湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

ギフテッドと、家族

色々あって疲労困憊してるけど、脳は相当に元気である。

 

鬱は、ほぼ消えたと思う。まだ抗うつ剤睡眠導入剤の処方は続いているけど、できれば年内に、抗うつ剤だけでも切れればいいと願っている。

 

睡眠導入剤も、ほとんど必要ないくらいなのだが、飲まずに寝ると、中途覚醒がある。これは鬱というよりも、加齢と、無呼吸症候群のせいではないかと思っている。CPAPで呼吸の補助はしているけれど、それでも1時間に二回ほど、長く呼吸が止まっている。眠りが浅くなったタイミングで無呼吸が起きたときに、目が覚めてしまっているように思うのだ。

 

 

手術のような、無呼吸を根治するような治療を受けられればいいのだけど、私の場合は生まれつきの顎などの構造そのものに無呼吸を引き起こすリスクがあるため、扁桃腺などを切っても改善しないと言われている。となると、あとは発症する以前の体重に戻す勢いで痩せるしかないのだが、これがなかなか……まあ、努力は続けよう。

 

(´・ω・`)

 

 

発達障害について、つらつらと考えていることをメモする。

 

 

我が家は五人家族である。夫婦と、子供三人。

 

五人のIQの平均は、推定、110ほどである。

ちなみに重度の知的障害を持つ息子のIQは、30前後。のこりの家族で平均値を押し上げている。

 

家族五人のうち、四人までが専門機関で知能検査を受けていて、うち二人がギフテッドであると言われている。唯一検査していないのは亭主であるが、ネットなどでその手のテストをやってみると、ギフテッド連中より高い数値を叩き出す。総合的には平均的な知能と診断されたメンバーは、個別の項目の数値が山あり谷ありの激しい凸凹で、まさに我が家の姿を体現したかのようなことになっている。

 

うちの家族は、面白い。

すくなくとも私はそう思っている。

 

大変なことは、そりゃもう山ほどあったけど、私には、ほかの家族のあり方など想定できない。それはたぶん、しあわせということだろうとも思っている。

 

両親がギフテッドだった場合、どんな家庭を作ることになるかという事例は、まだあまり見かけないように思う。いるんだろうけど、家族で検査を受けるという機会が少ないだろう。

 

研究者の父親

だいぶ変人の母親

どうやっても「普通」の枠にはおさまらない子供たち。

 

 

こう書くと、なんだか面白い物語の人物設定みたいだけど、現実はやさしくない。世間一般の評価や価値観に侵食されると、途端に精神を削られるようなことにもなる。学校の都合からはみ出した子どもや、その母親への(父親じゃないんだよね)、世間の当たり具合など、この時代になっても相当なものだ。おのずと家庭は「要塞」となる。守らなくちゃならないからだ。

 

まあでも、面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ATOKがダメになったこととか津軽弁とか


PCでずっと愛用していたATOKが、なんだかまともに動かなくなった。


メモ帳やWordにテキストを書いているときはまともだけど、SNSで直に書こうとすると、わけのわからない動作をする。かな入力して変換しようとすると、前回入力・変換した文字列を再表示し、消そうとするとそれを増殖しはじめるのだ。

 

 

対処法を探してみても、情報が見つからない。

しかたなくATOKを削除した。

 

いまはIMEで書いている。ATOKで登録した単語も全部こちらに移した。使い勝手が違

っていてストレスだけど、仕方がない。ATOK、好きだったのに。(´・ω・`)

 


( _ _ ).。o○


ニコニコ動画で、2008年に開催された「津軽弁の日」というイベントの「俳句の部」の録音を見つけて聞いた。

 


このイベントの録音を初めて聞いたのはたぶん10年前なのだけど、「鈴虫」の句で大爆笑した。


いま聞いてもおかしい。


私は津軽生まれだけれど、育ったのは別の場所なので、残念ながら津軽弁を話すことはできない。

 

でも一応ある程度の聞き取りはできる。ディープな津軽弁になると五割もわからないけれど、この録音ぐらいであれば、ほぼわかる。


その流れで、津軽弁のジャズを見つけて聞いていた。



 


津軽弁でジャズ


うたっているのは、伊藤君子さんというジャズシンガーで、CDも出ているとのこと。
Apple Musicにあるかな。

 


( _ _ ).。o○

 

抑うつパニック発作がだいぶ改善したとはいえ、半月引きもっていたせいで落としてしまった体力は、簡単には戻らない。


昨日は、末っ子の英検二次の付き添いで、久々に、ちょっとばかり長い外出をした。家を出てから帰宅するまで、ざっと六時間。


完全に、バテた。


昨晩はふくらはぎあたりが狂暴なレベルでだるくて、眠気が来てもなかなか寝付けず、難儀した。
そして今朝は、ほぼ全身の筋肉痛。

こんなに筋力が衰えていては、老後が危うい。
情けなさすぎるので、また少しづつ体を動かしてもどしていくしかない。

 

 

 

ワーキングメモリーとか解体とか

 

体が痛いのが、当たり前になってしまっている。

いちいち「痛い痛い」と騒ぐ気にもならないほど、毎日普通に痛い。


でも、不思議なほど痛みを感じない時間帯がある。

 

たとえば、絵画教室で絵を描いているとき。

はっきりいって、絵を描くのは苦手だ。
なのに、三時間近く座りっぱなしで、悩みながらデッサンしたり、絵筆を握って唸ったりしても、それで余計に体が痛くなるということがない。むしろ、痛みが消えてしまう。


絵を描いている間は、描こうとするものと描いている自分の絵をひたすら見ている。見ないと描けないから当たり前だけど、その「見る」「描く」ということをしている間、停止している脳の機能がいくつかある。


言葉で考えるということ。
とりとめもなく記憶を反芻すること。
そして、それらに対して感情の火花を無数に散らかすこと。

ひと言でまとめるなら、雑念である。


普段の私の頭の中は、猛烈に雑念が飛び交っている。

読んだり書いたりしていないときは、常に言葉で考えたり、いろんな記憶をほじくり返したりしている。

はたからみれば何もしていないようなのに(実際何もしていない)、本人は脳内の騒動のせいで、常にくたびれている。そういう雑念の火花が楽しいときもあるけれど、ネガティブな方向に突っ込んでいくと、とめどもなくしんどくなる。

少しばかり読みかじったマインドフルネスの本によると、そういう雑念がフル稼動しているときには、脳のワーキングメモリーがオーバーヒートするほど働いているらしい。


人の体はムチャな使い方を続けていれば壊れてしまう。暴飲暴食は胃腸や肝臓を壊すし、重い物をむりやり担いでいれば腰がやられる。

脳だってたぶん一緒だ。

絶え間なく雑念を高速回転させていたら、前頭前野にあるというワーキングメモリーだって、息切れしてしまうだろう。

そのワーキングメモリーを休ませるには、いま、目の前にある現実に傾注することが、一番有効なのだという。


風の音を微に入り細にわたり聞き取ろうとしたり、水道の水がどんなふうにつめたいのかを感じたり。

目の前にある、一粒のレーズンが、どんな色と形をしていて、どんな匂いで、口にいれたらどんな感触で、舌に感じる味がどんなであるのか。

息を吸ったら、鼻や喉にどんな感触があり、胸や肩の筋肉と骨がどう動くのか。


そういうリアルタイムの現実を五感で受け止めている間は、ワーキングメモリーはお休みするのだそうだ。


絵画教室で絵を描いているあいだは、たしかに私の頭のなかはだいぶ静かだ。

痛みが消えるのは、それと関係があるのかもしれない。

 

なにはともあれ明日は通院。忘れないようにしないと。

 


( _ _ ).。o○

 

ハルオサンのマンガ「業者から見た空き家問題」が、ほんとうに怖かった。

 

rougo-ansin.jp

 


「困ったこと」によって生じるシワは、関わった人々が全力で自分よりも弱いほうへと押しつけていく。そして、多くの人々によってもてあまされたシワは、どんどん深さと数を増して、しまいには津波のようになって、一番立場の弱い「最後の人」に襲いかかる。

 

こういう破滅的なシワ寄せが起きないような、世の中の仕組みが必要なのだろうと想像するけれども、いろんな理由や都合で、問題が見えにくくなっているのだろう。

 

誰もが見たいと思わないことは、なかったことになりやすい。

自分だって知らないうちに、そういうシワ寄せのリレーに荷担してしまっているかもしれない。それが、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疼痛とか冷蔵庫マザーとか

 

朝起きるときの体の痛みが悪化している。

家事などして三〇分もすると痛みは治まってくるけれど、初動がとにかくキツいので、なんとかならないかと思っている。

で、慢性的な疼痛などに効果があると言われている、マインドフルネス的なアプローチに、いまさらながら興味を持ち始めている。


本などでいろいろ調べつつ、まずはとにかく、心静かに座る(ねそべる)時間を持つことにする。

 

 

( _ _ ).。o○

 

 

下の記事をめぐって、奇妙な炎上が起きているのを昨日読んだ。

 

小島慶子ADHDを公表したことで仲間との交流や気づきが生まれた」〈AERA

headlines.yahoo.co.jp


まともな社会的ステイタスや高い能力をもった人が発達障害をカミングアウトすることに対する違和感、というか、強い反感を抱く人が、世の中にはいるらしい。


たいした困難もないのに障害者になりたがる人が多いとか、痛みや困難などだれだって抱えているのに、社会的に成功した人間が自分の「発達障害」を人に知らせる意味が分からないとか、そんな感じの反感だったようだ。


そうした反感は、これまでにもネット上で何度か見かけたことがあるし、実生活ではかなり面倒な形で遭遇している。


重度の知的障害のある長男のときは、「男の子は言葉が遅いものだから」という「慰め」の言葉をかけられたものだけど、二歳を過ぎても三歳になっても全くしゃべらない、視線も合わない、奇声とこだわり行動炸裂で身辺自立も全くできない状態がはっきりしたところで、さすがに誰も「普通です」とは言わなくなった。


娘たちの発達の問題が「見えて」きたころ、真っ先にそれを否定してくれたのは、保育や学校教育の現場にいる「先生」たちだった。そして、発達障害療育の専門家であるはずの臨床発達心理士が、それに続いた。


「この程度では問題ないと思いますよ。とても"いい子"ですし」
「もっと大変な子が、クラスにいくらでもいますから」
「定型発達ですよ」
「生育歴や家庭の問題では?」

 

たしかに普通学級の教室には、授業に全く集中できずに離席したり暴れたり、文字の読み書きが困難な子どもたちがいた。その子たちにくらべて、うちの子どもたちは、「手のかからない」という意味では、問題のない児童であったことだろう。知能に問題はなく、身辺自立の面でも、まずまず「普通」レベルだったのだから。


だけど、本人たちも家族も、ほんとうに、困り果て、疲れ果てて暮らしていたのだ。

何も問題がなかったら、いじめや学習困難があるわけでもないのに、学校に行けなくなるはずがない、と世間は考える。だから問題は家庭、とくに母親にあるのだろうと推定される。


そんなわけで、子どもたちの発達問題で、私は悪者扱いされることがたびたびあった。
周囲のそういう無理解よりも苦しかったのは、私自身が、私に問題がある可能性を否定できなかったことだ。

 

 スキンシップで与える愛情の足りなさ
 母親としての情緒の欠如
 子どもへの無理解
 そうした欠乏の結果としての母子分離不安


憶測からくるそういう指摘を外部の人間にされて、アリバイをもって反証できる母親などいないだろう。


育児の現場をつぶさに見ている他人など、いないのだから。

 

まして私には、自分が変な人間だという強い自覚がある。
なにしろ、自閉傾向ADHDの傾向をあわせもつ、ギフテッドで高学歴な、しかも心身ともにポンコツの母親である。

 

そういう変な人間が子どもを育てたって不都合が起きないということを、証明するすべは私にはなかった。

 

自分が原因なら、自分が変るしかない。
だけど、一体どういう「母親」になれば、問題が解決するのか、いくら考えても調べても、さっぱり分からなかったし、いろいろと私の非を指摘する方のアドバイスも、状況の改善には役に立たなかった。そもそも簡単に変われるような自分であれば、自分の人生だってもっとラクだったことだろう。苦しみ続ける子どもを前にして、役に立たない自分は、自分の中でも「悪者」でしかなかった。


そのあたりの苦悩葛藤が、私自身の前回のうつ病パニック発作発症の原因の一つだったのは、間違いない。
ほんとうに、苦しかった。


かつて、自閉症の原因が「冷たい母親」だとされていた時代があったという。
そのために「冷蔵庫マザー refrigerator mother」などという言葉まで作られた。

 

ja.wikipedia.org


いまは、そういう形で母親を自閉症の犯人などとする医療関係者は、たぶんいない。

 

けれども、まだ診断名がはっきりしない、診断基準も治療や支援の方法も明確にされていないようなタイプの困難については、「冷蔵庫マザー」の時代とたいしてかわらない状況がある。


無理解は、人を殺す。
他人だけでなく、自分に対する自分の無理解もだ。

 

上の記事の炎上光景をみていて、そのことを改めて思った。

 

著名人による発達障害のカミングアウトは、多くの人に「問題がそこにあるかもしれない」と知らしめるための、極めて有効な方法だろう。ぜひ、どんどんカミングアウトしていただきたい。

 

 

 

 

頭痛とヒッキーヒッキーシェイク

 

朝から軽い頭痛。
鎮痛剤飲むほどじゃないけど、地味に気が滅入る痛み。
首回したり肩もんだり、いろいろして、緩和を試みていたら、午後になって少しラクに。


( _ _ ).。o○


津原泰水「ヒッキーヒッキーシェイク」読了。
最初から最後まで、とにかく面白かった。
そして、泣けた。

 

 

ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)
 

 

 

竺原(じくはら)という、限りなく詐欺師に近い臨床心理士が、彼のクライアントであるひきこもりの若者たちに、胡散臭い「希望」のカードをちらつかせながら、ネットを使った壮大なペテンの仕掛けに巻き込み、ちょっと想像もできないような未来へと送り出す。


現実には、ほとんどあり得ない物語かもしれない。

 

竺原は、どこを見ても絶望するしかないような状況(だったと物語の最後まで読むと分かる)にあっても、そこに「希望」を見いだして、他人を巻き込みながら行動に移すことのできる、類いまれな天才である。

 

深刻な発達障害適応障害を持ち、さまざまな不幸な経緯から社会と関わることができなくなっている若者が、竺原のような希有な人物に出会い、その思惑に巻き込まれる可能性は低いだろう。

 

そしてまた、ひきこもる若者たちが、小説のなかの彼らのように、ギフテッド的な何かを持っていたり、極限状況で開花させた特異なスキルを秘めているわけでもないかもしれない。


でも、世間の「普通」にどうしても順応しない人のなかにこそ、竺原的な才能の要素が隠れているとも思うのだ。作中に書かれていたさまざまな問題の当事者として、そう思う。


うちの場合は、折々に、家族が相互に「プチ竺原」として機能していたように思う。
それは、小説ほどではないにせよ、小さな奇跡の数々ではあった。

 

 

 

デントヘルスとプラダのバスケット

六時起床。


起き上がるとき、関節の痛みがひどくて参った。夜のうちに冷えたのかもしれない。

やたら暑かったかと思うと、急に冷え込んだり、今年の気候は忙しい。


今年に入ってずっと、歯茎の腫れが続いていて、歯周病予防の歯磨き粉など使って念入りに歯磨きしても、どうしても出血がとまらない箇所があったので、「デントヘルス」(ライオン株式会社)という塗り薬を買ってきて使っていたら、きっちり腫れが引き、出血も完全に止まった。というのを前にも書いたかどうか忘れたので、自分の備忘録として書き留めておく。

 

 

【第3類医薬品】デントヘルスR 40g

【第3類医薬品】デントヘルスR 40g

 

 

 

長生きできるかどうか分からないけど、最期まで、できるだけ自分の歯を使い続けたい。

 

一度失ってしまった健康を取り戻すのは、ほんとうに難しい。

そのことを、二十年前の自分にくどいほど教えてやりたいところだけども、不可能なことだから、いま出来ることはちゃんとやりたい。

 


( _ _ ).。o○

 


万葉集を一週間に一首くらいのペースで読んで、ここに駄文を書くことで、脳の健康を回復しようという、よくわからない試みの二回目。

今回は、巻第一の冒頭にある、雄略天皇のナンパ(?)の歌である。


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 泊瀨朝倉宮に天の下治めたまふ天皇の代 

 大泊瀨稚武天皇(はつせのわかたけのすめらみこと)

 

籠もよ み籠もち ふくしもよ みぶくし持ち

この岡に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね

そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ

しきなべて 我こそいませ

我こそば 告らめ 家をも名をも

 

(万葉集 巻第一 雑歌 小学館「日本古典文学全集」より引用)
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この歌を読むたびに現代風にリライトしたくなる。

そういう人は、きっと多いはずだ。


なにしろ、血の気が多くて常に何かに飢えているような、超セレブの俺サマ男が、良家の可憐な美少女に一目惚れして、いきなり結婚を申し込むという、ハーレクインさながらな場面である。

 

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なあ、そこのガーデニング中のお嬢さん。

君のそのバスケットは、プラダの新作かな?

さりげなく持っているスコップも、匠の名品だよな。

見ない顔だけど、名前は? どこに住んでる? 

このブランドエリアの丘にある菜園にいるってことは、俺も知ってる家の娘だろうけどな。

そんなに怯えるなよ、お姫様。別に取って食おうっていうわけじゃない。
ちょっと妻になってもらうだけだから。

あ? イヤだ? お前、俺を知らないのか。

なら俺から名乗ってやるけど、俺より偉いやつはここの国にはいないんだぜ。
国が平和なのも豊かなのも、ここにこうして俺様がいるからだ。

って、逃げるなって。

おい、誰かあの娘を捕まえてこい!

 

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ブランド物に疎いので、プラダのバスケットがいくらぐらいするものなのか(そもそもプラダのバスケットが実在するのか)分からなかったので、ググって調べて目が飛び出た。

 

 

 

これ持って土いじりする勇気は持てそうにない。

 

 

 

 

 

脱水気味

 

暑い。

家の中にいても脱水しかねない。

 

昨年の夏に、何度かそれで具合を悪くしていので、今年はよくよく気をつけようと思っている……のだけど、ついつい水分補給を忘れている。口がカラカラになって咳き込んでから、やっと喉が渇いていると気づく。カラカラになる前に飲まないといろいろ危ないのに。 

 

気をつけよう。(´・ω・`)

 

 

 

( _ _ ).。o○

 

 

精神面の調子は、自分のことでも客観的に把握することが難しい。

チェックポイントをいくつか用意して、それに変化があるかどうかを確認するようにしてみた。


・食欲……少し出てきた。
・家事……とっかかりがだいぶしんどいけど、はじめてしまえばなんとかなる。でも長い時間は無理。
・読書……古典とマンガ以外は無理。
・新聞……厳しい。
・ネット…たくさん見てると気持ち悪くなる。
・音楽……聞く気にならない。
・物音……まだビクッとなる。
・外出……いやだ。


チェックしていて、うつ病の再発というか悪化の可能性もあるなあと思えてきた。

音楽を聴く気にならないというのが、自分としては、だいぶマイナスポイントである。


ひきつづき、養生するしかない。

とにかく情報入力を制限する。

目に入れるものを、減らす。

必要最小限のことだけやって、余計なことをしない。

水分補給を忘れないようにして、食欲なくてもタンパク質はしっかりとる。

というのを、すぐに忘れてしまうので、書いておいて、何度でも見直す。


今回、古典をゆっくり読むことも、効いたように思う。

自分のペースで学ぶことには、脳を癒やす効果があるような気がする。


( _ _ ).。o○


舞妓さんちのまかないさん」(小山愛子 小学館)というマンガが期間限定無料になっているので、読んでみたら、おもしろかった。

 

 

 

 


主人公のキヨは、舞妓さんになりたい一心で、中学卒業と同時に青森から京都に出てきたけれど、驚くほど芸事の素質がなかったために、国に帰るように言われてしまう。

 

けれども、腰痛で倒れたまかないさんのかわりに食事を作ったことをきっかけに、そのまま屋形のまかないとして働くことになる。

 

生身の伝統として、華やかであっても、間断なく自分を律することを求められる舞妓さんたちの暮らしは、つらいものであるらしい。

 

そんな彼女たちの食と心を、たった16歳の少女が、あこがれと愛情を持って支えつづける。育ててくれた祖母に教わった素朴な家庭料理を、心を込めて作り続けることで。


続きの巻も読みたいけど……
しばらく我慢かな。(´・ω・`)