横光利一。
一文に収まらないけど、一文だけだと分かりにくいから、いいことにする。
子供たちも子供たちだ。
日本人もイギリス人もフランス人も、三つの言葉が互に通じないにも関わらず、それぞれ勝手に何事か饒舌って、朝から一緒に遊んでいる。
見ていると、まごまごすることなんか、一度もない。うまい具合に喧嘩もせずして遊ぶものだ。
子供の世界にあんな自然な機構が存在しているものなら、いつの日か戦争のないときが来るのかもしれぬ。
「欧洲紀行」
横光利一のヨーロッパ行きは1936年のことだったという。
同じ船には高浜虚子父娘も乗っていて、船上で句会も頻繁に行われていたようだ。
第二次世界大戦後、横光利一は愛国的な言動や戦争協力を批判されて、「文壇の戦犯」として多くの作家と一緒に名を晒されることになる。
でも横光利一は、基本的に自由主義者であって、ヨーロッパで書いた記事で、右翼も左翼も紙一重であり、大部分は利益によって動いていると言っていたという(Wikipediaによる)。
上に引用した文を読んでも、「戦犯」に至るようなイデオロギーの毒が感じられない。
横光利一は終戦後の1947年に、49歳で病死している。いまの時代なら死ぬことなどないような、胃潰瘍の悪化が死因だったという。
あと三十年長く生きて、自作が教科書に載る時代を見たなら、どう思っただろう。
(_ _).。o○
横光利一というと、中学か高校の国語の教科書で「蠅」という短編を読んだのが強烈な印象を残しているばかりで、この年になるまで「蠅」以外の作品をあまり知らなかった。
作品が青空文庫でいくつも公開されているのに気づいたので、片っ端から読んでみている。そのなかでも、この「欧洲紀行」はとりわけ面白い。
発表当時はあまり人気がなかったそうだけど、目新しい異国情緒を期待していた当時の読者には、価値が分かりにくかったのかもしれない。