湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

宇宙の挨拶

地球の挨拶

 

こんにちは。

という、挨拶だけの書き出しは、なんかそっけない気がするので、もうすこし洒落た定型を模索してるのですが、そういうのが苦手だから、何も思いつきません。

 

そもそも挨拶というのは、対人関係の重層的なシステム全体を意識して発話されるものであるので、人間関係に関わるスキルが稚拙でアレルギーすらある私にとっては、超苦手なジャンルなわけで、ほんとはすっ飛ばして書き始めたいのところです。

 

でも挨拶するのは苦手だけど、挨拶されるのは大好きなので、自分がされて嬉しいことは、ほかの人にもしたいなと思うわけで、毎度いろいろ考えては、何も思いつかず「おはようございます」や「こんにちは」で終わるという……。

 

 

宇宙の挨拶

 

同じマンションに、スタートレックのミスター・スポックにそっくりなおじさんがいます。

 

その人にエレベーターなどで出会うたびに、「こんにちは」と挨拶ししいますが、なぜか十数年間、ずっと無視され続けていました。

 

 

 

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うわ、フィギュアなんてあるんだ、スポックさんの。どんな人が買うんだろ。しかもこのスポックさん、フレンドリーに挨拶してる。

 

Amazonの商品紹介って、説明用の画像貼り付けの代わりになって便利ですね)

 

で、あまりにも完璧にシカトされるので、他の人もミスター・スポックには無視されているのだろう、挨拶の存在しない言語文化の星の人なんだろうと思っていたのですが、亭主や娘たちに聞いてみると、

 

「え、スポックさん? 別に普通やで」

「こんにちはって言うと、ちゃんと返事してくれるよ」

 

というのです。

 

どうやら、シカト対応されるのは、我が家では私だけらしいと知って、地味に傷つきました。が、私の人生ではわりとよくあることなので、あまり気にしないようにしていました。

 

 

ところがある日、息子を伴って乗ったエレベーターで、そのスポック氏と一緒になったとき、ありえないような異変が起きました。

 

すでに成人していて、身長175センチ、体重90キロという、大型サイズの息子ですが、重度の知的障害を伴う自閉症であるため、会話ができません。

 

対するミスター・スポックは、息子よりさらに10センチ以上の高身長の細身で、人生で一度も笑ったことがないんじゃないかと思われるくらい、無表情で厳しいご容貌の方です。

 

 

 

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↑ほんと、こんな感じです。

ていうか、スポックさんのブロマイドなんて、売ってるんだ…。どのあたりの層に人気なんだろ。

 

 

で、その恐ろしげなスポック氏が、同じエレベーターに乗り合わせた息子を見た途端、全身で踊り上がるようなしぐさとともに、笑顔で破壊された顔をこちらに向けて、

 

「こんにちは! こんにちは!!」

 

と、とんでもなく明るい声で連呼するではありませんか。

 

一瞬、何が起きたのかわからなかった私は、息子の後ろに隠れて猛烈にたじろいでいましたが、挨拶されているらしいと気づいたので、ならば返事をしなくては失礼にあたるだろうと思い、息子のかわりに、

 

「こ…んにちは?」

 

と声をだしたのですが、スポックさんの全視線は息子の顔にだけ注がれていて、私など眼中にない様子。

 

満腔の笑みという言葉がありますが、スポックさんの口も目も、鼻の穴も、大きく開いて、宇宙の果てにすら届きそうな最高出力の笑みを発信しています。

 

にもかかわらず、余裕のシカトを決め込む息子。

 

超気まずい思いに内心身悶えする私をよそに、スポックさんの「こんにちは!」は一層の熱を帯びて繰り返され、そして息子の返答を待たずに、エレベーターを降りる時がやってきました。

 

炸裂する笑顔のまま去っていくスポックさんに黙礼し、自宅に帰った私は、一応息子に聞いてみました。

 

「ねえ、もしかして、スポックさんと知り合いだった?」

 

息子の返事はありませんでしたが、表情には、何か微妙に、よぎるものがあったような気がしました。

 

 

どう考えても、スポックさんは、息子の障害を知っていて、その上で全身全霊の好意を示してくれていました。でも、常に家族か、介助の人と同行して外出しているはずの、会話できない息子が、いつ、どこでスポックさんと知り合ったのか、見当もつきません。

 

 

確実に言えることは、私の生活圏内には、私の理解できる次元を超越するコミュニケーションのネットワークがあるらしい、ということです。

 

 

その後、ミスター・スポックは、私が一人で出会ったときにも、超小声の無表情ではあるものの(しかも顔は背けられているという…)、挨拶を返してくださるようになりました。