五月雨に 物思ひをれば時鳥 夜ぶかく鳴きていづちゆくらむ
(さみだれに ものもいおれば ほととぎす よぶかくなきて いずちゆくらむ)
古今和歌集 153
*夜ぶかく……「夜深く」と「呼ぶ」がかけてある。
紀友則は、紀貫之の従兄弟で、歌の才能は認められていたものの、晩年まで無官だったという。三十六歌仙の一人。百人一首に、「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」が入っている。
【意訳】
五月雨の降る夜。
何をする気も起きなくて、もの思いに沈んでいたら、僕を呼ぶかのように、ホトトギスが鳴いた。
ねえ、君はどこへ飛んでいくの?
こんな深い夜の向こうに、もしも何かがあるのなら、叶わぬ恋の苦しみも、職につけない惨めさも忘れて、僕も一緒に飛んで行きたいよ。
次に、在原業平の歌。
起きもせず寝もせで夜を明しては春のものとてながめくらしつ
(おきもせず ねもせでよるを あかしては はるのものとて ながめくらしつ)
古今和歌集 巻第十三 恋歌三 616
*ながめ……「眺め」(物思いをする・眺める)と「長雨」がかけてある。
この歌は、「伊勢物語」の第二段にも出てくるので、それも含めて意訳を作ってみる。
むかし、男ありけり。
奈良の京は離れ、この京は人の家まだ定まらざりける時に、西の京に女ありけり。
その女、世人にはまされりけり。
その人、かたちよりは心なむまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし。
それを、かのまめ男、うち物語らひて、帰り来て、いかが思ひけむ、時は弥生のついたち、雨そほ降るにやりける、
起きもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめ暮らしつ
伊勢物語 第二段
【やべえ意訳】
昔、やべー野郎がいてな…
遷都があって、みんな奈良の都からは出たんだけど、新都心はまだ家がなくてガラガラだったころ、一つ前の都だった長岡京ってとこに、ちょっといい女がいたのよ。
その女は、見た目はほどほどだけど、性格美人ってタイプで、付き合ってる男も一応いたらしいんだけどな。
例のやべー野郎が目を付けて、わざわざ家に会いに行っちゃったのよ。
あいつって、女にはとにかくマメでなあ。
女の心をつかみまくるトークをたっぷりかまして、思いっきり気を持たせて帰ったわけよ。
で、何を考えたかは知らんけど、こんなメールを送ったんだと。
……
昨夜はずっと、雨だったね。
君は、どうしてたかな。
ちゃんと眠れたの?
それとも、眠れずに雨の音を聞いてた?
僕は、寝ようと思っても、なんだか眠れなくてさ。かといって、ベッドから出る気にもならなくて。
結局朝までずっと、君と話したことを思い返してたんだ。
僕たちの間には、なにか特別なものがあった。
君と僕だけに通じ合う何かが。
そう思うのは、僕だけかな。
それとも、春だから、こんな気持ちになるんだろうか。
君なら分かるよね、僕の気持ち。
……
ほんとコイツ、やべーよね。
言ってることの中身はスッカスカなのに、ちょっと寂しさを抱えた女なら、ころっと引っかかるよ、これ。
(この意訳を土台にした掌編を、別のサイトに掲載しています)