湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

本日の健康報告

 

現在のステータス。

 

【身体はぐったり、頭は元気】

 

 

昨夜も、かなりよく眠れた。

夜11時台に寝入って、目が覚めたのが、朝7時すぎ。

 

やっぱり、しっかりした睡眠が取れていると、鬱っぽい感覚はなりを潜める。

 

 

ただ、気持ちは元気でも、身体がさっぱりついていかない。びっくりするほど、体力が落ちている。

 

強いうつ状態が続いていると、食欲は消えるし、どうしても寝込んで過ごす時間が長くなるから、いろいろ弱ってしまったのかも。

 

 

こんなときに、元気な気持ちのままに動き回ると、たいてい途中でがっくり落ちてしまうので、無理しないように気をつけることにする。

 

 

すこーしづつ、ウォーキングの時間を取るようにしようか。

 

 

毎日ここに自分の健康記録を書いていて、思い出したことがある。

 

 

子供たち三人が小学校のころ、クラスの保健係が、毎朝健康調べをして、健康観察の記録ボードを保健室に届けるというお仕事があった。

 

真ん中の息子は横綱級の自閉っ子(正確には、自閉傾向を伴う重度広汎性発達障害)だけど、特別支援学級で保健係になったときには、廊下をトコトコ一人で歩いて、ボード保健室に運んでいたらしい。一人で行けるようになるまで、何度も練習したとも。

 

先生からよく話には聞いていたけど、一度も見ることがなかったのが、今にして思うと残念だ。

 

小学生の頃の息子は、親バカのひいき目を割り引いても、ほんとに可愛らしかった。

 

今や体重90キロ超、高身長の巨漢の青年である。

甘えてのしかかられると、骨折がやばい(;_;)。

 

 

元気になったら、一緒にウォーキングしたいな。

 

 

 

 

今日の体調記録

 

現在のステータス。

 

 

【むくんでる。痛い】

 

 

なんかこう、血液とかリンパとかの流れが、とっても悪い感じ。鬱血してる。

 

たぶん、寝すぎたのだと思う。

昨晩10時過ぎくらいに寝入って、朝目が覚めたのが9時すぎ。中途覚醒なしに、11時間も寝てる。

 

 

そのせいかどうかわからないけど、抑鬱感は、比較的軽い。本が読める。文章を書くのも、そんなにつらくない。

 

しっかり眠ることが、どんな抗うつ剤よりも効くって、精神科の初診のときに、医師に言われたけど、事実だと思う。今週の不調日は、だいたい、睡眠の崩れと連動してたもの。

 

 

でも、いくら休みだからって、寝すぎるのもよろしくない。痛みが出るほど浮腫がひどくなったのは、ひさしぶり。マッサージと体操、ちょっと頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画「タイピスト」を見た

Amazonプライムビデオで見つけた作品。

 

 

タイピスト! [DVD]

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フランス映画を見るのは、ものすごく久しぶり。

字幕スーパー版だったので、フランス語の響きを嫌でもたっぷり堪能できる(大学で選んだ第二外国語がフランス語だったけど、もちろん、木っ端微塵に忘れ果てた)。

 

 

タイピストが女性の職業として輝いていた、1950年代の欧米が舞台。

 

フランスの田舎娘のヒロインは、親が経営する、よろず屋的な店で働いていたけれど、父親の勧める男と結婚するのがどうしても嫌で、街の保険会社の求人に応募して採用され、秘書として働くことになる。

 

ところが彼女には事務能力が全くなかった。

今でいうところの、片付けられないタイプの女性でもあるらしい(私と同類だ)。

 

そのため、クビになりかけるのだけど、保険会社の社長は、ヒロインに、稀有な才能があることを見抜いていた。彼女は、我流の一本指打法で、とんでもなく素早くタイピングができるのだった。

 

この時代には、タイピストの早打ちコンテストなるものが存在していて、華々しい世界大会まで行われていた、らしい(知らなかった)。

 

社長はヒロインに、クビにしない条件として、コンテストで優勝することを課し、そのためのトレーニングに協力すると提案。

 

横暴な社長の言い分に、ヒロインは怒ったけれども、クビになれば親のいいなりに結婚させられる人生を歩むしかない。

 

偉そうな社長と、跳ねっ返りのヒロインは、お互いに反発しあいながらも、二人三脚でのスポ根みたいに過酷なトレーニングを開始。大量のタイピング練習のみならず、読書による教養の習得、姿勢の矯正、果てはランニングまで、社長はこの上なく親身に世話を焼き、ヒロインも努力で答えていく。

 

適切なトレーニングによって、もともとの才能が見事に開花し、ヒロインは地区大会とフランス大会で、見事優勝を果たす。

 

その過程で次第に心が通じ合い、フランス大会前夜に、二人の間には明確な恋愛感情が生まれていたはずだった。

 

けれども、表彰台で喜びにかがやくヒロインの微笑みを見て、社長はヒロインから身を引くことを決意。

 

強気でゴーマンな社長は、第二次世界大戦で多くの友を失い、己の無力に絶望した過去のために、自分は女性の愛を得るのにふさわしくないと信じていた。ヒロインの優勝のために献身的にサポートを続けて来たけど、実力で輝かしい名声と未来を手に入れた彼女には、もう自分は必要がないと判断したのだ。

 

社長と別れたヒロインは、深く傷つきながらも、タイプライター会社の経営者をパトロンとして、イメージガールとしてCMやイベントに出演し、全仏の女性たちの憧れになっていく。

 

その成功を孤独に見守りつつ、荒んだ生活を送っていた社長は、やがて、自分の中にある弱さを認め、ヒロインを深く思う気持ちを素直に自覚するに至る。

 

 

世界大会の決勝で、世界最強のアメリカ人選手の悪口攻撃でポイントを落としたヒロインは、会場に駆けつけた社長と出会い、その深い愛が自分に向けられていることを確信して、奇跡のような記録を叩き出し、優勝を果たす。

 

愛が勝つ、ハッピーエンドだと言える。

 

 

それはそれとして、女性が社会で自己実現を志すことや、男性と対等の関係になることが、とてつもなく難しかった時代があったのだということを、深く考えさせられる映画だった。

 

タイピストは女性ばかり。

しかもコンテストに出場する彼女たちは、ミスコンかパーティにでも出るような、美しく洗練されたドレスを身につけなくてはならない。

 

 

タイピングという、会社での補佐的な仕事の能力と、 男性を魅了する女性的な美しさを兼備することによって、愛と栄誉と富と名声を得られるという構図は、やっぱり息苦しいものがある。

 

でも、そこを突っ込んでも仕方がない。

そういう時代は、たしかにあったわけだから。

 

この映画では、そういう時代に生きる男性の苦しさにも触れている。横暴な社長は、ヒロイン同様に家父長的な家の束縛のなかにあり、実の父親には力を認めてもらえずにいる。その社長の父親を、酔ったヒロインが思いっきり面罵するシーンもあった。

 

 

話は飛んで…

 

あの、アームに乗った活字が飛んで紙に文字を打つタイプライターが、とても懐かしかった。

 

私の世代(1960年代生まれ)でも、あの種類のタイプライターを実際に使ったことのある人は、おそらくほとんどいないと思う。

 

 私は大学時代、かなタイプを必死で練習したことがある。毎日二時間、空き教室に、先輩から借りた、重たいタイプライターを持ち込んで、ひたすらブラインドタッチの練習をした。

 

なんのためにそんなことをしたかというと…

 

卒論の資料作成のために、用例カードを大量に作らなくてはならなかったのだけど(一枚のカードに100文字ほど書き取ったものを、数千枚)、手書きが面倒くさすぎたので、機械に頼ろうと思ったのである。

 

あ、ちなみに、ポータブルのワープロが、学生の入手可能な値段になる前夜というあたりの時代。

 

 

面倒を回避するために、毎日下手くそなタイプの練習をするのを見た人に、

 

「手で書いた方がはやくない?」

 

と、散々言われた。

 

ひらがなしか打てないタイプライターだから、用例カードも全部ひらがなになる。それは、とても読みにくかった(⌒-⌒; )。

 

でも、二ヶ月ほどの特訓で、曲がりなりにもブラインドタッチができるようになり、その後、ワープロ(液晶画面に20字ほどしか表示されず、インクリボンで印字するタイプ。もちろん漢字も打てる)に乗り換えたことで、作業は手書きの数倍も楽になった。

 

まだフロッピーデスクではなく、カセットテープに文書を保存していた頃のワープロだ。シャープの「書院」、だったかな。

 

 

 

映画を見ながら、そんな懐かしい過去を、ひさびさに思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の体調、その他

この二日ほど、どうも頑張りすぎたっぽい。

 

現在の、うつ病的ステータス。

 

 

【岩の中にいる】

 

 

ガッチガチに、身体が固まってる感じ。

 

 

昨日の絵画教室。

今日のカウンセリング外来。

 

二日連続で外出したのが、予想外にキツかったらしい。

 

 

病院から帰って、昼食をとったら、そのまま動けなくなり、苦しいので横になっているうちに、いつのまにか寝てた。

 

悪夢をたっぷり見て、目が覚めたら、外はもう暗い。脱水したのか何なのか、寝る前よりもさらに具合が悪くなっていた。

 

 

なんとか起き出して、水分とって、一息ついたところで、岩の中から少し抜けられたので、これを書いている。

 

 

ダメだなあ。

 

なんて思うのがダメなんだろうけど。

 

 

 

無理しないように、自分に言い聞かせる。

 

 

でも、鬱って、分かりにくいのよね。。。

外からも、どのぐらい悪いのか、分かりにくいから、何か期待されると、頑張って動こうとしてしまう。

 

 

いっそのこと、鬱の程度に比例した大きさの穴でも額にあけばいいのに。前頭葉丸見えな感じで。

 

 

「頭の鬱穴の開口部が直径五センチ超えて、危険だから自宅安静するように」

 

 

わかりやすくていいと思う。

 

 

 

 

 

「森のくまさん」の合いの手の変遷・・・

童謡「森のくまさん」に、合いの手を入れる替え歌というのは、たぶん全国的に存在してると思うのだが・・・

 


森のくまさん 童謡 カラオケ ☆赤ちゃん喜ぶ☆

 

 

うちの娘たちの学校ではやっていたのは、私の想像を超えていた。

 

まず長女の時代のもの。

(推定、2006年頃に流布していたと思われる)

 

 

あるー貧血

森のな浣腸

くまさんニンニク

であっタンコブ

花咲くもーりーのーみーちんちんぶらぶらそーせーじ

くまさーんにーでーあーっタンコブ

 

 

……なにそのソーセージって。

 

などと愕然としていた頃がなつかしい。

 

末っ子の小学校時代のやつは、こんなものではなかった。

(推定、2015年ごろに発生)

 

 

あるー貧血

森のな浣腸

くまさんニンニク

であっタンコブ (ここまではだいたい同じ)

 

花さく もっこりちんちんぶらぶらそーせーヂンポコどっこいしょ

 

くまさーんにーでーあーっタンコブ

 

 

さすが現代っ子というべきなのか。

 

そこまで作り込む根性は何なのかと、問いたいというか。。。

 

 

これらに比べたら、私が子どものころにはやってた、この手の替え歌は、ほんっとにおとなしかった。

 

よく覚えてるのは、これ。

ブルーコメッツの「ブルー・シャトー」。

 


ブルー・シャトー ジャッキー吉川とブルーコメッツ

 

 

森とんかつ

泉ニンニク

かーコンニャク

まれテンプラ

しずかニンジン

ねむールンペン

ぶーるーぶるしゃとー

 

 

「ルンペン」なんて、いま、死語じゃないかな。(^_^;)

 

子どものころ、意味も分からずに歌ってたけど、いま調べたら、ドイツ語由来で、マルクスが使ったのが広まったらしい。

 

gogen-allguide.com

 

 

まあこれはこれで、当時の子どもの歌としては、大人が顔をしかめるようなモノだったんだろうけど、

 

「もっこりちんちんぶらぶらそーせーヂンポコどっこいしょ」

 

とは、比べものにならないほどおとなしい。(~_~;)

 

 

・・・というブログ記事を書きたくて、朝の六時から、末っ子にたのんで、何度も歌ってもらったり、覚えられなくて、サビのとこをメモってもらったりしていたら、

 


「朝っぱらから女の子に何書かすんだ!」

 

 

と、しかられた。(^_^;)