2007年の、たぶん、秋か冬。
重いうつ病を長く患っている友人から、電話をもらった。
イギリスのオーデション番組で、とても冴えない男性が、奇跡のような歌声を披露したのを見て、心を揺さぶられたのだと、感動冷めやらぬ声で話してくれた。
電話のあと、 友人の重い鬱を一時とはいえ晴らした歌を聞いてみたいと思い、友人から聞いたポール・ポッツという名前を、YouTubeで検索した。
トゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」は、一生忘れられない曲になった。
2年後の2009年。
季節は忘れてしまったけれども、秋が冬だったような気がする。
友人から、また電話をもらった。
同じオーディション番組で、また奇跡に出会ったと。
YouTubeを開き、スーザン・ボイルという、どことなく発達障害の気配をまとった中年女性が舞台に立つのを見たときは、ひとかたならずハラハラした。
(友人も私も自閉症の子を持つ母親だった)
(スーザン・ボイル氏は、のちに学習障害とアスペルガー症候群であることを公表している)
けれど、その人の歌う「夢やぶれて」は、私の脳内のしょぼい懊悩を吹き飛ばした。
友人は、この電話をくれた翌年の春に亡くなった。
(_ _).。o○
ポール・ポッツがブリテンズ・ゴッド・タレントで優勝してから、もう17年にもなる。
アメリカとイギリスの「ゴッドタレント」は、いまも新たな才能を見つけ出しては、世に羽ばたかせているようだ。
2024年のアメリカズ・ゴッド・タレントのゴールデンブザー獲得者の動画を眺めていて、あの頃の友人の心を揺さぶりそうな出場者を、一人見つけた。
リチャード・グドールという中学校の清掃員の男性は、55歳だという。友人が生きていたなら、近い年齢になっていただろう。
ジャーニーの「Don't Stop Believin'」は、以前からどこか神々しい曲だとは思っていた。
負けて人生が終わりではない。
信じることをやめなければ、負けた後に、素晴らしいブルースを歌う人生だってあるかもしれない。
苦しみのどん底にいる時にしか見えない光を、友人もきっと見ていたはずだ。そして、私に電話をくれたのだ。
彼女を失って14年経って、自分がどれほど大きなメッセージをもらっていたのか、ようやく気がついた。
遅くてごめん…