ゴキブリは畳を進む彼ら尚こころざす地を持てる羨(とも)しさ 岡井隆
(樋口覚「短歌博物誌」文春新書)
あの虫の行軍に遭遇して「羨し」と感じる人の境涯に戦慄する。いったい何があったのか。
あれが羨ましい、あれになりたいというのは、相当に追い込まれていたとしても、たいていの人にとってはなかなか到達し得ない境地だと思う。
例えば大火災の高層ビルの最上階にいて、もう逃げ場もないとなったなら、羽のあるあの昆虫にでもなって窓の外に解放されたいと思うこともあるかもしれない。他に選択肢がなければだけど。
とはいうものの、あれになんとなく心を寄せたことはある。
食べ物の乏しい部屋でふらふらと歩んでいたから、退治する気にならず、そっと見送った一匹がいた。
あの様子では余命いくばくもないだろうと思ったからだけど、あの虫のことだから、ちゃっかり子孫を残したかもしれない。
触覚のゆらゆら具合に絆されて楕円の憂鬱叩き潰せず
ねこんでるねこたま