湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

破壊神とか人間失格とか

 

体調不良で沈没していた。

読んだり書いたりすると疲れてしまうタイプの不調だったので、読み書きせずに、必要な家事以外はできる限り何もせず、ネットも極力見ずに休養していた。


( _ _ ).。o○


とはいうものの、ドラクエビルダーズ2は欠かさずプレイして、ストーリーモードのエンディングに到達。主人公とシドーの友情の深さに年甲斐もなく涙した。


いやほんとに、終盤、あからさまなハーゴンの陰謀によって、二人が決別してしまったときは、ゲームなのにストレスきつくて、早くハーゴンやっつけて世界平和を取り戻したい、というよりシドーを取り戻したい一心で、先を急いでしまった。

シドーがいない、ひとりぼっちのアイテム集めやものつくりの、味気なさといったらなかったのだ。


この作品の土台になっている「ドラクエⅡ 悪霊の神々」をプレイしたのは、30年以上も前になる。

ムーンブルクの王女が犬だったこととか、ラストダンジョンがやけにキツかったこととか、世界の敵であるハーゴンが超面倒くさい奴だったこととかは覚えていたけど、肝心の破壊神シドーの記憶が消えていた。ラスボスなのに、とてつもなく印象が薄かったのだ。


薄いはずだ。
善でも悪でもない、そもそも自我がないキャラだったのだから。


その破壊神が、復活した直後に主人公と出会い、孵化したばかりのアヒルのヒナみたいに主人公の後をついて回るうちに、さまざまな出会いや出来事を通して、心ある存在へと成長していくというのが、ビルダーズ2のストーリーだ。

ハーゴンとシドーの最後の会話がよかった。

世界を滅ぼすために、邪悪の限りを尽してきたハーゴンに向かって、「おまえ、ほんとは何がしたかったんだ」と問いかけるシドーには、ねじまがったハーゴンの心の奥底にある、無垢の望みが見えていたのかもしれない。


夢中になってゲームをやっている間、無理に動かなかったので、体調はじわじわ回復。

 

 

( _ _ ).。o○

 

で、ちょっと元気出てきたので、久々にTwitterのトレンドを眺めてみたら、並んでるトレンドワードが……

 

税金泥棒

首相激怒

人工地震

人間失格

 

世の中をそっと閉じたくなる。(´・ω・`)

 

この並びで「人間失格」が出てくるのが面白いけど解せなかったので調べてみたら、小栗旬主演の実写映画が出るらしい。

 

 

 

www.youtube.com

 

 

あれ?

人間失格」って、アニメにもなるんじゃなかったっけ。SFの。

 

 

www.youtube.com

 

 

実写版のほうが、元気そうだ。

 

両方みたいけど、映像作品は、まだちょっとキツい。

 

読書から再開しようか。

 

 

 

 

 

 

 

お天気が不穏、ネット詐欺も不穏

 

頭痛とめまいが治まったら、こんどはお腹の調子がイマイチ。

明日は外出の予定があるから、今日のうちに回復せねば。


( _ _ ).。o○

 

 
レジ前に「PayPay」での支払いができるというような表示を、よく見かけるようになった。

 

とくに興味を覚えなかったので、ペイペイ詐欺検挙の記事を読むまで、それがスマホ決済アプリだとも知らなかった。

 

 

www.asahi.com

 

 

www.nikkei.com

 


携帯電話番号やカード情報を盗み出すだけでなく、携帯での本人認証をすり抜けられるのだとしたら、もうなんでもアリな気がしてくる。この被害者のかたも、ペイペイのアカウントを勝手に作られたという。


「携帯とカードを持たない」以外に、この手の被害を完全回避する方法を思いつかないのだけど…。


ネット不信にどんどん拍車がかかりそうだ。(´・ω・`)

 

 

とはいえ、ネットはもう生活の一部。

水道や電気に近い存在でもある。

安全対策を意識しながら暮らしていかなくてはならないのは、現実生活も一緒ではある。

 

( _ _ ).。o○

 

アレクサと人生の物語をツイートしている方がいた。

泣けた。

 

 

 

 

 

アレクサ、とっても欲しかったのだ。

メールのハッキング疑惑が起きた、去年の大晦日までは。

 

その後、Amazonプライムも解約しちゃったし、ネットショッピング自体、ほとんどやらない、頑固なお年寄りになった。アレクサには、当分会えそうにもない。

 

 

 

 

 

 

 

熱中症とかアッシリアとか


暑い。

家のなかでじわじわと脱水している。

水分補給を怠らないようにと心がけているけれども、喉が渇いたと気づく前に、なんだか気持ち悪くなっている。気をつけないと。

 

・・・


しばらく前から、旧約聖書の拾い読みをしている。

イスラエルの古代史について知識がなかったころは、語られている内容がさっぱり頭にはいらなかった。

 

いまも知識は乏しいけれど、アッシリアやエジプトとの関係、バビロン捕囚など、大雑把な流れを意識しながら読んでいくと、強烈な言葉のつづく預言書の行間に、僅かながら見えてくるものもある。

 

あなたがたは悪を耕し、不義を刈りおさめ、偽りの実を食べた。これはあなたがたが自分の戦車を頼み、勇士の多いことを頼んだためである。

それゆえ、あなたがたの民の中にいくさの騒ぎが起り、シャルマンが戦いの日にベテ・アルベルを打ち破ったように、あなたがたの城はことごとく打ち破られる。母らはその子らと共に打ち砕かれた。


(旧約聖書 ホセア書 10章 13-14節)

 

 

ホセアは、イスラエル王国ユダ王国の末期のころに活躍した予言者であるという(ホセア書の冒頭にそう書いてある)。

 

どんな人柄の人だったのかはよく分からないけど、主の言葉に従って、とんでもない淫乱女性を妻に迎え、その妻が不倫しまくって家出した(娼婦になった?)あとにも、また主の仰せによって妻を買い戻し、元のさやにもどったという、大変な人生を送った人であるらしい。

 

当時、エジプト、バビロニアアッシリアという大勢力に取り囲まれていたユダヤの人々が、身を守るために強国に隷属し、宗教的にも支配されつつあったのは、無理のないことと思える。当時の王たちは、さぞ大変だったことだろうけれども、神さま的な視点では、そうしたありかたは、淫婦同然ということになるのだろう。

 

けれども、だからといって、「わたしは滅ぼすために臨むことをしない」と、神さまは預言者を通して伝えてくる。ホセアが不倫妻を許して迎えたように、神さまも自分の民を許すのだという。

 

預言者と言われる人々によって伝えられる神の言葉は、時として辛辣を極めるけれども、国が、同胞が、滅びるかもしれないという状況のなかで、なんとしても失政が行われないようにという、命がけの思いがあったからかもしれない。

 


・・・・


あまり関係ないけど、3400年くらい前のシュメール語の楽譜を演奏したという動画を見た。



 


The Oldest Song in the World

 

 

gigazine.net

 


リズムまでは再現できない(想像で作られている)ということだけれども、もっとゆっくりと男性の声で歌ったら、グレゴリオ聖歌風になりそうにも思える。

 

(という一文を書こうとして「グレゴリオ聖歌」をド忘れして思い出せず、数分煩悶した……脳細胞減ってるなあ。orz)

 

ちなみにうちの息子(自閉症)、乳児のころから、なぜかグレゴリオ聖歌が大好きだった。

 

 

 

重度障害児と、バッハ

 

Twitterか何かを眺めていたら、どなたかのリツイートだと思うのだが、2016年の記事が表示された。

 

「障害児産んだら人生終わったから」匿名ブログに反響の声多数!
https://news.nicovideo.jp/watch/nw2080587

news.nicovideo.jp

 

 

気になったので、元の匿名ブログを読みにいってみた。

 

そしたら、ブログには続きがあって、「人生終わった」のではなくて、まさに人生が始まった感じの展開となっていた。

 

 

anond.hatelabo.jp


追記から少し引用。

 

凄い数のブクマついてて驚いた。

いろんな人が興味を持ってくれているようでありがたく思う。

医療ケアのある重度障害児育てていると、困ったことがあってもデモとかで訴える余裕もないし(そもそも物理的にあんまり外出できないし)、

どうしたって自分たちが少数派だからと、伝えることを諦めがちになっていた。

だからこういう形で吐き出した悩みに、多くの人が意見を寄せたり拡散をしてくれたっていうのは、本当にありがたい。

今、恋をしたり、結婚式をあげたり、妊娠を喜んでいるカップルや夫婦が

いつか重症児の親になってしまった時、もう少し絶望しないですむよう社会が変わっていくといいな。

 

 


子どもが難病児、あるいは重度障害児と分かった時点で、親にかかってくる負担や制約が、どれほどのものであるか、分かった上で出産する人など、たぶんほとんどいないだろう。


うちは年子でそのダブルを経験した上で、三人目を出産している。おそらく、「分かった上で出産した」、数少ない事例だろう。


末っ子ができたと分かったとき、上の二人をとりあげてくださった主治医に、厳しい顔て確認された。


「あなたの年齢だと、ダウン症が生まれる確率はだいぶ高くなります(数十人に一人という割合を示された)。どうします?」


即答した。


「産みます。もうたいがいのことでは驚きませんし、どんな子が生まれても、育てられますから」

「ん! よく言った! がんばろう!」


深い笑みをうかべて頷いてくれた主治医の顔は、たぶん一生忘れない。


ただ、これは決して美談ではない。


私が即答できたのは、夫が全面的に家事育児を手つだってくれる人であり、経済的にもまだ余裕があったからである。そうでなければ、上の二人だけで、とっくにパンクしていただろう。


それに、上の二人を育てた経験がなければ、やはり、迷っただろうとも思う。


息子の通っていた特別支援学級で、ダウン症や、それ以外の障害のある子ども達と、たくさん出会ってきている。

 

また長女が長期入院していた小児病院では、肢体不自由の子どもたちと同室になることもあった。


だから、その育児の大変さも、他に代えがたい喜びも、身近に見聞きして知っていたのだ。

 

さいきんまた、政治家のどなたかが、「最低三人産んでほしい」云々と発言してしまって炎上していたようだ。


そういう発言を、いちいち叩くつもりはない。


ただ、世の中で、頭数やお金のことばかり意識されて、子どもたちが皆命がけで生まれてくることや、親も人生かけて子どもを育てるのであるということが、実感としてわかりにくくなっているのだとしたら、怖いことだと思う。

 

 

・・・・・

 


子だくさん関連で、作曲家のバッハの二番目の妻の手記のことを思い出した。

 

バッハの思い出 (講談社学術文庫)

M・アンナ・バッハ

 

 

バッハの思い出 (講談社学術文庫)

バッハの思い出 (講談社学術文庫)

 

 

 


バッハは生涯に2度結婚し、十一男九女の20人の子供をもうけたが、10人は夭逝し、成長したのは男子六人と女子四人の10人に過ぎなかった。

(ウィキの記事より)


もう十数年も前に読んだ本だから、細かなことは忘れたけれど、この手記のなかには、現代なら自閉症と診断されそうな息子についての思い出も書かれていたはずだ。

 

その子のその後の人生は、どんなだっただろう。

 

ちなみにうちの息子はバッハの「マタイ受難曲」を聞くと、パニックが収まる。

 

 

 

 

 

 

(_ _).。o○

 

昨日は、なぜかお腹が痛かった。

いろんな予定の変更、調整があって、ストレスがかかったせいかもしれない。

 

 

(_ _).。o○

 

視力の衰えが結構深刻なので、車の運転のやめ時を本気で考えている。というのを、前にも書いたような気もするけど、思い出せないからまた書く。長くてあと三年か。

 

問題は、重い障害のある息子と出かけるときの移動方法なのだ。現状、通院などは、私の運転で出かける以外に方法がない。福祉タクシーは、車椅子やストレッチャーに乗っているような方を想定したものがほとんどで、重度の知的障害者が利用するという事例があるのかどうか、タクシー会社のホームページを見ているだけでは分からない。たぶん、ほとんどそういう事例はないだろう。そして、事前に予約が必要でもある。緊急にお願いしても、難しいこともあるだろう。

 

一般のタクシーは……

正直、使いたくない。

息子の小さい頃、理解のない運転手さんに何度か当たって、いろいろ心ないことを言われたり、最悪の時には説明するまもなく怒鳴られたということがあったから。そんな人ばかりではないとわかっていても、いちばんキツイ時期に受けた仕打ちは、なかなか忘れられないものだ。一時期はタクシーを見るのも嫌なほどだった。

 

 

でも、どうしようもないとなれば、タクシー会社に相談するしかないだろう。

 

 

なんてとこを、えんえんと考えるから、お腹が痛くなるんだろう、たぶん。

 

 

なるようになる。

怒鳴られたら……笑ってここで報告しよう。

 

 

 

(_ _).。o○

 

 

節約のためにAmazonの読み放題をやめたので(でもあれ、月額数百円で、毎月数万円分も読んでた気がする…)、無料漫画や小説の読めるアプリでいろいろ読んでいる。

 

ピッコマ、というサービスで連載されている、「外科医エリーゼ」という漫画が妙に面白いというか、私のツボだったので、1日に1話だけという縛りがキツくて、Kindle版で出ているなら買おうかしらなどと思ったのに、なんと未出版、ピッコマだけの連載だった。しかも原作小説は韓国語らしい。読めない(;_;)。

 

そんなわけで、ピッコマに、課金しそうになっているけど、たったいま、車の定期点検でバッテリー交換を宣告されたので、やっぱり我慢する。

 

 

(;_;)

 

 

 

 

(_ _).。o○

 

 

週末は、書き物の時間がなかなか取れない。

書きかけ、あるいは志向の途中で中断させられると、ストレスがひどい。それが嫌だから、中断しそうなときなには書き始めない。となると、家族がそろう休日は無理ということになる。

 

以前はここまで中断がつらくはなかった。

 

ただ、例えば食事中に集金や配達が来て離席すると、胃が気持ち悪くなったり、痛くなったり、食欲が消えるというようなことは、5年くらい前からあった気がする。そのずっと前から、食事をしながらテレビを見るのは苦手だった。

 

歳をとるにつれて、頭が不器用になってきているのか。

 

本を数冊まとめて読みながら調べ物しながら絵を描く、みたいなマルチタスクは平気で行けるのに。へんなの。

 

 

 

ことばと、息子

 

 人は本来、動いていたい動物ではないかと考えています。いろいろなものを見て聞いて思考し、進化しようとするのです。

 

東田直樹 「跳びはねる思考」 角川文庫

 

東田さんの言葉には、世の中の過剰な情報やよくわからない圧力に晒されつづけて疲弊して、いつのまにか滞ってしまっている思考を、そっと動かしてくれるような作用があると私は思う。

 

 


「自閉症のうた」出版記念講演会・質疑応答編 その1

 

 

ふるまいの様子だけを見ていると、うちの息子とかわらないほど重度に見える東田さんの、発語の姿は、何度見ても心が震える。

 

文字盤と、横に座っておられるお母様を支えとして、しぼりだすように語られる言葉は、私にとっては奇跡そのものである。

 

脳内にある種の障害を持っている人にとって、ことばは、話したり書いたりしようとする瞬間に、消え去って分からなくなってしまうものであるという。

 

息子も、単語、とくに「もののなまえ」としての名詞を覚えることが、ほんとうに難しかった。「りんご」が大好物なのに、何年もかけて、当時考えられる限りの方法を使って、何千回と教えても、「りんご」という単語を "覚えて、口に出す" ことができなかった。「りんご」というひらがなを読むことはできるのに、「りんご」の絵や実物を見て、「りんご」と言うことが、どうしてもできないのだ。

 

そんな状態が、小学校に入ってからも続いた。

 

けれども、ことばの意味が全く「わからない」わけではないのは、息子の日常の様子を見ていれば、明かだった。

 

希望の見えなかった発語、とくに単語習得の問題にブレイクスルーが訪れたのは、息子が9歳、小学四年の時だった。

 

 

表側にりんごの絵があり、裏側に「りんご」と書いてあるようなタイプの絵カードを用意する。

 

息子に、まず表側のりんごの絵を見せてから、裏がえして、「りんご」という文字列を見せ、それを写し書きさせる。そして、また表側のりんごの絵を見せる。

 

それを何度も何度もくり返すと、息子は、りんごの絵を見ただけで、「りんご」と書くことができるようになった。つまり、ものの名前を "覚えて、書く" ことができたのだ。

 

 

ただ、その進歩は、ほんとうに、ゆっくり、ゆっくりだった。

 

この方式で単語の習得ができると分かってから二年後の、息子が11歳半のころの学習の記録手元に残っているので、一部転載してみる。

 

 

2009年7月19日の療育手記


今日のお題は、「ねぎ」と「もやし」。
どちらも好物なのに、いまひとつ名称が定着しない。


それぞれの野菜の写真をプリントアウトし、裏側に平仮名で名称を書き付ける。

まず、写真を見せて、名前を答えられなかったら、裏の平仮名を見せて読ませ、紙片に書き取らせる。それをくり返す。

 

以前は、これを一単語につき八十回から数百回繰り返さないと、覚えなかった。


いまは、多くとも二十回ほどで記憶できるようになっている。


それでも、健常な子どもたちとは違って、一度記憶した単語の音が、時間がたつにつれて、「ずれていく」という現象がある。


何度も練習して「ねぎ」「もやし」と覚えても、しばらくたつと、「ねぎ」が「だき」に、「もやし」が「はやし」や「はやい」に変質してしまうのだ。


しかも都合の悪いことに、変質してしまった音のほうが、なぜか記憶の定着率が高いのである。


だから、音が崩れていく前に、何度も何度も練習しなおす必要がある。もぐらたたきゲームのようである。

 

このもぐらたたきを克服すると、その後は音のズレは生じなくなる。

 

たぶん記憶のシステムのどこかに、こういう問題を引き起こす異常があるのだろう。

それでも克服可能なのだから、厭わず練習すれば、未来は明るい。


……

 

2009年7月20日の療育手記


「もやし」の音が、ずれている。


最初のうちは、


 もやし  →  はやし、はやい、うどん


程度だったのに、昨日の夜、寝る直前になると、


 もやし  →  はやい、こんぺいとう、てんとうむし


なんてことになってしまっていた。


一体、どういう連想関係になっているのか、さっぱり分からない。


今朝になって、なんとか「はやし」に戻っていたが、その後もぐらぐら揺れ動いている。今後の変遷から目が離せない。

 

 

------------------------------------- 

 

長男と一緒に、こんなレッスンを毎日続けていたころ、末っ子はまだ幼稚園の年少組、長女は持病で入院という状態だった。昼間は息子と末っ子を車に乗せて療育に通い、自宅でも言葉のレッスンをやり、夜は長女の病院に車をかっ飛ばしていた。

 

あのころの私は、ある種のスーパーマンだったかもしれない。

 

それはともかく、上のような練習の甲斐があって、息子は、日常的に目にふれる物の名前の多くを "覚える" ことはできた。とくに食品関係、自分の好物については、自発的に発語することが出来るようになっている。

 

ただ、そこまでだった。

 

さまざまな具体物、物の名前の上位概念、たとえば「動物」「おやつ」「飲み物」といった単語は、いまでも習得することが難しい。

 

また、形のないもの、状況、気持ち、といったものを表現する単語も、息子にとっては、つかみどころのないものであるようで、音声や文字列としての知識はあるのだろうけれど、まず口に出して使うことがない。

 

この壁を乗り越える方法を、私はまだ見つけていない

 

息子は、今年で二十三歳になる。

 

 

黙して語らぬ息子の表情を日々眺めていて、なにか計り知れない思考や、豊かな情緒の片鱗があるらしく思えるのは、決して気のせいではないと思える。

 

それは、東田直樹さんのような、明晰で論理的に言語化できるような思考ではないかもしれない。

 

けれども、なんらかの方法で、息子が思いを表出できる日がこないとも限らない。

 

それを、私は待っている。

 

 

 

きっと暑さのせいだと思う…


二日連続で、やってしまった。

昨日と今日、末っ子は中間試験なのでお弁当が必要なかった。
なのに、昨日も今日も、朝起きて、ほとんどオートでお弁当を作ってしまった。


「きのう、あれほど言ったじゃん!」


と、末っ子に心の底からあきれられたけど、自分でも本気であきれた。

 

お弁当は、昨日も今日も、長女が持って出勤した。

 

(T_T)

 

 

 

Twitterで、スマイリーキクチという方のツイートを見た。

 

 

 


テレビを見る時間が年に四時間ほどしかないため、芸能関係の知識がほとんどない。

だから、スマイリーキクチ氏のことも、ついさっきまで、お名前もお顔も知らなかった。

 

で、ウィキを見てみて、驚いた。

 

 

ja.wikipedia.org


とてつもない被害だ。

 

こんなものを有名税などといっていたら、名の知られる仕事をしている人たちは、まともに暮らしていけないだろう。

 
犯罪者と目される人に向かってネットで「暴言」を吐いている人の多くは、それが「社会悪」であると気づいていない人も少なくないと思う。


強烈な他罰感情と、世の中への怒り。

匿名での「正義の攻撃」に依存してしまう感情の裏にある、個人的な苦しみ。

 

 

そこをなんとかしないと、こういうのは、どうにもならないのじゃないかという気がする。

 

 

( _ _ ).。o○

 

こうしてブログなど書いて楽しんでいるけれども、インターネット全体に対する気持ちの悪さ、嫌悪感は、昨年あたりから急激に増している。不特定多数の悪意のようなものを日常的に目に入れるのは、しんどい。避けていても、気になる情報を探して読んでいると、そういうものがどうしても目に入ってくる。

 

でも、思うように出歩くことの難しい私にとって、インターネットは、「どこでもドア」に等しいツールである。

 

悩ましいところではある。