今日の健康観察日記
普通。
とくに痛いところもなければ、苦しい気分でもない。
すばらしいヾ(〃^∇^)ノ。
昨日、少しお腹が痛かったから、一日中無理せずに休んでいた。
それでいろいろ回復したのかも。
アスペルガー症候群と自分
私はずっと、自分は自閉症圏内ではない、と思って暮らしていた。
自分の息子がガチの自閉症だから、なおさらそう思っていた。
コミュニケーションスキルはあるし(拙いけど)、人がウソついてるのも、それとなく分かるし、言葉を額面通り受け取るようなことも、そんなにない(たまにはある)。
でも、Twitterで、次の発言を目撃して、雷に打たれたようになった。
アスペルガー人女子が定型ガールズトークに巻き込まれている最中に思うこと
— 吉濱ツトム (@yoshihama_t) July 10, 2018
・目的は?
・結論は?
・問題解決になってないよね?
・何が面白いの?
・なんで自分のこと開示しないといけないの
・すげー褒めあいだな
・マウントうざい
・笑顔の持続がきつい
・時間もったいない
・一刻も早く帰りたい
……これ、まさに若い頃の自分そのものだ。(´・ω・`)
この「ガールズトーク」は、そのまま「ママ友トーク」「PTAトーク」という形で、いまも遭遇しつづけている。
そして、心の底から、苦手である。(T_T)。
でも、数十年の時を経て、経験と学習を積んで、なんとかあたりさわりのない擬態をこしらえて、あるいは心理的光学迷彩(なんだそりゃ)を身に纏って、やりすごすことができるようになった。
と、自分では思っているけれども、もしかしたら、他の人の目には、いまも変わらず奇異に映っているのかもしれない。それはもう、確かめようがない。
世の中に順応する努力は大事だとは思う。
でも、本来の自分には合わないことに、無理やりあわせようとし続けると、確実に心身を病む。
もう十分に努力はしてきたと思う。
残りの人生は、できるだけ心地よい場で過ごしたいと願ってもいいのではないだろうか。
読書
オーウェルの「一九八四年」(Kindle版)を読み終わったので、「感想文」を54字以内にまとめてみた。
「一九八四年」は、私が読んだ翻訳本の他に何種類も出ている。
訳が違うのかどうか確認したいけれど、全部を読む根性はない。あまりにも希望のない話だから。