湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

別れと知能


昨日は小学校で離任式というのがあった。昨年度いっぱいで学校を離れた先生方を送る会である。

 

前にも書いたけど、息子の特殊学級の先生方は、どういうわけだか五人全員が転勤になってしまい、新年度は新任の先生ばかりでのスタートとなった。しかも特殊学級のクラスが増えたのに増員なしだという。当然のことながら、子供たちをケアする手は極端に薄くなっている。

 

こういう状況の中、もともと環境の変化に弱い自閉症の子供たちが受けるプレッシャーとしわ寄せは、すさまじいものがある。

 

息子は、なんでも間でも物を口に入れるようになっている。不安にかられると、衝動的に砂とか食べてしまうのだ。教室にいるときには、鉛筆などの「癒しグッズ」を片時も手から離さない。字を書くのではない。机などをカンカンとたたいて、その音に完全に没入することで、不安を相殺するのである。

 

今週は、割れた筆箱のプラスチック部品を口に入れて、こなごなに噛み割る、なんてことまでしてしまい、新しい担任の先生から連絡をもらってしまった。要注意児童と思われてしまったようだったけど、そんな危ないことをやったのは、初めてのことなのだ。

 

教室から脱走もしているらしい。担任の先生方も見失ってしまい、しかたなく、息子抜きで行事の練習をしたといった。探しに出る人手がなかったのだろう。時間を知らせるチャイムが鳴ると、息子は一人で教室に戻ってきたという。どこで何をやっていたかは不明。

 

もしかしたら、昨年までの先生方を探しに行ったのかもしれない。あるいは、追いかけてきて見つけてくれるのを待っていたのかも。よく、そうやって先生を追いかけさせて、甘えていたようだから。

 

昨年の担任か副担任の先生が一人でも残ってくれていたら、こんなことにはならなかったろう。とくに、息子が心のそこから信頼してなついていた担任の先生には、ぜひとも残ってほしかった。若いけど、才能のあるすばらしい先生だったのに。

 

昨日の離任式で、元担任の先生は、新しい職場や家に、息子たちの写真を山ほどかざっていると言って、泣いてた。集まった親たちも涙涙。子供たちの中にも泣いている子が数人いた。

 

息子は泣かなかったけど、切羽詰ったような顔で先生に抱きつき、甘えていた。その後、歌をうたったり花束を贈ったりする儀式の間は、ただ呆然と椅子に座って、虚空を眺めていた。事態の理解や受け止めが、まったくできていない様子だった。

 

私は先生に、息子の成長の様子を伝えつづけることを約束した。先生も、必ず様子を見に来ると言っていた。


この涙の離任式のあと、完全に混乱した状態で、療育教室へ行き、毎年恒例の「田中ビネー式知能検査」を受けたのである。

 

(2005年04月23日)