湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

映画「梅切らぬバカ」……自閉症のある風景

女優の加賀まりこ氏の長年のパートナーのご子息が、自閉症なのだという記事を、ネットニュースで読んだ。

 

ジャニーズ関連の記事を避けまくっていて、たまたま見つけたその記事は、加賀まりこ主演の「梅切らぬバカ」という映画の公開に関連したものだった。

 

自閉症の息子と暮らす老齢の母親を、加賀まりこが演じているのだという。

 

これは、見るべき映画だと思ったので、Amazon Prime Videoでレンタルした(400円)。

 

(以下、ネタバレしまくりの感想)

 

 

和島香太郎監督で、2021年に公開された作品だとのこと。全く知らなかった。

 

主人公の山田珠子(加賀まりこ)は、息子の忠男(塚地武雄)と二人っきりで暮らしている。

 

映画の冒頭、庭先で珠子が忠男の散髪をしていると、隣家の引越し作業が始まった。

 

狭い通路に、珠子たちの家の梅の木が低く枝を伸ばしているせいで、作業員が枝に頭をぶつけながら荷物を運んでいる。

 

その様子に気を取られる忠男に、珠子は「関係ないでしょ」と声をかけ、じろじろ見ないように仕向けていた。

 

その様子から、珠子が、母親として、息子を近隣の人間関係から遠ざけようとしていることがうかがわれて、胸がちくりとした。

 

その理由は、やがて明らかになる。

 

忠男は毎朝6時45分きっかりに起床し、7時には母親と朝食を食べ、ゴミ出しをしてから、一人で就労支援施設へ通所する。

 

施設では、忠男は紙箱を組み立てる作業をしている。淡々と、黙々と、正確に作業を続けている。

 

忠男は自宅からの通所だけれど、他の利用者たちは、同じ運営者によるグループホームから通所している。

 

そのグループホームは、居住者のたてる騒音や、近隣の児童への暴力などの迷惑行為のために、町内会からの強い批判を浴びていた。

 

グループホームの運営者は、説明会を開いて、地域住民への理解を求めようとするものの、被害意識の強い住民たちにとって、障害者の事情は他人事でしかなく、とにかくホームを遠くに移転してほしいと主張するばかりだった。

 

移転を強く求める住民の中には、乗馬クラブで働く女性もいた。

 

彼女は、忠男が毎日乗馬クラブを覗き込むのを迷惑に思い、馬を脅かす存在として、忠男を毛嫌いしていた。

 

実のところ、忠男を気味悪く思い、脅威を感じているのは、馬じゃなくて女性本人のようなのだけど、女性は馬を理由にして、自身の差別意識に目を向けようとはしない。

 

まあ、自閉症者との付き合いのない人にとっては、独特の振る舞いやこだわりは、理解し難く、気持ちの悪いものなのだろうし、彼女のような人は、いまもきっとたくさんいるのだろう。悲しいけれど。

 

珠子は、老齢になるまで忠男と暮らす間に、そういう人々と山ほど関わり続けてきただろうし、相互理解の難しいことも、骨身に沁みてきたはずで、だからこそ、隣家の引越しに気を取られる忠男に、「関係ないでしょ」と言って、視線をそらせたのだろう。

 

けれども、珠子という人は、決して厭世的な人物ではない。手相占いを生業としているためか、人の心の弱みや痛みを巧みに見抜き、必要とあれば急所を突いて、意識を変えることもできる、したたかな女性でもあった。

 

グループホームの説明会に参加していた珠子は、強行に批判を繰り返す乗馬クラブの女性に対して、過去に乗馬クラブの馬が脱走した事件を取り上げて、立場が変われば自分もバッシングの対象になりえることを気づかせ、「お互い様だろ」と諭す。痛いところを突かれた女性は、その場では反論の言葉を紡ぐことができなかった。

 

ちなみに、乗馬クラブの馬たちが忠男に対して全く警戒心を持っていないことが、映画の後半で明らかになるのだけど(むしろ穏やかに懐いていた)、とても残念なことに、この映画の中では、乗馬クラブの女性がそのことを知る機会は来ない。

 

理解のない地域社会のなかで、珠子と忠男はひっそりと孤立するように暮らしているのだけど、隣家の家族との関わりのなかで、ささやかな奇跡が起きる。

 

隣家に越してきたのは、妻子に威張り散らす独善的な父親と、夫に振り回され続けて疲れた母親、少し内気で、孤独な思いを抱えた小学生男子の三人家族。

 

父親は、珠子の家の邪魔な梅の木に反感を抱き、知的障害のある忠男の、社会的に失礼な振る舞いにも、激怒するばかりだった。

 

一方で母親は、珠子の味わい深い人となりに心を惹かれ、息子は忠男の持つ心優しい側面に気づいて、自分から友だちになろうとする。

 

その後、忠男は、グループホームの空き部屋に入居するのだけれども、他の入居者との折り合いが悪いことがストレスになり、夜間にホームを抜け出してしまう。

 

パジャマ姿のまま、自販機でジュースを買って飲んでいた忠男は、塾から帰宅する隣家の息子と出会い、「遊びに行こう」と誘われる。

 

忠男が馬好きだと知っている息子は、乗馬クラブの馬房に入って小馬を連れ出し、一緒に散歩をする。

 

それは、忠男にとっても、少年にとっても、夢のように幸せな時間だったことだろう。

 

けれども、当然のことながら長くは続かず、乗馬クラブの職員に見つかって、大騒ぎになってしまう。

 

隣家の息子は忠男を連れて逃げようとしたものの、忠男がパニックになってしまったために、どうしようもなくなり、自分一人で逃げ出してしまう。

 

職員が忠男を捕まえようとしている間に、小馬は逃走し、通行中の町内会長を驚かして転倒させ、怪我をさせる。

 

結局、忠男が乗馬クラブに不法侵入して子馬を逃したことにされてしまった。

 

その結果、町内会長と乗馬クラブの女性が中心となって、大々的にグループホーム排斥運動を始め、忠男は入居したばかりのホームを退去し、珠子との二人暮らしに戻ることになるのだけれども…

 

ここから、ほんとうにささやかな奇跡が起きる。

 

隣家の父親は、たまたま目撃した乗馬クラブの騒ぎを、他人事として面白そうに家族に話して聞かせた。

 

それを聞いた息子は、罪の意識に耐えきれず、泣きながら、自分が馬を逃したと告白する。

 

とんでもないことをした息子を、この両親は、なぜか叱らなかった。

 

町内会を巻き込んだ大事件が、実は全く他人事ではなかったことを知った父親は、最初のうちは、そのまま黙秘しようとしていたけれども、葛藤の末、謝罪のために、一人で珠子の家を訪ねる。

 

待ち構えていたような様子の珠子に、半ば強引に招かれて家に上がった父親は、妻と息子が食卓を囲んでいるのを見て驚愕する。二人は先に訪問して、全てを珠子に話して謝罪したらしい。

 

腹をくくった父親は、忠男としっかり目を合わせて、名を名乗って挨拶し、ビールで乾杯する。

 

忠男が自宅に戻ったことを祝うための盛りだくさんの料理が振る舞われ、ビールで乾杯するうちに、隣家の父親はすっかり酔って、「ここにグループホームを建てよう」と言い始める。

 

翌朝には、父親は自分の言ったことを忘れてしまっていたのだけど、珠子の心の中では、何かが動いたようだった。

 

 

この映画に、もしも続きがあるとすれば…

 

珠子はグループホームの事業所と協力して、ほんとうに自宅敷地にグループホームを建てているかもしれない。

 

役所とも連携し、地域の人々との交流も行って、忠男たちの暮らしへの理解を深め、ゆるやかに共存する方向に舵を切っていくかもしれない。

 

隣家の父親は、賛助会員的な立場で、イベントなどを取り仕切ったり、協力したりするかもしれない。

 

そんな流れの中で、あの乗馬クラブの女性とも和解する機会が出来て、珠子に心の内を話すなどするうちに、熱い絆が生まれるなどして、やがてはグループホームの利用者たちが馬に触れるイベントなんかが実現したりするかもしれない。

 

ほんとうに、日本のあちこちで、そんな奇跡が起きたらいいなと思う。

 

 

(_ _).。o○

 

 

そういえば、うちの息子(25歳・重度自閉症)の通う介護施設も、わりと住宅地のど真ん中にあるのだけど、反対運動などの話は聞いたことがない。たぶん、何もなかったのだと思う。

 

大柄な息子を連れて町内を歩いていても、これまで特に人の視線が気になったことはない。

 

ふと思いついて、息子の施設をGoogle検索してみたら、いきなり息子の写真が出てきた。なんか、とってもオープンだ。

 

地域社会との信頼関係があるからこそのオープンさであると信じたい。