大伴女郎の歌一首
(今城王の母なり。今城王は後に大原真人の氏を賜はりしなり)
雨づつみ常する君はひさかたの昨夜の雨に懲りにけるかも
(あまづつみ つねするきみは ひさかたの きぞのよのあめに こりにけるかも)
万葉集 巻四 519
【語釈】
- あまづつみ(雨障み)…雨に降られて家にとじこもっていること。「あまさわり」とも
- きぞ(昨)…昨夜。
……
大伴女郎は、大伴家持の叔母である大伴坂上郎女と同一人物という説もあるようだけど(Wikipedia)、岩波文庫版「万葉集」には「別人であろう」と書いてあった。
歌を送った相手は不明。
雨が嫌いで出不精な恋人だったのかもしれない。
【怪しい意訳】
あの人は、今夜も来てくれないのね。
雨の中を出歩くのが苦手な人だから、昨夜の雨にうんざりしてしまって、出かける気持ちになれないのでしょうね。
ふふふ、ほんとうに、しょうもない人…
雨を理由に約束を反故にされるのはいつものことだし、あの人の気持ちを疑うわけでもないけれど、ほんの少し、恨みごとを言ってみたくもなるのよ。
だって、雨の夜にあなた無しで過ごすのは、雨に濡れるのと同じくらい、切ないのだから。
……
英訳も見てみる。
You always dislike
To be soaked in the rain
And stay in your house,
So you might have had a lesson
From the rain of last even.
「萬葉集 THE MAN'YO-SHU」神田外国語大学 中教出版
【語釈】
- soak…ぬらす。ずぶぬれになる。
- even…夕、晩(evening)(古語、詩語)
- lesson…教訓、訓戒。
【訳】
あなたはいつだって、雨に濡れることを嫌って、家にいるのだもの。
そんなあなたのことだから、ゆうべの雨が戒めになってしまったのでしょうね…
……
英訳では古語の「昨夜(きぞ)」に、「evening」の古語もしくは詩語である「even」を当てているのだけど、これを改めて現代日本語に訳そうとすると、古風でも詩的でもない「昨夜、夕べ」などとするしかなくなってしまう。
ここの部分に関しては、なんだか英語に負けたような気分で、ちょっと悔しい。
日本語においても、古語や文語文法の一部が、現代短歌や俳句のなかに生き残っているけれども、和歌の現代語訳でそれらを生かすのは案外難しい。なぜなら、現代語としても通用する表現でなければ、単に古語を古語に置き換えた、あるいは古語のまま据え置いただけのものになり、現代語訳ではなくなってしまうからだ。
その意味では、英訳のほうが自由度が高いと言えるのかもしれない。
……
下の絵は、AIのCopilotさんに、この歌のイメージで描いてもらった。
↓今回の記事を書くのに参照した本と辞書。