現代俳句の世界 「石田波郷集」 朝日文庫
心のどこかに、病気を詠うのはズルいと感じる部分がある。
けれど、自分が健康からほんの少しばかり遠ざかっているときには、その歪んだ健康の狭間からあたりの景色を見ることに対して、熱っぽい興味を持ってしまうことがある。
空の色も風,のにおいも、家の中にさし込む光さえ、少しずつ違って見える。
目に見えるものが、どこか妙になまめかしく立ち上がるように迫ってくることもある。不思議だと思う。
鮮烈なるダリアを挿せり手術以後
林檎紅し妻は帰りて居ぬままに
文庫の句集は、一頁に句がぎゅうぎゅうにつまっていて、鑑賞するものを息苦しくさせる。
こうした病中句がぎっしりと並んだ頁であれば、全部を読みきるのがなおさら辛く、うっとうしい印象さえある。
それを一つ一つ切り放し、一句だけを白い紙の上に載せるようにして味わいなおしてみると、静かな病,室の中で熱のある視線を投げかけている俳人の姿が、ようやく感じられてくる。
(1996年2月1日)