藤の花シリーズ。
志賀より帰りける女(おうな)どもの、花山にいりて藤の花のもとに立ちよりてかへりけるに、よみて
よそに見てかへらむ人に藤の花はひまつはれよ枝は折るとも
(よそにみて かえらむひとに ふじのはな はいまつわれよ えだはおるとも)
古今和歌集 巻第二 春歌下 119
*志賀……近江の志賀寺
*よそに……遠くに、申し訳程度に
【ねこたま意訳】
美しい皆様方に、せっかくこうして久しぶりに会えたというのに。
藤の花を少しばかりご覧になって、私と親しく言葉をかわすいとまもなく、あっさりとお帰りになってしまうとは…
しかも、こちらには志賀の寺のついでに立ち寄っただけというのが、口惜しくてなりませんね。
私のような僧侶では、やはり魅力が足りないということでしょうか。
這いずって絡みつき、ここにお引き止めできるものなら、花などいくら折れても、惜しくはないのですがね。
いえ、絡みつくのは藤ですよ。
拙僧に巻きつかれては、お気持ちが悪いでしょう? ふふふふふ。
あーあ。
逃げるように帰られてしまいましたよ。
僧侶ジョークは加減が難しいですね。
まだまだ精進しなくては。
……
僧正遍昭には、他にも、誰かを引き留めようとする歌を詠んでいる。
山風にさくら吹きまきみだれなむ花のまぎれに立ちとまるべく(古今和歌集 394)
あまつ風雲のかよひぢ吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ(古今和歌集 872)
誰かに置いていかれる、去り行く人を見送るという状況に、心を強く動かされる人だったのだろうか。
……
僧正遍昭が花山寺(元慶寺)を開山したのは、868年だという。
その118年後(986年)、花山天皇が藤原兼家、道兼の陰謀によって、元慶寺で出家させられるという政変が起きる(寛和の変)。
歌で女性を引き止めるポーズをしてみせただけの遍昭とは異なり、花山天皇は出家してからも女色に耽ることをやめず、他人の女を寝とったと誤解されて暗殺されかけるという、大スキャンダルを引き起こしている。
遍昭が知ったら、悟るまで寺の藤の花に括り付けたかも…