ひさびさの和歌鑑賞日記。
(前回がいつだったかは、すでに忘却の彼方)
今回は、中務(なかつかさ)という、平安時代の女性歌人が詠んだ、七夕の歌。
あまの河 河辺すずしき たなばたに
扇の風を 猶やかさまし
拾遺和歌集 巻第十七 雑秋
【普通の意訳】
天の川のほとりには、すずしい風が吹いていますけれども、織姫さまには、もっと扇の風をお貸ししたほうがいいのかしら。どうかしら。
分かるようで、よく分からない歌である。
涼しい川風が吹いているらしいのに、なんでもっと「たなばた(織姫)」に送風しなくちゃならないのか。
織姫、よほど暑がりなのだろうか。
更年期特有のホットフラッシュで、体温調節に困難を抱えていたりするのかと思うと、親近感が半端なく湧いてくるけど、老化とは無縁の存在だろうから、それはなさそうではある。
となると、一年ぶりに訪れる彦星を待ち焦がれて、期待と緊張で発熱してしまったとか。
そういう状況ならば、周囲の人々が慌ててバタバタ扇いで冷まそうとするのも、分かる気がする。
あるいは、天の川のほとりでバカップルぶりを見せつけられた取り巻き一同が、
「あらまあ何年たってもアツアツのご夫婦ですこと! 熱中症にならないように、もっと扇いでさしあげましょうかしら! 」
なんて言って、冷やかしてる場面なのかもしれない。
でも、この歌の「詞書」を読むと、七夕伝説に感情移入して詠まれたファンタジーな歌ではなく、現実のなにかを仮託した歌であるらしいことが、うかがえる。
天禄四年五月廿一日、円融院のみかと一品宮にわたらせ給ひて、らんことらせ給ひけるまけわさを、七月七日にかの宮より内の大はん所にたてまつられける扇にはられて侍りけるうす物に、おりつけて侍りける
拾遺和歌集 巻第十七 中務の歌(1088)の詞書
ここに登場しているのは、「円融院のみかど(円融天皇)」と、その姉である「一品宮(資子内親王)」という人である。
円融天皇は、安和二年(969年)、数え年で十一で即位している。一品宮は、まだ幼い弟の母親がわりという立場で、内裏に上がっていたという。早くに母親を亡くしていた姉と弟は、とても仲がよかったらしい。
即位して四年目になる天禄四年(西暦973年)五月十一日、円融天皇は、一品宮が住む梨壺に遊びに行って、そこで乱碁(みだれご)というゲームをした。
乱碁は、囲碁のような本格的な思考ゲームではなく、碁石をおはじきのように使った遊びだったらしい。
その乱碁勝負で、円融天皇が勝利したため、一品宮は、「負けわざ」(敗者が勝者を饗応するノルマ)として、七月七日に宴を開くことになった。
その当日、一品宮は、台盤所(だいばんどころ)に、歌を書いた扇を贈り届けた。
宮中の台盤所は、いわゆる台所ではなくて、料理の配膳をする女官たちの詰所のような場所だったらしい。「負けわざ」の宴の準備をしていたのは、その女官たちだったと思われる。
そんな場所に、なぜ、「アツアツな織姫をもっと扇ぐべきかしら」などという歌を贈らなくてはならなかったのか。
実は円融天皇は、この年の二月に中宮を入内させたばかりだった。
中宮となったのは、円融天皇の後ろ盾である、藤原兼通の娘の媓子(てるこ)という人。とても優れた性格の女性だったらしいけれども、年齢が円融天皇の一回りも上だった。
夫、14歳。
妻、26歳。
お世辞にも、釣り合いのとれた夫婦とは言い難い。
母親がわりの一品宮も、いろいろと気を揉んだのではないかと思う。
円融天皇の早すぎる即位の背景には、藤原氏をはじめとした有力な貴族たちの熾烈な権力闘争があった。
もしも、強力な後ろ楯である兼通の娘との結婚がうまくいかず、世継ぎが生まれないなどということになれば、円融天皇の将来に、思いもよらぬ暗雲がたちこめるかもしれないと、一品宮は考えたかもしれない。
「負けわざ」の宴会を七夕の日としたことや、扇の歌の内容から、姉としての思いを察することができるような気がする。
織姫と彦星は、一年に一度しか会えないという逆境にも関わらず、永遠に相思相愛の夫婦でありつづけた。
弟の円融天皇にも、年上の中宮と心の隔てなど持たずに、幸せになってほしいと願ったのではないだろうか。
そんな切実な願いを扇の歌に託して、天皇の身の回りのお世話をする女官たちに伝えることで、新婚夫婦を盛り立てくれることを期待したのかもしれない。
一品宮の贈った扇は、当時としては、珍しい趣向のものだったようだ。
「扇にはられて侍りけるうす物に、おりつけて侍りける」
(詞書より)
扇に貼られていた「うす物」は、貴族の夏物に使われる、薄い織物のことだと思う。
平安貴族が使う扇といえば、木製の板を重ねてつくる檜扇(ひおうぎ)や、衵扇(あこめおうぎ)を思い浮かべるけれど、あれらは基本的に扇ぐためのアイテムではなかったらしい。
絢爛豪華な絵が描かれた檜扇でバタバタ扇いだ平安貴族も、ひょっとしたらいたかもしれないけど(お行儀の悪いお貴族様は絶対いたと思う)、私がざっと調べた限りでは、そういう使用例は見当たらなかった。
それに、檜扇タイプは、木の表面に直接絵や文字を書いていたようで、飾りとして両端に紐をぶら下げることはあっても、「うす物」を貼り付けたりはしなかったようだ。
当時、涼をとるために使われていたのは、「蝙蝠扇(かわほりおうぎ)」といって、いまの扇子のように、細い骨のあるタイプだったようだ。
ただ、「蝙蝠扇」の骨に貼られるのは、基本的に紙だったようなので、一品宮が贈った扇が、「うす物」を貼ったものだとすれば、かなりレアなアイテムだったということになる。
ただ、「おりつけ」たというのが、どういう状態であるのかは、よく分からない。
扇の織物に、歌を織り込んだ……というのは、さすがに技術的に困難な気がする。
紙やか別の布に歌を書いて、扇の折り目に合わせて折り込んだのだろうか。この辺りは要調査である。
↓ 以上のことをざっと調べるために拾い読みした本。
で、そんなことを踏まえつつ、今回の歌の詠み手である中務さん視点での意訳を作ってみた。
(ほぼ蛇足なのでスルー推奨。)
【すっとこどっこいな意訳】
失礼いたします!
「今夜は熱盛! 七夕ナイトパーティ」のスタッフ控室は、こちらで間違いございませんでしょうか。
あ、ワタクシ、本日のパーティの主催者様に、「扇風機」役を仰せつかってまいりました、ナカツカサと申します。
このオシャレな特製シースルー扇でもって、パーティ会場にブリリアントな涼を送らせていただく所存にございます。
え?
いえいえ、宴会芸のダンスとかではございません。純粋に、涼んでいただくための装置とお考えいただければと。
意味分からん、でございますか。
でしたら、本番前に一度、こちらでリハーサルをいたしましょう。
手動でございますので、若干動作が暑苦しいかとは存じますが、ご容赦くださいまし。
では参ります!
うおりゃあああああああああああっ
ばたばたばたばたばたばたばたばた
ぜえぜえぜえぜえ………
なかなかよい風でございましょう?
この新開発のシースルー素材のビジュアル効果で、涼味も増し増しになるという優れものでございます。
涼しいからアンコール、でございますか……
恋多きオナゴとして名を馳せました若い頃でしたらともかくも、ワタクシ近頃は、どうにも持続力がイマイチと申しますか、オールナイトがお肌に障る年頃でございますので、しばし充電、もとい、休憩をいただきましてから、本番にて送風再開いたしますことを、どうかお許しくださいまし。
ところで、こうして今日のパーティ準備を拝見しておりますと、ほとんど国家行事レベルの重厚感が、ひしひしと伝わってくるのですけれども、元はといえば、お子様方の罰ゲーム的なアレなんでございますよねえ。
主催者様が、まだ幼い弟様と、碁石を指にくっつけて取りあうゲームをなさって、負けたほうがパーティを開いて勝ったほうをおもてなしするというお約束だったとか。
なんと申しましょうか、セレブなご家庭の日常感覚には、下々には計り知れないものがございますねえ。
え、そういうことではない?
今年ご結婚されたばかりの弟様を、盛大に冷やかしつつけしかけて、国家予算で横っらをぶちのめす勢いでもってナイトライフを熱く盛り上げようというのが、真の目的であると。おほほほほほ、それはそれは。
ですけど、幼妻ならぬ、幼夫と申しますか……たしか、奥様のほうが、倍もお年が上だったような。
下世話な話、ホントに「結婚」できていらっしゃいますのでしょうかしら。そのあたり、外野といたしましては非常に興味津々、いえ、心配になところでございますわねえ。
ふむふむ、もともとシスコン気味の弟様だから、そのあたりは問題なしと。
むしろ、周囲がドン引くくらい、アッツアツのラブラブで、ハネムーンベビーも期待できるほどの勢いなのでございますか。
なるほど、それで会場一帯がやたらとお暑いのでございますねえ。
さてワタクシ、一応シンガーソングライターでございまして、扇風機役とともに、今回のイベントのテーマ曲を披露するようにとも、仰せつかっておりますの。
そちらのほうのリハーサルも、ここでやらせていただいて、皆様のご感想など賜わりたく存じますが、お許しいただけますでしょうか。
暴風の勢いで、いっちょぶちかませ、でございますか。
では、お言葉に甘えまして、ふつつかながら歌わせていただきます。
ミュージックスタート!
~ 銀河の熱風ランデブー ~
結婚はいつだって想定外のストーリー
結ばれてから恋が芽生えるミステリー
別れるなんて思いもしないヒストリー
熟れて蒸れて止むに止まれぬファーラウェイ
今夜だけは熱く燃えて煽って扇いでパーリナィ
思春期晩婚足して二で割るカーニバル
二人の愛はたぶん推定エターナル
……あの、いかがでございましょう。
え、なんか微妙に縁起でもないから本番では歌詞差し替えたほうが無難、でございますか。そうですか。
ああ、ワタクシも、焼きが回りましたようでございます。会場のほうで送風に励みつつ、リメイクいたしましょう。
〈完〉
三日もかけて、アホなものを書いてしまった。
(とくに最後の歌詞……)