湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

間抜けの実在をリアルタイムに記述する日記

こんにちは。

 

自分のバカさ加減を自覚するために、今日はあえて目次をつけるのである。

 

 

【目次】

 

 


note


noteのほうの記事を、少しづつ増やしている。

短時間で書くために、書籍からの引用と、雑文と、短歌だけにしぼっている。
絵を貼りこむときには、フリー素材を背景に利用して、極力手間をかけないことにする。


なんでもやることにしてしまうと、こっちのブログと同じになってしまうから、そこだけはくずさない。


と決めたけど、すぐに気が散って、いろんなことを思いついたそばからやりたくなるADHD脳だから、いつまで守れるかはわからない。


自重はする。

 

めだま帳

 

で、noteだけれど、「はてなブログ」と比べると、どうしても書きづらさを感じる。

まず、読み書きするときの動作がどうにも遅い。

 

私のパソコンや携帯端末のスペックのせいかもしれないけれど、何か作業をしようとすると、ワンテンポ置いてから、ぬるーっと動き出す感じなので、調子が狂う。


記事作成に使えるコマンド類が少ないことは、とくに不満がない。

むしろシンプルにテキストだけを書いてねと言われている気がして、うれしくなる。


などと書きながら、noteの使い方の記事をナナメ読みしていたら、amazonyoutubeなどの記事内埋め込みはできるらしいと分かった。URLを記事内にコピーして、改行するだけだというので、やってみたら、ちゃんと埋まった。簡単でよい。


そして、やることが増えた。(´・ω・`)


あまり凝らずにほどほどにやろう。

 

昨日と今日で追加した記事は2本。

 


伝統

note.com

 

 

還暦

note.com

 


倉橋由美子による睡眠障害の顛末を含む健康観察日記

 

昨晩、あまりよく眠れなかった。


末っ子に音読してもらったあと、平沢進の「パレード」関連のバカ話で盛り上がったせいだ。

読んでもらった本も悪かった。

倉橋由美子の「反悲劇」に入っている、「白い髪の童女」。「めだま帳」でも引用していた短編だ。

 

これを最後まで音読してもらったのだけど、なにしろ倉橋由美子だから、なまじっかのサイコホラーよりも怖いし気持ち悪いのである。


末っ子も読みながら「キモっ」「こわっ」などと短いコメントを挟んでいたけど、私がこの作品を愛読していたのが高校時代だという話をしたら、だいぶ呆れられた。

 

でも私としては、倉橋由美子のような作家の作品は、若いうちに読むべきだと思っている。

文学作品を読むことは、口当たりのいい上品な趣味などではなく、野蛮で危険な脳の冒険だと思う。


そうした冒険には、それなりの体力と、柔軟さと、真っ白な無謀さが必要で、それらは年を取ると失われていくものだから、若いうちのほうが絶対にいいと思うのだ。


四十年を経て「白い髪の童女」を再読して感じたのは、能や狂言俳諧などの古典の素材をふんだんに盛り込んで、繊細に作り上げられていた世界だったのだなということだ。

 

もちろん高校時代にもある程度理解はしていたけれども、なにしろ教養が全く足りていなかったから、著者が構築しようとしていた光景の奥行に気づかないまま読み流していた部分も多かった。作中、古典の引用が多くあることに、奥深さよりも、作家のあざとさや「衒い」を感じて、うっすら反発したりした記憶もある。若くてバカだったんだから無理もない。


もっとも、四十年たった今でも、能楽の美はよくわからないし、「幽玄」がどんなものかなんて、いまだに理解できる気がしない。

 

それでも、「白い髪の童女」であるところの操(みさお)という殺人鬼の、人の世の理(ことわり)から外れた美しさが、壮絶な気配をともなって感じられる程度には、私の脳もそれなりに育ったらしい。


おかげで眠れなくなったけど。(´・ω・`)

 

 

間抜けの実在をリアルタイムに記述する日記

 

ふと思いついて、「倉橋由美子 白い髪の老女」でgoogle検索してみた。

 

この作品がインターネットでどの程度話題になっているのか、知りたかったのだけど、うっかり画像検索してしせいで、へんなものを見ることになってしまった。

 

 

f:id:puyomari1029:20200930173004j:plain

 

 

なぜ、検索の一ページ目に私のサムネイル(長女さん作)と目玉のラクガキが出てきてしまうのか。

 

倉橋由美子氏に申し訳なさすぎる。(T_T)

というか、恥ずかしい。・・・

 

それにしても、googleさん、仕事早すぎではないか。

 

記事、昨日書いてほったらかしておいたのに、もうインデックス入りしてるとか、どうなっているのか。

 

こっちのブログ記事は、書いても書いても半分もインデックスに入らないというのに。

 

そういうSEO的なことは気にしてこなかったけど、ここまで違うと、逆に興味が出てきてしまう。

 

・・・って、ここまで書いて気が付いた。

 

倉橋由美氏の作品名は「白い髪の童女」であって、「白い髪の老女」ではないのである。

 

なのにnoteのほうの記事は全部「老女」で書いていた。

 

だから希少な記事として、googleさんに拾われてしまったのだろう。

 

もう二重三重に恥ずかしい。(号泣)

 

全部老眼が悪いんだ! 

 

 

ということにしておきたいけど、ダメだろうか。

 

(´;ω;`)ウゥゥ

 

 

 

 

反悲劇 (講談社文芸文庫)

反悲劇 (講談社文芸文庫)

 

 

 

 今回の件で、一つ察せられることがある。

 

googleさんは、記事に使われている語彙(単語の総体)がユニークであればあるほど、そこに高い価値を見出してインデックス登録するに足るとみなす場合があるらしい、ということだ。

 

たとえその語彙が、アホなカンチガイに基づく大間違いに基づいていたとしても。