湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

今日の一文(一月二十八日)

ホルヘ・ルイス・ボルヘス

 

不作法な式部官 吉良上野介

 

この物語の恥さらしな主人公は、吉良上野介という不作法な作法指南役で、彼は赤穂城主の官職剥奪と死を招き、後に、当然の報いで仇討ちに見舞われた時も、武士として切腹することを拒んだ不幸な役人である。

 

彼はしかし、全人類の感謝に値する人物なのだ。なんとなれば、痛切な忠義の心を呼びさまし、不滅の偉業のために必要な凶事を用意したのであるから。

 

「汚辱の世界史」 

 

 

ラテンアメリカの文学 砂の本」(集英社文庫)に収められている掌編。

 

いきなり忠臣蔵の話が始まるので、表紙の著者名を見返すことになる。

 

「汚辱の世界史」が書かれたのは1933年から1934年にかけてだというから、ボルヘス(1899-1986)は30代半ばだったことになる。

 

凄惨な破滅しか生まない忠義が美しく素晴らしい偉業だとは、私には思えない。

 

けれども、爛熟と停滞の元禄時代に起きた赤穂浪士の捨て身の仇討ちが、時を超えて海を渡り、世界恐慌で著しく凋落しクーデターに見舞われたアルゼンチンで暮らす作家に、「汚辱の世界史」の一例として吉良上野介の末路を書く動機を与えた理由は、なんとなく想像できなくもない。

 

どん詰まりの情勢のなかで汚辱に満ちた世界史が紡がれつつあるのを目の当たりにしていれば、非生産的忠義という一点に置いてのみ筋の通った破滅行為は、なんだかまともに見えるものだろうし、場合によっては美を感じさせることもあるのだろうから。

 

でも、「汚辱の世界史」は、刊行当時はさっぱり売れなかったという。

 

 

 

 

今日の一文(一月二十七日) - 湯飲みの横に防水機能のない日記