湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

盛りだくさんな一日

今日の出来事。

 

朝、息子を施設に送り出す。
さいきんは通園バスに乗せるのをやめて、私が車で送迎している。運転は好きではないが、バス停まで歩くほうが、今はつらい。

 

バス停までは、息子の足で片道十五分ほど。泣いてゴネられれば三十分か、それ以上。

尋常でない悲鳴を上げて泣いている息子を気にして、ご近所のお年寄りが集まってくる。

 

「ねえ、どうしたの」
「おかあさん、そんなに叱らないでねぇ」

 

などと、声がかかる。一言も叱ってなんかいないのに。

中には妙に固い表情で、後ろからこっそり、なおかつぴったり、無言で息子の顔をのぞきこみながら、ついてくる人もいる。虐待を疑われているんだろうなあと、薄々感じる。やりきれない気持ちになる。

 

息子といえども、常にパニックを起こすわけではない。ペースとしては三回外出して一回泣く、というぐらいか。でもその一回が、とにかくつらい。無意味につらいことはできるかぎり回避しよう、というのが最近の私の方針である。でなけりゃとても、長くはもたない。

 

息子を施設に送ったあと、ガソリンスタンドに寄ってからいったん家にもどり、ふたたび車で本日大安売りのスーパーへ。あまり買い物に出たくないので、一気にまとめ買いをする。ちょっと買いすぎて、駐車場につくまでに腕が肩ごと抜けるかと思った。

肩が抜けるほど買い物をする前に、ちょっと、隣接のCD屋へも寄った。輸入版のクラシックで、とてもお買い得なセットのシリーズがあった。どれも、息子に聞かせたいと思っていたものばかりだ。

 

グレン・グールドがバッハを演奏したものを大量にまとめたセット(一万円ちょっとで十数枚組)と、モーツァルトのセット(五千円ちょっとで六枚組ぐらい)と、かわるがわる手にとって熟考したあと、結局モーツァルトのセットを買うことにして、レジに行ったら、ふだんほとんど口をきかないお店の人が、にこにこしながらいろいろと話し掛けてくれた。お店の人も、グールドのセットを買おうかどうしようか、いま悩んでいるのだそうだ。


「でも、あれ、いままで買ったものと、けっこうダブってるんですよねえ」
「そうそう、それで私もちょっと迷って、今日は保留に・・・」
「うーん、でもほんと、安いですよねえ。演奏者もちゃんとした人ばっかりだし」
「うーん、グールド、私もやっぱりほしいなあ。どうしよっかなあ・・・」


どっちがお客さんかしら、と思うような会話ではある。お店の人のほうは、すでに買うことを決めているような気配があった。次に私が来るころには、もう店頭からなくなっているかもしれない。

 

念のために書いておくが、私はクラシック音楽マニアではないし、愛好しているといえるほど数を聞いているわけでも、耳があるわけでもない。「アイネ クライネ ナハトムジーク」を、何年ものあいだ「夜の音楽に私は泣いた」という意味だと思いこんでいたバカヤロウである。バッハの曲は、子供のころにいくつかの楽器で演奏したことがあるが、お話にならないほどヘタだったし、嫌いではなかったものの、あまり身に沁みて「分かる」ような気もしなかった。

 

けれども、息子の障害のことがあってから、モーツァルトやバッハの人生や音楽が、なんだか他人事ではなくなってしまった。

 

モーツァルトの能力は「サヴァン」のものではなかったかと言われる。自閉症の人のなかに、神、もしくは性能のいいコンピュータの領域に近い特異能力を発揮する人がいて、そういう人のことを、サヴァン症候群と呼ぶのではなかったかと思う。

 

(「症候群」をつけるのかどうかは記憶が定かでない。また、サヴァンの能力が自閉症者に限られるわけでもなかったと思うのだが、いまちょっと、調べ物の根性が全くないので、そのあたり、あいまいなまま書くことをお許しください)。

 

バッハは(少なくとも若い頃は)健常者だと思うけれど、ニ十人ほども生まれた彼の子供たちの半数は夭折し、生き残った子供たちの中には、明確な知的障害者が一名いた。

 

障害のあるその子は、ときおり楽器を演奏して、たいへんな才能のひらめきを見せたという。その才能が、後年なんらかの形で花開いたのか、それともひらめきだけで終ったのかについては、バッハの奥さんの書いた伝記の中では明らかになっていない。とまあ、ぐちゃぐちゃ書いたが、そんなわけで、長年クラシック音楽に縁のなかった私が、せっせとCDを買い始めているのであった。

 

買い物を終えて家に帰ると昼だった。夫が作ってくれたランチを、長女さん(4歳)と三人で食べて、あまりにもだるいので二十分ほど昼寝すると、息子のお迎えの時間になった。

 

息子用の飲み物と、氷をつつんだ濡れタオルをマザーズバッグにつめこんで、再び車で施設へ。途中、局部的な渋滞にまきこまれ、施設についたときには、息子以外の子供たちはみんな帰ったあとだった。息子は教室の窓際にたたずんで、すねていた。

 

すねた息子を、施設の庭で遊ばせて機嫌を回復させたあと、言語療法士に面会するために、車で一時間ほどかかる病院へと向かった。

 

息子は、月に一度のペースで、療法士さんに会っている。もちろん有料だが、障害児の医療補助が使えるのでとても安い。面会は一時間。息子は思いっきり遊んでもらい、私も生活上のワンポイント・アドバイスを頂戴する。療法士さんは、子供と遊ぶのがとても上手な人である。遊びながら、うまく言葉を引き出していく。擬音語をほとんど使ったことのない息子が、ボールをバウンドさせながら、「てってってっ」と言っていた。

 

療法士さんに、息子の使える言葉が、動詞の要求表現に限られることについて相談した。息子は、お菓子を棚から取ってほしいとき、「とって」と言う。オモチャが欲しいときも「とって」という。ビスケットの袋を開けてほしいときは「あけて」、抱っこされたいときは「だいて」である。いちおう、言葉の意味は正しく把握しているようだけれど、「おかし、とって」「これ、あけて」のように、二語文の形を取ることはない。

いくら教えても、「とって」は「とって」のまま、進化する気配がない。つまり構文が発達しないのである。それはまた、目的語や主語に相当する名詞を、動詞に補えないということでもある。息子の頭には、名詞の辞書が出来ていない。

 

療法士さんは、たぶん今の息子には、物と名前を直接結び付けて記憶・発話するということは、まだ出来ないのだろう、と言った。それよりもむしろ、「自分のしたいこと、ほしいものの存在を人に訴える」という、一まとまりの状況に対して、要求表現としての動詞を当てはめていくほうがラクなのだろうから、単に名詞を教え込もうとするよりも、息子自身の要求に結びついた場面を探し出して、それに即した表現を与えていくほうが、言葉は入りやすいのではないか、という御意見で、私もだいたい納得した。

 

いろいろ終って家に帰り着いたのは、午後六時前だった。

 

本日の走行距離は、約30キロメートル。それっぽっち走っただけで、高速使って中距離旅行してきたように、くたびれている。やはり私は運転には向いていない。

 

帰ってから、さっそくモーツァルトをかけてみた。息子は、スピーカーのすぐそばに座って、しずかに聞いていた。クラシック音楽の苦手な長女さんも、

 

「つまらなおもしろい」

 

とかいって、まんざらでもなさそうに聞いているので、一緒に踊って(めちゃくちゃに飛び跳ねて)やったら大喜びしていた。

 

腰痛持ちには、ちょっとキツい一日だった。
晩ごはんも夫に作ってもらった。

 

 

(2001年6月20日)

※過去日記を転載しています。