こんにちは。

耳鼻科で処方されたロキソニンのおかげで、外耳炎の痛みがだいぶマシになった。
けれども、まだ腫れが引いていないのか、なんとなく聞こえがおかしく、ときおりゴーっという耳鳴りがしたりする。抗生剤を飲み切るまでは、油断しないことにした。
それと、栄養不足による皮膚の荒れを改善するために、またプロテインを飲み始めた。
以前、筋トレを志した亭主が買ってきて、飲まずに放置してあった、マツキヨのホエイプロテインが、まだどっさり残っている。
どうにも飲みにくくて、私も敬遠していたのだけど、水を減らして、溶かす分量を少し多めにすると、意外と飲みやすくなることを発見した。
口に合わないので薄めに作っていたのだけど、薄いと余計に不味くなるようだ。
牛乳に溶かすと、さらに飲みやすい。
これなら続けられそうだ。
とりあえず一週間、推奨量を飲み続けて、頭皮などの瘡蓋が増えないかどうかを再確認しようと思う。
(_ _).。o○
夏休みをエンジョイしすぎて金欠気味らしい末っ子(大学生)が、家の掃除(有料)を買ってでてくれた。
床の黒ずみ、カオス化している私のパソコンデスク周りの整理整頓など、精力的にやってくれて、かなり美しくなったので、バイト代をしっかり払った。
掃除中に、私の古い手帳が出てきたと末っ子が見せに来た。表紙に「1990」と書いてある。
1990年といえば、まだ結婚前で、大学にいた頃だ。手帳のことは全く記憶していなかったけど、開いてみたら、確かに私の筆跡で、あれやこれやと書き込んである。
2月25日 ○○予備校 入試問題答案作成 夜宴会
当時、アルバイトで予備校講師をしていたので、2月には、生徒が受験した私立大学の入試問題の解答案を作るという仕事が回ってくることがあった。「夜宴会」は、予備校主催の打ち上げ的なものだった気がする。
3月25日 書籍代 35000円 家賃 31000円
電話料金 30000円
お風呂付き駐車場付きのワンルームアパートに住んでいたのだけど、三階建ての二階に雨漏りするようなボロ物件だったので、家賃はかなり安かった。
電話料金がバカ高いのは、当時遠方に住んでいた亭主に、毎日のように電話をかけていたためだ。
インターネットどころか、学生がパソコンを個人所有するなど夢のまた夢という時代だった。当時、職場の寮住まいだった亭主は、部屋に自分の電話を持つことができなかったので、寮の代表電話に私がかけて、呼び出してもらっていた。話している時間よりも、呼び出しに応じて出てくるのを待つ時間のほうが長かったかもしれない。
電話だけでなく、葉書や手紙もしょっちゅう出していたように思う。探せばたぶん家のどこかにあるのだろうけど、紛うことなき黒歴史だから、見つけたとしても開いて読むつもりはない。とはいうものの、探して処分する気にもなれない。いずれ私が死んだあとにでも、子どもたちの誰かが発掘して、呆れ果てることになるかもしれないけど、そのときは諦めてもらうしかない。
