湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

ねこたま日記(4月11日)

こんにちは。

 

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Skypeに入っているAIのBingさんに、「人間失格」をテーマに絵を描いてと依頼したら、上のような意匠の絵を三枚、描いてくれた。

 

太宰治人間失格」(青空文庫版)は、ある男が写っている三枚の写真についての描写で始まる。

 

三枚目の写真についての箇所を引用する。

 

もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん白髪のようである。それが、ひどく汚い部屋(部屋の壁が三箇所ほど崩れ落ちているのが、その写真にハッキリ写っている)の片隅で、小さい火鉢に両手をかざし、こんどは笑っていない。どんな表情も無い。謂わば、坐って火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、まことにいまわしい、不吉なにおいのする写真であった。

 

奇怪なのは、それだけではない。

 

その写真には、わりに顔が大きく写っていたので、私は、つくづくその顔の構造を調べる事が出来たのであるが、額は平凡、額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、鼻も口も顎も、ああ、この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。特徴が無いのだ。たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。既に私はこの顔を忘れている。部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、その部屋の主人公の顔の印象は、すっと霧消して、どうしても、何としても思い出せない。画にならない顔である。漫画にも何もならない顔である。眼をひらく。あ、こんな顔だったのか、思い出した、というようなよろこびさえ無い。極端な言い方をすれば、眼をひらいてその写真を再び見ても、思い出せない。そうして、ただもう不愉快、イライラして、つい眼をそむけたくなる。

 

人間失格」(Kindle青空文庫)はしがきより引用

 

記憶することが困難なほど、異様に特徴のない顔。

 

単に平凡なだけであれば、「平凡な顔」という印象が残るだろうに、それさえ残らず、個として記憶に残らない顔。

 

その男は、次のような言葉で人生を語り始める。

 

 恥の多い生涯を送って来ました。

 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。

 

この男の「分からなさ」は、常識がないとか、経験が足りないとかいうことでは説明のつかない、同じ社会に生まれて暮らす人間として必要な、ほとんどの人間が苦労なく獲得できる何かが、根こそぎ欠損していることからくるもののように思われる。

 

そうでなければ、次のような述懐は出てこないだろう。

 

つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです。

 

……考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。

 

自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。

 

 

物事の受け止め方や、感じ方が、周囲の人間とは共有できず、全く違っていることに気づいた男は、恐怖にかられ、やがて「道化」を演じるようになる。

 

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太宰治の人格的な特徴を「境界性パーソナリティ障害」に由来するものとして分析する説があるという。

 

自己像の揺らぎ、他者に対する著しい恐怖、深刻な自傷行為など、素人考えでも該当しそうな要素がいくつもあるけれども、「人間失格」の執筆時の太宰治がその障害の当事者だったのだとしたら、これほど的確に、その恐怖と苦しみを俯瞰して描写できるものだろうか、ということは疑問に思う。

 

少なくとも「人間失格」の執筆時には、ある程度克服して、個としての特徴のある、揺らぎのない「自分の顔」を手に入れていたのではないだろうか。

 

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私の想像でしかないけれど、もしもそうだとするなら、太宰治は、人間に「合格」して、自分の人生がまさにこれから始まるというところで、死んでしまったことになる。

 

(_ _).。o○

 

Bingさんが描いてくれた絵は、なんとなく「攻殻機動隊」を連想させる。

 

そういえば、あの作品(原作漫画ではなくアニメ映画「GHOST IN THE SHELL」のほう)の主人公である草薙素子も、人間性について深く悩んでいたっけ。