どう考えても、精神状態、イマイチである。
ぴりぴりしている。境遇や考えの違うひとと話すことが耐え難く思える。
何もかもおんなじ人なんて、どこにもいるわけないのに。
しばらく前のこと、息子を連れて外を歩いていたら、後ろからきた知らないおばさんたちに追いつかれた。
息子はそのとき歩きたくなくて大泣きしていて、私は肩が抜けそうな思いをしながら、息子の手を引いて歩かせていた。
パニックを起こしているときの、息子の泣き方は、尋常な子供の声とはだいぶ違う。 魂もからだも引きちぎるような声で泣くから、ものすごく人目を引く。みんなびっくりしてしまうのだ。
このとき後ろからきたおばさんたちも、ちょっとびっくりしたようだった。
あ、びっくりされてるな、と感じた私は、ちょっと身構えた。なんか言われそうだな、と思った。
通りすがりの他人にひどいことを言われるのは、いつまでたっても慣れないものだ。
案の定、おばさんたちは、息子に向かって、口々に声をかけた。
「ほら、ぼうや。そんなに騒いで歩いてると、わんちゃんに笑われちゃうわよ。見てごらんなさい。わんちゃん、 こんなに上手に歩いてるでしょ」
笑いながら私たちを追い越していくおばさんたちの足元には、たしかに繋がれた犬が行儀よく従って歩いていた。 灰色がかったデカい犬は、後ろから不意に声をかけられたことで余計に興奮して泣く息子に見向きもせず、真面目に歩み去っていった。
おばさんたちは、追い越したあとも振り返ったままで、「わんちゃんに笑われるわよ」を繰り返した。
善意のつもり、だったのだろうか。
そうかもしれない。
びっくりした善意のひとは、とりあえず手近な、あたりさわりのなさそうな小道具を取り出して、 場を和やかにしようと努めるものだ。でもびっくりしているから、あたりさわりのないレベルを超えて妙にねばねばとしつこくなるし、ついうっかり、見せなくてもいい本音のボロを出したりもする。
ねばねばとした、高みからの蔑みの視線。
おばさんたちのまとわりつくような連呼に、息子は少しも和まなかった。
私の感情は繰り返される「笑われるわよ」に、プチっときた。
連れてる犬が「健常者」だからって、来る日も来る日もパニックと闘いながら汗だくで道を歩いている、息子と私の何がおかしい?
「うるせんだよ、ババア」
やってしまった。
炎天下の歩道が、さーっと寒くなった気がした。
汗だくの時にはおトクな精神効果といえよう。
おばさんたちは、なんだか急にだまって、さっさと先に言ってしまった。
ま、いっか・・・・。
と、このときは思ったが、息子と私は、それから何度も、このおばさんたちと行儀のよい犬に会うハメに陥るのである。どうやら彼らの散歩の時間と、私たちの歩く予定が、うまく一致しているらしい。
夏なのに、日差しの気まずく寒い今日この頃であった。
やっぱ、ダメだな、いつまでたっても大人げのない人間は・・・・。
(2001年6月某日)
※過去日記を転載しています。