今回は、葛城山を詠んた歌について。
まず、新古今和歌集から、一首。
題しらず
よみ人しらず
よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山のみねのしら雲
(よそにのみ みてややみなむ かつらぎや たかまのやまの みねのしらくも)
新古今和歌集 巻第十一 恋歌一 990
【語釈】
- よそ…名詞。離れたところ、別の場所。
- よそなり…形容動詞。遠く離れている。身近ではない。無関係だ。無縁だ。
- やむ…(何らかの現象が)おさまる。途中で終わる。起こらないまま終わる。死ぬ。
- 葛城の高間の山…奈良県中西部にある、金剛山のこと。
- 峰の白雲…峰にかかっている雲。
【普通の意訳】
ご縁のないまま、遠くから眺めるだけで終わってしまうのかなあ、この恋は。
葛城の高間の山の峰にかかる、あの白い雲みたいなあの人に、手が届くことなんて、なさそうだもの。
………
先日入手した、英訳新古今集(本多平八郎訳 北星堂)では、次のように訳されている。
No. 990
Could I be content with only glimpsing you, as I see white clouds over Mt. Takama in the Katsuragi range?
glimpseは、一件、チラ見、一目見ること。
be content withは、満足する、足りる。
rangeは、山脈。
直訳すると…
私はあなたをチラ見しただけで満足できるのだろうか。
葛城山脈の高間の山にかかる白い雲を眺める時のように。
原文と大きく違っているのは、「Could I be content with」の部分。
「よそにのみ見てややみなむ」という、思い人と無縁の自分の境遇への問いかけから一歩踏み出して、「それで満足できるのか?」と、自身の心のあり方を問う形になっている。
…………
葛城の高間の山(金剛山)は、標高1125メートル。
高尾山に次いで登山者の多い山だそうだけど、YouTubeの登山動画をチラ見した印象では、それなりに体力がないと、登りきるのはキツそうだった。
葛城山にかこつけた片思いや失恋の歌が多いのは、古代の人にとっても、気軽に登って親しむのではなく、登らずに「よそにのみ見てやむ山」だったからなのかもしれない。