湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

ちょっと腐女子の記紀歌謡

今日のネタは「古事記」中巻、神武東征の話の途中にある、奇妙な歌。

 

前回の釈通観の歌に出てきて散々人を迷わせた「高城(たかき)」が、この歌にも登場する。

 

ただし、こちらの「高城」は、優雅に白雲が棚引いている山ではなくて、ちょっと血生臭い事情があるようだ。

 

 

宇陀能 多加紀尓 志藝和那波留 和賀麻都夜 志藝波佐夜良受 伊須久波斯 久治良佐夜流 古那美賀 那許波佐婆 多知曾婆能 微能那祁久袁 許紀志斐惠泥 宇波那理賀  那許婆佐婆 伊知佐加紀 微能意富祁久袁 許紀陀斐惠泥

 

亜亜(音引)志夜胡 志夜 此者伊能碁布曾
阿阿(音引)志夜胡 志夜 此者嘲咲者也 

 


宇陀の 高城に 鴫罠(しぎわな)張る 我が待つや 鴫は障(さや)らず いすくはし くじら障る 前妻(こなみ)が 肴乞(さかなこ)はさば 立柧棱(たちそば)の 実(み)の無けくを こきしひゑね 後妻(うわなり)が肴乞はさば 柃(いちさかき) 実の多けくを こきだひゑね

 

ええ しやご しや  此は伊能碁布曾(いのごふぞ)

ああ しやご しや  此は嘲咲(あざわら)ふぞ。

 

 

 


神武天皇奈良県宇陀市あたりまで進軍したとき、そのあたりの首長である、兄宇迦斯(えうかし・兄猾)と、弟宇迦斯(おとうかし・弟猾)を呼び出した。

 

ところが、兄宇迦斯は呼び出しに応じず、神武天皇を罠にハメて殺そうと計画。

 

弟宇迦斯は、兄宇迦斯のたくらみを神武側に密告。

兄宇迦斯は、自分が作った罠に追い込まれて圧死。

遺体は、なぜか即座に解体されたという。

 

その後、弟宇迦斯は、神武軍をもてなす大宴会を開いた。この歌は、そのときの余興で歌われたものだという。

 

兄宇迦斯と弟宇迦斯の関係は、よくわからない。実の兄弟だったとしても、元から関係はよくなかったのかもしれない。

 

ただ、兄側の陰謀が弟側に筒抜けだったことから考えて、兄のほうは弟をナメていた可能性がありそうだ。

 

そんな背景をうっすら頭に入れつつ、語釈を見ていく。


「宇陀(うだ)」は、今の奈良県宇陀郡。地図でみると、吉野よりは少し奈良市より、だろうか。

 

「高城(たかき)」は、岩波古語辞典では、「野山の高いところに作った、敵を防ぐ設備。高地の城塞」であるとして、この歌を用例に引いている。小学館日本国語大辞典でも、ほぼ同様の語釈をしている。

 

ところが岩波日本思想体系本の「古事記」では、この「高城」を「高地にあるくぎられた場所で、狩猟地になっていた区域」としている。


「要塞」なのか、「狩猟地」なのか。

 

どちらととるかで、歌の意味がだいぶ変わりそうなのだけど、単純にどちらかの意味と考えてしまうと、歌の含みが減ってしまって、つまらない。戦争が背景にある歌なのだから、ここでは、二重の意味を持っていると考えたい。

 

それはともかく、この歌、「しぎはさやらず」以降、どんどん、よく分からない話になっていく。


「さやる(障る)」は、邪魔なものがひっかかって、身動きとれなくなること。

どうやら鴫(しぎ)は罠にかからなかったらしい。そして「いすくはし くぢらさやる」となる。


「いすくはし」は、鯨にかかる枕詞。意味は不明。
「くじら」は、もちろん鯨。


つまり、この人は、奈良の山中で捕鯨をしちまったのである。

 

いくら何でもそれは無理だろう。

と、ツッコむ余地も与えないまま、歌はさらに奇妙な世界へと突き進んでいく。


「こなみ」は前妻。「うはなり」は後妻。
「さかな(肴)」は、肉・魚・野菜など、おかずになるような食材。


「たちそば」は、岩波古語辞典によれば、「ニシキギの古名」とのこと。「ニシキギ」は、ニシキギ科の落葉低木で、枝に翼があり、紅葉が美しいことで知られている。うちの近所では見た覚えがないので、ネット検索して写真を開いてみたところ、目の覚めるような赤である。鯨肉の色に、似ていないこともない。実は少なめ。

 

「いちさかき」は、ヒサカキの古名ではないかと岩波古語にある。ツバキ科ヒサカキ属の常緑低木で、赤黒い実がたくさんなるらしい。ニシキギの実が、ぽつんぽつんとなるのに比べて、こちらの木は、ブドウのようにどっさり実がつく。

 

「こきし」「こきだ」は、どちらも沢山という意味。


「ひゑ」は、肉などを薄くそぎとること。

 

前妻には貧相な肉を山ほどくれてやり、後妻にはゴージャスな肉をプレゼントする、ということか。何か前妻にうらみでもあるのだろうか。だったら何もやらなければいいのに、わざわざ「みのなけくを コきしヒゑね」って、どういうことなのか。溜まっている恨みつらみを、山盛りの不味い肉で当てこすって表現したいとでもいうのだろうか。

 

「いのごふ」は、狙いを定めてじりじりと近寄る、攻め近づくという意味。なんだかもう、喧嘩腰である。

攻撃的に接近して、嘲笑う。


兄を罠にかけて殺した、弟宇迦斯(おとうかし)さんは、自分が開いた宴会でこの歌を聞いて、どんな気持ちだったんだろう。

 

 

   《もはや意訳ですらない何か》

 

 どうです、この肉。
 ここらの狩猟地で獲れる鴫なんですけどね。
 カモなんかとちがって、野性味があるっていうか、
 独特の苦味と甘味があるでしょ。
 それにこの香り!
 他所から来た方は、
 みんなこれにやみつきになるっていいますよ。
 あなたにも気に入っていただければ嬉しいんですが。


 いえ。
 兄貴のことは、もういいんですよ。
 あの人がこれまでしてきたことを思えばね。
 あれは岩で潰してナマス切りにされても
 仕方のない人間だった。
 あなたに、恨みなんてありません。
 兄を売ったのは、俺ですしね。
 人望のない為政者、暴君として、
 相応の最後を遂げたって、
 いまごろ本人も思ってますよ、きっと。
 死ぬ直前までそれに気づかなかったのが、
 情けないけど。

 

 まあ、後ろ向きの話はやめましょうか。

 

 これから先、土地の人間は皆、あなたに従うことでしょう。
 もちろん俺も、忠誠を誓います。
 あなたは偉大だ。
 話に聞く鯨のように。
 そのことが分からない、頭の古い連中には、
 俺が思い知らせてやりますよ。

 

 そういえば、
 鯨の肉って、俺見たことないけど、
 ずいぶん赤いんだそうですね。
 ご覧になったこと、あります?
 どんな赤なんだろうな。
 秋のニシキギみたいな赤?
 あれも赤いけど、
 兄貴の血も、赤かったな。
 ザクザク切られて、
 もとの形がどんなだったかも分からない肉になって。
 ただ、赤くて。
 
 酔った、かな。

 

 兄さんが、そこに、見える。

 

 あんた、刺身になったんじゃなかったのかよ。
 何してるんだよ、そんなとこで。
 俺をただの駒扱いしてさんざん振り回して、
 俺のあんたへの気持ちに気づくと、それまで利用したよな。
 抜け目ないくせに、俺が裏切るとは思わなかった?
 俺だってあんたが
 自分で作っただまし討ち用の城に
 追い込まれて死ぬような間抜けとは思わなかったよ。

 

 あんたの本心って、何だったんだよ。
 いまさら聞いても、しょうがないけど。
 俺はもう、あのひとについていくって、決めたんだ。
 そう、惚れたんだから。
 前の男に未練なんかないんだよ。


 だからほら、もう逝っちまえよ、クソ兄貴!
 しっしっ!
 見てたって、何もできないだろ。
 消えちまえ!
 ばーか!

 

(2005年05月27日)  

 

※他ブログに同内容の記事を掲載していましたが、今後、こちらにまとめていく予定です。

 

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