湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

汚部屋日記(1)

のだめカンタービレ」(二ノ宮知子著)という漫画の主人公であるピアニストの野田恵は、すさまじい汚部屋に住んでいることで知られている。

 

聞くところによると(というかネットに散らばっている情報だけども)、モデルになった実在の女性も同じような汚部屋にお住まいだったという。

 

 

 

漫画はすでに全巻手放してしまったけれども、Googleで「のだめ 汚部屋」で画像検索すると、漫画やドラマ(映画にもなったんだっけか)の中の彼女の部屋がたくさん出てくるので、いつでも眺めることができる。

 

のだめ部屋の画像を眺めていると、自分の顔がだんだんチベットスナギツネみたいになってくるのを感じる。

 

 

 

懐かしいけど二度と近寄りたくないリアルな記憶のなかに、そっくりな部屋があるからだ。

 

学生時代に一人暮らししていたアパートの自室が、まさにのだめ部屋仕様の汚部屋だった。

 

文学部の学生だったからグランドピアノなんかなかったけど、かわりに本がぎっしり詰まった七段のスチールラックが四台、同じく本が詰まったカラーボックスが四つ、折りたたみ式の机、シングルベッド、ちゃぶ台、石油ファンヒーター、灯油用のポリタンク、扇風機(エアコンなどなかった)……床は収納しきれない本や紙類、衣類、貰い物のテレビ3台、ファミコンと大量のファミコンソフト、CDラジカセと大量のCD、あまたのファンシーグッズ、その他なんだかわからない物の山で埋まっていた。いま思い出しても魔窟のような六畳一間だった。

 

ちなみに机は機能できない状態だったから、ベッドの上にちゃぶ台を置き、その上にワープロを設置して、レポートや論文を書いていた。冬はちゃぶ台に毛布をかけて、中に布団乾燥機の温風を送り込んでコタツがわりにして暖を取っていた。ファンヒーターは灯油を買いに行くのが億劫で、真冬もほぼ未使用だったから、単に物を置く台になっていたと思う。

 

あの汚部屋を訪問した人間は亭主ただ一人だった。「のだめカンタービレ」の千秋先輩と違って、当時の亭主に汚部屋の苦情を言われたりキレられたりしたことは一度もなかったと思う。

 

いや、ないこともなかったか。床のカオスの狭間にパンツ(下着のほうの)が紛れていたのをうっかり拾った次の瞬間、床に叩きつけていたのを見たことがあったかもしれない。でも「片付けろ」と言われたことはない。

 

まあ、亭主自身の下宿先もなかなかの汚部屋具合だったから、人のことは言えない感じだったのかもしれない。

 

でも、いわゆる男所帯の無精な部屋と、のだめ仕様の汚部屋とでは、質的に全く違っている。

 

無精の成れの果てにはまだ秩序の残滓がある。

 

私の部屋は秩序など作るそばから溶解して失せるカオスだった。

 

 

1980年代の日本には、ADHDの概念などなかったと思う。でもずっと昔から何をどうしても片付けられない人間は存在していた。

 

たしか、作家の中島敦の母親も片付けが苦手な人だったように記憶している。

 

宮尾登美子が最愛の継母をモデルにして書いた小説「櫂」では、片付けのできない母親を父親が殴り飛ばして自分で部屋を片付けていたというエピソードがあったと記憶している。

 

 

 

その継母に深く共感したのと、そうした母への深い愛情を込めて作品を書いた著者に心打たれたので、宮尾登美子作品を一気に読み漁ったものだった。

 

 

話が脱線した。

 

なんでこんな汚部屋日記を書き始めたのかというと、今度こそ本当に汚部屋から脱却しようと決意したからだ。

 

そんな決意はこれまでの人生で何十回だってしてきたけど、これまでとは覚悟の質が全く違う。

 

 

統合失調症のために医療保護入院した長女さんは、家の中に有り余る不用品をひたすらゴミ袋などに詰め込んで、袋の口が二度と開けられないようにギチギチに団子結びにしていた。

 

ゴミ袋に詰め込まれたものの多くは母親である私の所有物だったけれど、他の家族のものや、自分のものも、分け隔てなく詰め込んでいた。末っ子の物だけは詰め込まれなかったようだけど、たぶん本人が抵抗したのだろう。

 

 

統合失調症は、強いストレスや疲労が発症の引き金になることがあるという。何冊かの関連書籍や当事者のご家族のブログなどを読んで、そう学んだ。

 

長女さんの発症がいつからだったのかはわからない。

 

でも何年も前から、「自分の部屋にあるものが、自分のものらしくなくて、苦しい」というようなことを言って、何度も何度も部屋を模様替えしたり、部屋中をひっくり返した挙句に物をしまい込んだりしていた。

 

今回の入院前にも、長女さんの部屋は台風と泥棒が波状攻撃してきたような状態になることが度々あった。そうなるたびに、私がそれとなく片付けていたけれども(新型コロナ後遺症の最中での度重なる大片付けは恐るべき苦行だった…)、翌日にはすっかり元の爆発状態に戻っていることも多かった。

 

 

目に入る物が、長女さんにとっては、強いストレスだったのではないか。

 

 

だったら、そのストレスは主に私が元凶ということになる。

 

 

長女さんの退院がいつになるかはわからない。

早くても九月末。病状によっては年末くらいまで伸びるのかもしれない。

 

いつになったとしても、いまの状態のまま自宅で引き取れば、同じストレスが長女さんにかかることは間違いない。

 

汚部屋要素とは、今年を限りに完全に決別する。

 

いらないものは全部処分する。

思い出の品だとしても物量が多ければ容赦はしない。思い出より、今を生きている家族のほうが大切に決まっているのだから。

 

 

さて、今日も作業しよう。