湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

読書メモ・黒岩重吾「天風の彩王 藤原不比等」

 

夏バテ(脱水症状)から回復したので、読みかけだった黒岩重吾「天風の彩王 藤原不比等」(講談社)を一気に読了した。

 

(現在、Kindle Unlimitedで読み放題利用できます)

 

この小説の藤原不比等(史)は、幼少期から魔性を帯びた美形であるばかりか、天才的な頭脳で学問を極め、人の心理を見抜き操ることにも長けた、恐ろしいほど優れた人物として描かれている。

 

高い能力の代償でもあるのか、他者への共感力や同情心は薄く、周囲の人間を駒として利用し、時には冷酷に切り捨てることもある。

 

けれども、決して非情なわけではなく、自分の弱さを晒せるような相手や、自分と同等の能力を持つパートナー的な存在を、心のどこかで求めてもいたりもする。そういう相手には、後半生(本書だと下巻)で出会うことになる。

 

持って生まれた才能だけでなく、天運までが、人生の岐路で必ず不比等の味方をする。

 

不比等に不信感を抱いていた天武天皇崩御し、持統天皇が即位したこと。

 

奈良、平安時代での藤原氏の繁栄の礎を築いた人物でありながら、学校の歴史の授業ではいまいち影が薄い(と私は感じた)藤原不比等の凄みと不気味さを知ることのできる、面白い小説だった。

 

ただ、飛鳥時代の数多くの事件を押さえながら、藤原不比等の複雑な人生を一気にたどっていく物語なので、細やかな人間ドラマの部分が少ないのが残念ではあった。

 

四人の個性的な妻たちや、後に藤原四兄弟として大活躍する息子たちとの関係など、もう少し踏み込んだところまで語って欲しかったけれども、それをやると上下二巻では収まらなくなるのだろう。

 

例外は、最後の妻である県犬養三千代との、大恋愛略奪結婚だけど、やっと結ばれて、子ども(のちの光明皇后)が生まれたと思ったら、不比等が死んで終わってしまった。

 

死の直前、不比等は凄まじい形相で、四人の息子たちに不穏な言葉を遺す。

 

「長……から眼を離すな」

 

不比等の娘である宮子が産んだ、首皇子(おびとのみこ)の即位を妨害する可能性のある長屋王高市皇子の息子)を警戒しろというのだ。

 

その遺言は、長屋王を自殺に追い込むという凄惨な形で実行されることになるのだけれども、不比等の死後の話なので本書では語られない。いかにも「続く」感じの終わり方だったので、別の作品で取り扱っているのかもしれない。

 

(_ _).。o○

 

 

蛇足になるけれども、飛鳥時代の人物たちについて、高名な歴史小説作家が、自分と同じ解釈をしておられるところが多々あって、それがちょっと楽しかった。

 

たとえば、天武天皇の殯宮を二年もやったことへの、持統天皇の述懐。

 

前々から疑問を抱いていた殯の儀式が、酷くうとましくなった。

 

「殯の儀式」では、殯(もがり)の宮に遺体を安置して、延々と葬儀を続けるのだけど、ドライアイスなどない時代だから、夏場など、遺体は容赦なく腐敗する。

 

本作品によると、天皇の遺体を塩漬けにして腐敗を防いだらしいけれども、完全に乾燥するまでは、とてつもなく臭ったことだろう。

 

天武天皇の殯宮を取り仕切っていた草壁皇子天智天皇持統天皇の息子)などは、父の殯が終わった途端にな亡くなっている。もともと虚弱な体質だったらしいけれど、殯ストレスが追い討ちをかけたんじゃないかと私は思っている。

 

まして、二年もの夫の殯を終えてすぐ、愛息子の殯を行わなくてはならなかった持統天皇の殯ストレスは、半端なかったに違いない。

 

この物語のなかの持統天皇は、自分の死を目前にして、そうした殯宮のあり方に、心底嫌気がさしていた。

 

で、どうしたかというと、持統天皇は、日本史上初の「火葬される天皇」になったのだった。ものすごく、気持ちは分かる。

 

(_ _).。o○

 

いつかNHK大河ドラマで、不比等をやってくれればいいのにと思う。

 

飛鳥時代は風俗などの記録が少ないらしいので、衣装や小道具の時代考証が難しそうだけど、これまでにもドラマ化されたことがなかったわけではないので、なんとかいけるんじゃなかろうか。

 

テレビドラマ「額田女王」が放映されたのは、1980年。見た当時高校三年だったけど、いくつかの場面をいまでも鮮明に覚えている。

 

Wikipediaで配役を確認したは、額田王役が岩下志麻天智天皇近藤正臣天武天皇松平健持統天皇(鸕野讚良皇女)は樋口可南子だった。

 

もう一度見たいけれども、残念ながら、Amazonプライム・ビデオでは配信されていない。

 

飛鳥時代の少し後の奈良時代前期になるけれど、持統天皇の曾孫の聖武天皇の時代を描いた「大仏開眼」というドラマもある。(出演していた方の某事件のために、Amazonプライム・ビデオでの配信は停止されてしまっている。「鎌倉殿の13人」の配信も全滅していた)。

 

このドラマでは、不比等の息子たちは既に天然痘で全員亡くなっていて、孫の藤原仲麻呂恵美押勝)が活躍する時代になっている。

 

皮肉なことに仲麻呂は、同じく不比等の孫である孝謙天皇(祖母と母が不比等の娘)と対立し、仲麻呂が滅ぼされることになる(恵美押勝の乱)。

 

でも孝謙天皇には皇配(夫)がおらず、子どももなかったので、ここで天武・持統系が途絶えることになり、次代は天智天皇の孫である光仁天皇となる。

 

そんな後世の成り行きを、持統天皇不比等があの世から見ていたなら、どんな思いを抱いたことだろう。

 

ちょっと聞いてみたい気がする。