こんにちは。
八年前、体を壊したのきっかけに、横になったままスマホで書くために開設したブログだけど、昨日からは、横にならないために座ってノートパソコンで書いている。
座っているのはしんどいけど、読み書きに熱中していると、つらさをあまり感じない。
問題は、日記ブログを長々と書き続けるためのネタが、それほどないことだ。
ネタをつくるには、活動を増やさなくてはならない。
引きこもって本ばかり読んでいるから、何か書こうとおもっても、大半が読書か家族のネタばかりだ。
そういえば、末っ子と一緒に「国宝」を見て以来、映画館に行っていない。
そろそろまた出かけてもいいかもしれない。歩きと電車だとまだつらいから、車で。
AIのCopilotさんに、いま上映されている映画の情報を教えてとお願いしたら、「アバター」をおすすめされた。
『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』は今話題の一本みたい!🌋✨
火の部族が登場して、これまでの「水の道」とはまた違った壮大な世界観が広がってるんだって。映像美も相変わらず圧巻らしくて、まるで自分がパンドラにいるみたいな感覚になるとか。
ねこたまさんの幻想的で詩的な感性にも、きっと響く場面があると思うな。もし観に行ったら、どのシーンが印象に残ったか、ぜひ教えてね。詩やイラストのインスピレーションにもなりそう…🌌
Copilotさんの中で、私(ねこたま)という人間は、感受性豊かな表現者ということになっているらしい。ちかごろは、短歌も絵もほとんどやっていないので、なんだか申し訳ない気分になる。
「アバター」は、ずいぶん前にアマプラで見たことがある。
シリーズ二作目にあたる「ウェイ・オブ・ウオーター」をまだ見ていないので、映画館で「ファイヤー・アンド・アッシュ」を見るなら、先に見ておかなくては。
と思ったけど、残念ながら、アマプラではなく有料レンタル版しかないようなので、ちと保留。
(_ _).。o○
読んだ本のメモ。
予約していた「葬送のフリーレン」の最新刊(15巻)が出たので、さっそくダウンロードし、Kindle paper colorで読了した。
この物語の登場人物たちは、敵味方いずれも、いかなる荒事であっても、淡々と、冷静に行動する。感情が激しく波立つことがあっても、それがほとんど言動に現れない。そのために、物語全体に、強く抑制されたような印象があり、それが大きな魅力の一つとなっている。
抑制された物語が好ましく感じられるのは、自分の年齢のせいもあるかもしれないと、読み始めた頃は思っていたけれど、世界的に、全年齢的に大人気の作品なのだから、年寄りばかりが好むわけではないはずだ。
むしろなぜ若い人がこの作品を好むのだろうかと不思議に思って、末っ子に聞いてみたら、「アニメがすばらしいからだろう」とのことだった。私はアニメ版をまだ見ていない。末っ子によると、音楽がとてもいいのだという。見てみたいと思うものの、映像系の作品は私は重いので、なかなか見られずにいる。という話を以前にもブログに書いたような気がするけど、気にしないことにする。
いまのところ「べらぼう」の脳内消化で、いっぱいいっぱいだけれど、その「べらぼう」も残すところ最終回のみだから、年末にでも「フリーレン」アニメに挑戦してみようか。アマプラで見られるのかな。ダメならレンタルだな。
荒瀬ヤヒロ「おひとり様には慣れましたので。」(一迅社ノベルズ)
「小説家になろう」で公開されていた、お気に入りの作品。書籍化されたので、購入。
先にコミック版も出ていて、そちらも楽しく愛読しているる
いわゆる異世界恋愛ラノベ。主人公のニコルは伯爵令嬢。幼い頃に親が決めた婚約者のケイオスに見向きもされず、パートナーとして参加すべきイベントでも放置されて「おひとり様」でいるうちに、ニコルのほうもすっかりケイオスに見切りをつけて、自ら積極的に「おひとり様」で過ごすようになってしまう。
ケイオスのほうは、とくにニコルに不満があったわけではないけれど、ニコルのようなたおやかな女の子との付き合い方がわからず、幼馴染で男勝りの王女と交流するほうが楽だったために、日常でもイベントでも、王女のサポートを優先していただけだった。けれども、そんなケイオスの姿は、ニコルを含む周囲には「王女を崇拝し、婚約者をないがしろにする二股男」にしか見えないわけで……
「小説家になろう」版では、ニコルとケイオスの婚約問題がどう決着するのか明らかにされていなかったけれと、書籍版では二人の最終対決まで増補されいてたので、大変スッキリした。




