今回は、万葉集の七夕の雨の歌。
この夕降り来る雨は彦星のはや漕ぐ船の櫂の散りかも
(このゆうべ ふりくるあめは ひこぼしの はやこぐふねの かいのちりかも)
( 万葉集 巻十 2052)
万葉集の時代の人々は、織姫と彦星の遠距離恋愛の物語が大好きだったらしく、巻十の「秋の雑歌」に、七夕関連の歌が百首近くも掲載されている。
七夕伝説は、中国から輸入された物語で、初出は南北朝時代に編纂された『文選』という詩文集であるようだ。(Wikipediaの「七夕」の記事による)
『文選』は、奈良時代の教養人にとっては必読の書だったので、貴族たちにとって、七夕伝説は周知の物語だったはずで、それを題材とした和歌を詠むことは、もしかしたら、とても「イケてる」と認識されていたのかもしれない。
【怪しい意訳】
七夕の宵になって雨が降ってきたけど、これってもしかしたら、妻に逢いたい一心で、猛スピードでボート漕いでる彦星くんの、オールから飛び散った雫かもしれないよね。
僕もできるだけ早く君に会いに行くつもりだけど、あいにくの雨でさ、ちょっと遅れちゃうかも。ごめんねー。
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題しらず
我がうへに露ぞおくなる天の川とわたる船の櫂のしづくか
(わがうえに つゆぞおくなる あまのがわ とわたるふねの かいのしずくか)
古今和歌集 巻十七 863 読み人知らず
万葉集の歌をブラッシュアップした印象。
「彦星」と直接言わずにぼかしているところが、スマートというか、ちょっと小憎らしくスカしてるというか…。
【怪しい意訳】
なんか僕の服、湿っぽい気がする。
雨が降ってる感じでもないし、いつのまに濡れたんだろ。
そういえば、今日って七夕だったっけ。
ああそうか、なかなか会えない愛妻に会うために、必死こいて船漕いでる男が、バチャバチャと櫂のしずくを撒き散らす夜だもんね。
え、僕?
そんなに必死に会いに行きたくなるような女性は、いまはいないかな…
ちょっと羨ましいかも、彦星くんが。
なーんてね。
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この「読み人知らず」の歌は、なぜか「伊勢物語」では、「むかし男」(在原業平っぽい誰か)が、あやうく死に掛けた時に口にした歌ということになっている。
全文を引用してみる。
むかし、男、京をいかが思ひけむ、東山に住まむと思ひ入りて、
住みわびぬ今はかぎりと山里に身を隠すべき宿求めてむ
かくて、ものいたく病みて死に入りたりければ、おもてに水そそきなどして、生きいでて、
わが上に露ぞ置くなる天の河門渡る舟のかいのしづくか
となむ言ひて、生きいでたりける。
(伊勢物語 第五十九段)
*東山……賀茂川を隔てた京の東側に、南北に連なっている山々。
*思ひ入る……悲観する。
*もの病みて……病状がひどく重くなって
顔に水がかかったからといって、なぜこの歌が出てくるのだろうと、二日ばかり悩んでから意訳をこしらえてみた。
【とても怪しい意訳】
むかし、某やべえ男が、京の都に対して何をどう悲観したのか分からないが、いきなり、
「私はもうダメだ! こうなったら東山に引っ越してやる!」
と決意して、隠棲するための家を探すアピールをしはじめた。
「もうね、こんなゴミみたいな世の中には、住んでられませんよ。東山あたりの山里に、私が隠れ住むのに相応しい家、ありませんかね?」
なんて言ってたのだけど、引っ越し後に本格的に身体を悪くしちゃって、とうとうご臨終ってことになったんだけど。
ダメ元で顔に水ぶっかけたら、蘇生しちまったの。
もうね、驚いたのなんのって。
しかも、ついちょっと前までほぼ死んでたのに、いきなり歌まで詠んだのよ。
「ああ、なんか顔が濡れてる……これはもしや、天の川を渡る船の、櫂のしずくか……そうか、かの彦星のように、まだまだ生きて、女の元へ突き進めということか。うむ、私は生きる!」
情欲イコール生きる力、なんだろうかね。
ほんと、やべえよね。
(´・ω・`)
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