけてみたのかもしれない。
「干物を海に放っても生き返りませんよ」と、斜め上の歌を返した通観は、はたしてただの朴念仁だったのだろうか。
意訳とは名ばかりのただのコント「僧侶と干物とシーモンキー」
「ほら、あんたの好きな通観さま、いるよ」
「え、どこどこ?」
「あそこ」
「ほんとだわ! ああっ、いつ見てもステキな御方(はぁと)」
「あんな堅そうな坊さんのどこがいいのよ」
「インテリっぽいところ。あとクールなところ!」
「それって頭でっかちで情がないって言わない?」
「イケメンだからいいの!」
「あっそ」
「きゃー! こっちにいらっしゃるわ! ねえあたし、メイクとか服とか変じゃない?」
「別にー。普通だよ。安定の行き遅れ」
「何よひどい! あんただって同い年の行き遅れじゃないの!」
「だから地道に婚活してるでしょ。ミーハーなあんたと違って」
「通観さまは渡さないからっ」
「渡されてもいらないっての。一生結婚しない坊さん相手にどうしろってのよ」
「夢くらい見たっていいじゃない! それにもしかしたら、あたしとの真実の愛に目覚めて還俗してくださるかもしれないじゃない」
「はあ、まあ夢みるのは自由だけどさ。プレゼントまで用意しちゃって、ほんとにアレにアプローチする気?」
「もちろん! 最高の贈り物を用意したんだから!」
「一体何を用意したのよ」
「鮑」
「は?」
「あ・わ・び」
「って、干物?」
「パパに頼んで上総の国から取り寄せた超高級品よ! すっごくおいしいんだから」
「まさかと思うけど、行き遅れの干物女にひっかけてるわけ?」
「熟女といいなさい! ピチピチのナマモノがおいしいのは新鮮なうちだけよ。貝だって女だって、時間をかけてじっくり干しあげることで芳醇な味わいになるの。教養のある通観さまなら、﨟󠄀たけたあたしみたいな女が、どストライクなはずよ」
「自分で﨟󠄀たけたっていう女、はじめて見たわ。まあ、がんばって。骨は拾ってあげないけど」
「別にいいわよ! 通観さまに拾ってもらうから!」
「うーん、あの男、そんなに甘くないと思うわよ。うかつに近づくと、骨拾われるどころか、墓掘って埋められそうな気がするのよねえ。大丈夫かしら」
・・・・・・・
「あ、あの、通観さま、よかったらこれ、どうぞ」
「ええと、これは」
「とても美味しいアワビですの。その、あたくしと思って、受け取っていただければと。できればあたくしごと……」
「死んでいるようですが」
「はい?」
「このアワビです。死んでますよね」
「あ、干物ですので死んでおりますけれども、高級な品でございますから、きっとお味をお気に召すかと」
「でも死んでますよね。こちらで埋葬すればよろしいでしょうか」
「いえあの、そうではなくて」
「もしかして、蘇生可能と考えてお持ちになったとか?」
「違います!」
「ではなぜ持ってこられたのです?」
「そ、それは、私の真実の思いを通観さまに伝えたかったので」
「つまり貴女の真実の思いとやらは、この死んだアワビであると」
「え……」
「なるほど分かりました。そういうことでしたら、貴女の思いとアワビの死体をまとめて成仏させましょう」
「そんな! わたくし生きておりますから!」
「おや、そうなのですか。困りましたね。うちではナマモノはお預かりできませんので、お引き取りを」
「そんな……あの、せめて、アワビだけでも。ナマモノじゃありませんから」
「と言われましてもねえ。生きているうちだったら、海に返せば功徳にもなりますが、死体を不法投棄するわけにもいきませんし。やはりこちらも貴女の思いと一緒にお引き取りを」
「ひ、ひどいわっ・・・・」
・・・・・・・
「通観お前、ほんと女に容赦ないな」
「そうか? 毎度丁重にお帰りいただいているだけだが」
「干しアワビくらい、もらっとけばいいじゃん。こっそり食ったってバレないって」
「干物より、シーモンキーのほうが好みだ」
「はあ? なんだそりゃ」
「シーモンキーは節足動物の一種でな、体長は約1cm。甲殻亜門 鰓脚綱 サルソストラカ亜綱 無甲目 ホウネンエビモドキ科 。エビのエサになる。卵は乾燥に強く、海水に入れると丸一日で孵化し、二週間で大人になる。そして単性生殖も可能だ」
「で、そのエビのエサが何だって?」
「干物になった卵を海に戻すと生き返るところに浪漫を感じる」
「はあ」
「干物からのピチピチ回帰。生まれ変わったら嫁にしたいかもしれない」
「知らんわ。永遠に僧侶やっとけ」
(-_-)/'チーン♪
(2005年06月12日に書いた文章を改稿しています)