湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

麻酔(医)と自閉症(の闘い)

 

息子の歯科治療の手術が始まった。

 

全身麻酔で一気にやるので、たぶん3時間くらいかかると言われている。

 

もう三度目になるけど、毎回、胃の縮む思いがする。歯を悪くさせてしまって申し訳ないと、土下座でもして床に深く穴を穿ちたいほどの気持ちになる。

 

親がどんな心持ちでいようが、治療をするのはお医者さんだ。私は、終わるまで、ひたすら待つしかない。

 

(_ _).。o○ 

 

 

胃が、ギリギリ痛む。

息子の禁食に付き合って、朝から何も食べていない。その空きっ腹に、コンサータその他の処方薬を飲んだのが悪かったのか。

 

いや違う。純粋にストレスだ。

胃は昨日の夜から痛み始めていた。

 

病院の売店が開いたら、パンでも買って食べようと思いつく。障害者の方々が働くパン屋さんが、出張販売にくるのだ。

 

でも、何時にくるのかわからない。

頭痛がしてきた。

 

 

(_ _).。o○

 

 

朝5時半に目覚まし時計で覚醒して、7時前には車で家を出た。

 

息子が何か食べたがると大変だから、ほんとはもっも早く出たかったけど、外がまだ薄暗かったから、明るくなるまで待ったのだ。老眼が悪くなってからは、夜の運転はやめている。

 

日の出の他にも、待たなくちゃならないものがあった。

 

飲んだコンサータが効きはじめて、ちゃんと集中して運転できるようにならないと、まずいのだ。特に、今日は。どんなに絶叫されても、最悪後部座席から頭を殴られても、絶対に気を散らさずに、無事に運転しなくてはならない。

 

病院へは、8時45分までに入るようにと言われていた。7時前に家を出たら、余裕で8時前に着く。そこから手術開始まで、食べ物も飲み物もなしに、どうやって間を持たせようかと苦悶しながら、ひらすらゆっくり車を走らせた。

 

一度病院前を素通りして、しばらくらあたりをうろついたけど、息子が不穏に思い始めているのがわかったから、仕方なく病院の駐車場に車を入れた。

 

着いたのは、やっぱり8時前。

 

病院の待合室がまだ開いていなかったから、ビルの通路のベンチで待とうと思ったら、そのすぐそばに自販機がある。これはダメだと思って、自販機の見えないところに移動して立っていたけど、お腹が痛くて立っていられなくなったから、仕方なくベンチに戻ってそこに座った。

 

息子は、自販機をじーっと見ていたけど、欲しがらなかった。

 

いつも、診察前には我慢して、終わったら自販機で飲み物を買うというのをルールにしていた。それをきちんと守ったのだろう。

 

12時間ちかく、飲まず食わずだったのに、何も言われなくても「飲まない」ルールを守れる息子は、本当にえらいと思う。

 

診察だって、きっと本当は毎回とても嫌だったのだろう。

 

病院のスタッフの方々は優しくて、息子のことをよく理解してくれていたから、息子も信頼して、身を委ねていたと思う。

 

息子は重度の知的障害があって、会話ができない。でも、周囲の人の様子は詳細に観察して、理解している。

 

おだやかな人、心のあたたかな人、自分を尊重してくれる人を、息子は正確に見抜く。馬鹿にする人や、差別意識を隠し持っている人、内心では自分を人間扱いしない人には、それなりのぞんざいな対応をする。

 

観察力なのか、直感なのかはわからない。両方かもしれない。

 

歯科の常勤のスタッフの方々を、息子は信頼していた。最初は恐ろしがって診察室にテコでも入ろうとしなかったのに、何度も歯磨き指導に通って、根気よく対応していただくうちに、自分からすんなり診察台にすわれるまでになった。歯磨きも、頑張った。

 

でも、手術となると、どうしたって、おだやかにはいかなくなる。

 

治療自体は、全身麻酔で行われるから、痛みも恐怖もない。

 

息子にとっての刺客は、手術直前に現れる。

 

麻酔医だ。

 

常勤されているお医者さんではないため、術前検査まで、息子とは面識がない。一応、カルテで息子のプロフィールは把握されているのだろうけど、コミュニケーションの取り方まで伝わるはずもない。

 

そもそもコミュニケーション不可能のクリーチャーくらいに思って、息子に臨まれるつもりなのか、気合いと力ずくで押さえ込んで麻酔を効かそうと身構えている。

 

仕事なのだから、そういう構えになるのも仕方がないのだろうと、親の私なら思う。麻酔医の職務は、麻酔を正確に、安全に使うことであり、重度の知的障害を伴う自閉症者と心のつながりを持つことではない。

 

でも相手のそういう心構えを、息子は一瞬で見抜き、拒絶の防壁を張りめぐらす。

 

10年ほど前の手術のとき、息子は、自分の前に立った麻酔医のみぞおちに、渾身の大キックを決めた。まだ体重の軽い頃だったけど、息子のキックを食らった麻酔医のお兄さんは、15秒くらい動けなかった。キックでよかった。頭突きだったら肋骨にひびくらい入ったかもしれなかった。

 

いまの息子は、そのころの倍の体重がある。

 

本当におだやかな性格だから、人に暴力を振るうことなどまずないし、パニックに陥っていても渾身の自制力で手加減する人だ。

 

でも、自分に危害を加えるかもしれない相手となると、話が違ってくる。

 

自分に向けられるハンターのような気配を感じたら、滅多に出すことのなくなった全力を出してしまうかもしれない。そして、歯科医院で培ってきた、あたたかな信頼関係の全てを、絶大なる不信によって、リセットしてしまうことだろう。

 

以前の治療のあと、それで歯科に通えなくなった。息子だけでなく、私も心折れてしまった。

 

なのに、また虫歯にしてしまった。 

 

 

後悔など役に立たないことを、繰り返し実証しながら、人生は続いていく。

 

 

(_ _).。o○

 

 

前回の息子の治療の大変さ、とくにメンタル面での困難さは、カルテに詳細に書き込まれていたようで、今回は、ガスを吸っておだやかに眠ってもらってから、採血や麻酔などの処置をしましょう、ということになった。

 

手術室の台に座って、ガスを吸うためのマスクをつける練習も、息子は嫌がらずにやってくれた。私のCPAP睡眠時無呼吸症候群治療用の呼吸機器)のマスクにそっくりだから、心理的抵抗が低かったのかもしれない。

 

今朝だって、手術室に入って、台に座るまでは、息子は本当に落ちついていた。しっかり頑張ろうという気概が、表情にも出ていたほどだ。ガスを吸うためのマスクも、自分で手に持って、顔に当てていた。しばらくの間は。

 

でも、あと少しでうとうとしはじめるかな、というところで、ガスの臭いが気になってしまったのか、眠りに落ちる前に、マスクを顔から外してしまった。

 

それと同時に、麻酔医がどう猛なハンターと化したのは、仕方がなかったとは思う。仕事だから。

 

息子の腕をひねり上げるように締め上げながら、マスクをぐいぐいと顔に押し付ける様子が、まるで刑事ドラマの凶悪犯罪者の身柄確保のシーンのようだったとしても、それを見ていた私の心が早くもぽっきり逝ったとしても、仕方がなかったのだとは思う。

 

大丈夫だ。

私の心のスペアなら、あとまだ何本もある。

 

 

やり方が犯人確保じみていても、せめて、息子に人間に話しかけるように声をかけていくれたら。

 

私は少なくとも心一本分は折らずに節約できたかもしれない。

 

でも、息子はたぶんダメだろう。

 

8人がかりで押さえ込まれても、頑としてマスクを受け付けなかった息子の腕に、注射針がずぶりと刺された。

 

暴れて注射液が入りきらなかったから、もう一度。

 

二度目の注射針で、息子の腕は血まみれになった。

 

でも、息子は全力で暴れてはいなかったようだった。

 

途轍もない恐怖だったろうに、ちゃんと加減していたのだ。

 

いつもお世話になっていたスタッフさんたちや、お医者さんに当たらないように蹴り出された足は、麻酔医の先生を自分に近寄せないように防御するためのものだった。

 

薬が効いて朦朧としはじめた息子は、自分の周りに立っている人間たち一人一人の顔に、力無い視線を送っていた。

 

失望。

裏切られた悲しみ。

 

 

息子は、麻酔医の顔は、見なかった。

 

 

 

 

(_ _).。o○

 

 

胃が痛い。

 

売店の前でカフェオレを飲んでいたら、気持ち悪くなってしまったので半分残した。そうこうするうちに、パン屋の販売が始まったから、息子の好きなメロンパンと、アップルパイを買った。美味しそうなパンと、パイ。

 

製造元の障害者の作業所の住所など確かめていると、頭痛のボリュームが上がった。

 

 

とりあえず、何か、食べよう。