湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

普通の日の日記

 今日の健康観察日記

 

普通。

とくに痛いところもなければ、苦しい気分でもない。

すばらしいヾ(〃^∇^)ノ。

 

昨日、少しお腹が痛かったから、一日中無理せずに休んでいた。

それでいろいろ回復したのかも。

 

 

 アスペルガー症候群と自分

 

私はずっと、自分は自閉症圏内ではない、と思って暮らしていた。

自分の息子がガチの自閉症だから、なおさらそう思っていた。

コミュニケーションスキルはあるし(拙いけど)、人がウソついてるのも、それとなく分かるし、言葉を額面通り受け取るようなことも、そんなにない(たまにはある)。

 

でも、Twitterで、次の発言を目撃して、雷に打たれたようになった。

 

 

 

 

……これ、まさに若い頃の自分そのものだ。(´・ω・`)

 

この「ガールズトーク」は、そのまま「ママ友トーク」「PTAトーク」という形で、いまも遭遇しつづけている。

 

そして、心の底から、苦手である。(T_T)。

 

でも、数十年の時を経て、経験と学習を積んで、なんとかあたりさわりのない擬態をこしらえて、あるいは心理的光学迷彩(なんだそりゃ)を身に纏って、やりすごすことができるようになった。

 

と、自分では思っているけれども、もしかしたら、他の人の目には、いまも変わらず奇異に映っているのかもしれない。それはもう、確かめようがない。

 

世の中に順応する努力は大事だとは思う。

でも、本来の自分には合わないことに、無理やりあわせようとし続けると、確実に心身を病む。

 

もう十分に努力はしてきたと思う。

残りの人生は、できるだけ心地よい場で過ごしたいと願ってもいいのではないだろうか。

 

 

読書

オーウェルの「一九八四年」(Kindle版)を読み終わったので、「感想文」を54字以内にまとめてみた。

 

 

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「一九八四年」は、私が読んだ翻訳本の他に何種類も出ている。

訳が違うのかどうか確認したいけれど、全部を読む根性はない。あまりにも希望のない話だから。

 

 

 

水害・予防接種

 本日の健康観察日記

 

水害のニュースがつらい。
Twitterで救難信号を出している人がたくさんいる。

見ているだけで、出来ることがなにもない。


報道を見つづけていると確実に心身の調子を崩すと思ったので、今日も極力テレビを見ずにいる。

少しでも早く、救助の手が届くようにと、ただ祈る。

 

 

予防接種


末っ子の予防接種のために小児科に行ってきた。

事情があって接種しそびれたワクチンがいくつかあるのだけども…

 

知らないうちに、三種混合が、四種混合になっている。
ジフテリア破傷風、百日ぜき、ポリオ。


ポリオは、以前は口から飲む生ワクチンだったけど、あれは2012年で廃止になったそうだ。


厚生労働省のホームページに、次のような説明がある。

 


「生ワクチン」は、ポリオウイルスの病原性を弱めてつくったものです。ポリオに感染したときとほぼ同様の仕組みで強い免疫が出来ます。免疫をつける力が優れている一方で、まれにポリオにかかったときと同じ症状が出ることがあります。

 

 

この、「まれに」出る症状のために、少ないとは言いがたい人数の子どもたちが、障害を持ってしまったことが、不活性ワクチンへの切り替えの理由であるようだ。


そして、この不活性への切り替えによって、「生ポリオワクチン」を一回しか接種していない(一回だけ接種している)子どもたちが多数出現したわけで、厚生労働省のホームページに、その場合の対応が書かれている。

 

・生ワクチンを二回接種している人は、不活性ワクチンの追加接種は不要
・生ワクチンを一回だけ接種している人は、不活化ポリオワクチンを3回接種。

 

 

ぜんぜん知らなかった。

医療関係の情報は、意識して集めるようにしないといけないなと、改めて思った。

 

 

 

土曜の日記

今日の健康観察日記

 

はなはだだるい。

昨日の外出(末っ子の学校行事)で疲労困憊。

あまりにも疲れると脳がうまくコントロールできなくなって、ろくでもないことばかり考えるというのを確認した。


人に会うだけでくたびれ果ててしまう体質なのは、もうどうしようもない。
自分の居場所にきちんと戻って、休養しなくてはならない。

PC前に座って、音楽を聴いたり、ちらちらと活字を読んだりし、お友達とチャットしたりしながら、少しづつ自分を取り戻していく。

 

読書


オーウェルの「一九八四年」の続き。あとちょっとで半分というところ。

徹底した管理社会が薄気味悪くて、暗くてどうしようもない。それでも途中で投げる気にならない。

 

 

 

一九八四年

一九八四年

 

 

 

作者のジョージ・オーウェルがどんな人だったのか気になって、ウィキを読んでみた。

1950年に、46歳で亡くなっている。結核だったそうだ。

イギリス植民地時代のインドに生まれ、1歳のときに母親と一緒にイギリスに帰国。
父親はインドの高等文官であり、かつアヘンの栽培と販売を手がけていて、イギリスで妻子と暮らす時間は短かったらしい。

大人になったオーウェルは、ミャンマーで警官になったけれど、帝国主義の片棒を担ぐ仕事に嫌気がさして帰国。

 

その後、ロンドンの浮浪者にまじって暮らしながら最底辺の人々のルポ作品を書こうとしたり、田舎で養鶏業を営んだりしていたけれど、1936年にスペイン内戦の取材に行って「圧倒的な革命的な状況」に感銘し、ファシズム的なフランコ総統に対抗するマルクス主義統一労働者党の兵士として戦闘に参加したものの負傷。ソ連の援助を受けた共産党軍のスターリニストの欺瞞に対しては義憤にかられ、結局そのスターリニストによる弾圧に追われるようにしてフランスに帰還…と書いてある。


なんともややこしい人だけど、帝国主義的、全体主義的なものやレイシズムに対して強烈なアレルギーのある人であるということだけは、分かった気がする。

 

小説「一九八四年」が完成したのは1949年、オーウェルが亡くなる前年である。
真っ黒なディストピアの物語を綴るのは、どう考えても身体にいいとは思えない。執筆が命を削った部分もあるのではないかと想像する。


結核というと、三浦綾子の小説「氷点」を思い出す。
あの物語の開始時の時代設定は昭和二十一年、1946年である。作中で、ヒロイン陽子の継母である夏枝の愛人にして、諸々の不幸の元凶だった村井という人物が結核を発症して喀血し、死と隣り合わせと言われるほどの病状となったけれども、数年の療養生活で助かっている(そしてますます不幸な人間を増やすことになったのだけども)。作者の三浦綾子も、1946年に結核を発病しているので、小説のエピソードは実体験に取材したものだろうと想像する。


オーウェルは、三浦綾子よりも数年後の発症だったけれども、早い時期に有効な治療を受けられなかったのだろうか。

 

 

 

 

 


報道


あのカルト宗教の教祖だった人の死刑が執行され、他の死刑囚も今日のうちに執行されるらしい、というのをTwitterのニュースで見かけた。

テレビでは、死刑が各地で次々に執行されていくのを、次はどこかと騒ぎ知らせているとか。


きっと今日は同じ報道が何度も何度も繰り返されることだろう。
どんな理由であっても、人の死の話をエンドレスで聞かされるのはキツい。
今日はテレビを見ないことにした。


といっても、もともとテレビをほとんど見ないのだけども。(´・ω・`)


今読んでいる途中のジョージ・オーウェルの「一九八四年」の世界では、政治犯公開処刑が最大の娯楽となっていて、大人も子供もそれを見物に行くことを大いに喜んでいた。


世の中が、日記すら自由に書けない「一九八四年」の世界に近づいているとは思わないけども、慣れるべきでないことには、できる限り慣れないようにしておきたい。

 

 

 

風の強い日の日記


今日の健康観察日記


非常にだるい。
今日は末っ子のお弁当のない日だったので、朝ご飯を作って息子の出かける支度をしたあと、軽く二度寝した。それで少しマシにはなったけど、まだだるい。


なんだろう。天気のせいか。外はものすごい強風。雨も降ってきた。

本の読み過ぎかもしれない。

 

読書


昨日はチェーホフの「桜の園」を読んだ。青空文庫Kindle版。無料。
読むのは実ははじめて。

 

 

桜の園

桜の園

 

 

 

村上春樹1Q84に、チェーホフサハリン島を朗読するシーンが出てきたので、読んでみたくなったのだけど、「サハリン島」はKindle化されていなかった。それで、「桜の園」を読むことにしたのだった。

 

で、感想は・・・

 

 

 

あらすじだけにしてしまうと、没落貴族の一家が、人間まるごと大量の粗大ゴミになっていくだけという、どうしようもない物語だけど、チェーホフがその人物たちのセリフにこめた思想や感情の深さは、がさつな私にも少しは伝わってきた。この作品を書いた翌年に、チェーホフ結核で亡くなったのだとか。

 

 

吉田秋生の「桜の園」のほうは、ずいぶん前に読んだ。
こちらの物語は、あまり心に残らなかった。映画になったのは知ってる。そのうち見てみようかと思う。

 

 

 

 

 

再開

今日の健康観察日記

 

半月も書いてなかった。

それはつまり、具合が悪くて寝込んでいて読書もゲームもできないような時間帯が全く無かった、ということでもある。

 

寝込むことはあっても、本を読んだりゲームをしたりできるので、寝たままブログを書くことをしない。

 

それは単純に元気になったことの証でもあるけれど、「しんどさ」がないわけではなく、そのことをちゃんと書いて記録しておかなかったことで、だいぶ気持ちが凹んでいる。

 

また書こう。

続くかどうかは分からないけど。

 

 

読書

 

村上春樹の「1Q84」を読んでいる。

ハードカバー、それも新品同様の全三巻が古書店に240円(つまり一冊80円)で並んでいたから、ついつい買ってしまったのだ。

 

紙の本は、比較的活字の大きいハードカバーであっても、目に厳しい。夜読むのはほとんど無理。

というわけで、昼間、明るい時間帯に少しづつ読んでいる。

 

一巻目の170頁目まで読んだ。

たのしい気持ちになる物語ではない。

感情移入のたやすい人物など一人も出てこない。

1984年頃の、グロテスクな仕組みの世の中で、おぞましい人間が、それをよしとしないらしい不気味な人々によって駆除されていくらしい。

 

ちょうど自分が学生だった時期が背景となっているはずなのだけど、私の知っている昭和の空気のようなものはこの物語のなかには存在していないようだ。かろうじて、小銭を使って公衆電話を使っているようなシーンに、昭和らしさを感じる程度。インターネットもスマホもない時代の「あたりまえ」が、その時代にいたはずの自分にさえ、すでに「あたりまえ」のものではないことを、いちいち確認している感じで読み進めている。

 

 

 

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 1

 

 

 

恐ろしい経済力や政治力を持っているらしき老婦人に依頼され、天賦の殺人能力を駆使して害虫のような男を殺害する青豆という女性。

 

文壇に強い反感を抱いているらしき編集者にそそのかされて、他人の作品を書き換えて芥川賞に応募しようとしている、天吾という作家志望の男性。

 

どちらも、まったく、好きになれない人物だ。

 

なぜだろう。

内面に少なからず豊かな感情を持ち、ゆるぎない個性を持ち、希有な才能や痛みや記憶を持ちながら、人生の存続を左右するようなものごとの決定権を他人にまるごと預けて、その枠の中だけで生きている、気持ちの悪い人たちだからだろうか。

 

読み終わるかな。

わからない。

結末は見たいと思う。

 

 

 

 

雑多な日記

 

今日の健康観察日記


だるい。キツい。しんどい。足冷える。

昨日、ちょっと調べ物や文章書きに過集中してしまい、相当に消耗したようで、今朝起きたとたん、トンデモない疲労感に襲われて参った。


やりすぎは禁物と分かっているけれど、何かに集中していると、精神的には安定する。
たぶん、ネガティブ思考のエンドレス再生から解放されるためだろう。


でも体力ないから、翌日に疲れを引きずる。
トシ考えてほどほどにしないと。難しいけど。(´・ω・`)

 

 

 

読書

 

昨日やったのは、旧約聖書「ルツ記」を、可能な限り丁寧に読むことと、書かれている物語を、自分なりにリライトすること。口語訳と文語訳を、どちらも読んでみた。ものすごく興味深かった。


「ルツ記」は比較的短いけれど、キリスト教ユダヤ教、そして当時のイスラエル方面の文化習慣についての知識に乏しい私には、「わからない」と感じる部分がたくさんある。


調べてみて、旧約聖書の世界の一端に親しめた気がした。

いや、気軽に「親しむ」などという言葉を使うには、途方もなく遠い世界ではあるのだけども。

 

エスが生まれる何百年も前、ベツレヘムに住んでいた家族が、飢饉を避けるために、「モアブ」と言われる異民族の地域に移住した。


けれども移住してから十年の間に、夫と息子二人が死亡。
後に残されたのは、妻のナオミと、息子二人の嫁たちだけだった。

ベツレヘムでは飢饉が去り、食べ物に困らなくなっていると聞いたナオミは、故郷に帰ることにしたけど、モアブ出身の嫁二人のことは、それぞれの実家に帰そうと思った。

ナオミの説得で、嫁の一人は泣く泣く実家に帰ったけれど、もう一人の嫁は、なんとしてもナオミから離れようとしなかった。それでナオミは、その嫁ルツを連れて、ベツレヘムに帰還した……。


これは冒頭の部分だけれど、口語訳旧約聖書で読んでいても、かなり分からないことがあった。

 

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しかしナオミは言った、「娘たちよ、帰って行きなさい。どうして、わたしと一緒に行こうというのですか。あなたがたの夫となる子がまだわたしの胎内にいると思うのですか。(1章11節)

娘たちよ、帰って行きなさい。わたしは年をとっているので、夫をもつことはできません。たとい、わたしが今夜、夫をもち、また子を産む望みがあるとしても、(1章12節)


そのためにあなたがたは、子どもの成長するまで待っているつもりなのですか。あなたがたは、そのために夫をもたずにいるつもりなのですか。娘たちよ、それはいけません。主の手がわたしに臨み、わたしを責められたことで、あなたがたのために、わたしは非常に心を痛めているのです」。(1章13節)


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現代日本の常識から考えると、ナオミの説得の言葉はトンデモな内容としか思えないけれど、これは、

「未亡人は亡夫の兄弟と再婚するのが当たり前」

という世界の話なのだ。


まだまだ詳しいことは分からないけれど、旧約聖書の世界の「律法」では、子孫を残して、土地と名前を代々継がせていくことが、とても重要視されていることは察せられる。


価値観と文化の違う世界であることをしっかり頭にいれて、いろいろ読んでいこうと思う。

 

 

そのうち読んでみようと思っている本をメモっておく。

 

 

聖書の起源 (ちくま学芸文庫)

聖書の起源 (ちくま学芸文庫)

 

 

いくつかの十字架

やすらぎの十字架

 

ここのところ、息子(重度知的障害のある自閉症者)が、精神的安定を崩すことが多い。

ちょいちょい、軽いパニックを起こす。

理由はわからない。季節の変わり目だからかもしれない。

 


それで今朝は、一緒にバッハの「マタイ受難曲」を聞いている。

息子はバッハの曲を乳幼児期から好んでいた。

どうしてだか、気持ちが落ち着くらしい。

 

 


【Bach】コテコテ大阪弁訳「マタイ受難曲」 第01曲




マタイ受難曲の歌詞は以前に対訳のものをネットで読んだ。


その後、新訳聖書で該当箇所も読んだけれども、音楽があると、イエスの十字架の質感や風の気配、あたりの匂いまでもが感じられるような気がしてくる。とても、つらい。苦しくなる。でも不思議なやすらぎもある。

 


バッハにも、知的障害のある息子がいたという。

 

二度目の妻であるアンナ・マグダレーナ・バッハの手記「バッハの思い出 (講談社学術文庫)」に、少しだけその子のことが出てくるのだけど、僅かしかない記述からうかがえる様子が、どうも自閉症児らしく思えてならない。父であるバッハの作曲した曲を聴いて、その息子も波立ち苦しむ心を静めるようなことがあったのではないかと想像する。

 

 

被虐イメージを出前する十字架

 

数日前に、こんな記事を読んだ。


内藤 朝雄(明治大学准教授 いじめ問題研究)
いま「発達障害」という概念を強く疑わなければいけない理由

gendai.ismedia.jp



このなかに、十字架(古代ローマの死刑具)が出てくる。


その部分を少し引用させていただく。

 

これまで「障害者」というレッテルを貼られることは、人間以下の存在であるかのようにまなざす不当な差別と、人間を「健常者らしく」つくりかえようとする強制力の対象になることであったし、現在でも、実態は変わらない部分を大きく残している。

 

「障害者」とされる人々は、もっとも非人道的な虐待被害にあってきた層でもある。

 

それに対し、現在の精神医学指導層の「発達障害」枠組みは、学校の全体主義環境に合わなくて「こまる」人に(さらには「こまり」そうなタイプの人に、前もって)「発達障害者」(あるいは神経生物学的に「発達障害者」になるリスクが高いタイプ)というレッテルを貼ることで、虐待から保護する戦略を採用している。

 

児童青年精神医学のリーダーたちは、習俗の残酷が歴史的にしみつけられた「障害者」という古い革袋に、学校の中間集団全体主義習俗から一人ひとりの尊厳と多様性を守る手立てという、新しい酒を注ぎ込んだのだ。

 

これは、古代ローマの死刑具に神の子を虫のようにはりつけたり、コウモリ傘にミシンをみつくろったりするような、ぞっとするほど斬新なアイデアである。

 

 


いま、この記事に書かれているようなことが、しっかりと言われる必要があるのだということは理解する。引用部分だけでなく全体的に、だいぶ極端で攻撃的な文章で書かれているけれど、それも必要があってのことだろうと想像する。


うちも当事者だから、「学校の中間集団全体主義習俗」が「診断」のようなものを逆手に取ったときに、あらがう力の弱い個人(家庭)に対して、何をするのかは、身をもって体験しているのだ。(簡単に言うと「学校を出て行け」と言われた)


でも、「障害者」という言葉に「習俗の残酷が歴史的にしみつけられ」ているということを、敢えてこうして公に書くことで、その残酷な歴史が残したおぞましい腐臭が、さらにこの革袋(「障害者」という言葉)に生々しく残留する歳月が伸びてしまうのだということを、この書き手の方は意識しておられるだろうか。

 

少なくとも私は上のくだりを読んだことで、がっくりと気力を落とした。
相模原障害者施設事件の報道を知ったときような、どうしようもない絶望感とおぞましさ、いたましさが、改めて心の内によみがえってきてしまったからだ。

 

歴史のなかで、現代社会の狭間で、何度も何度も、「障害者」とされる人々が、十字架にかけられるかのようにして、なぶられて死ぬ、そのリアルなイメージの再現と流布とに、上の記事は心ならずも、あるいは意図的に荷担している。

 

我が子と同じような人々が、かつて「虫のように」殺戮されてきたという歴史的事実は、どうにも消しようもない。

 

けれど、頻繁に使われざるをえない「障害者」という言葉を、あえてわざわざそうした過去の事実を生々しく想起させる起動スイッチとなるように仕立てるのは、いかがなものか。

 

社会の中での扱いがどうあろうと、「障害者」「発達障害」と名づけられる枠組みからはずれようもない立場の人にとって、これは頼みもしない他害、やすらかな自己イメージ損壊のための、お節介な出前になりかねない。

 

もうちょっとこの、あざとい(失礼!)書き方を、なんとかしていただけないだろうかということだけは、個人的に希望する。(´・ω・`)

 

もっとも、こういうことに過敏に反応する人は少ないのかもしれないけども、発達障害を持つ人には、好ましくない記憶やイメージをフラッシュバックしやすい傾向があると言われていることも、すこーし考慮に入れてもらえたらと思ったりするわけである。当事者も読むわけだから。

 

あ、R指定ならぬ「B指定」表示とかしてもらえると、うれしいかもしれない。

brutalityのBで。

 

 

贄を探す十字架

 

そしてまた昨日は、新幹線で起きた殺人事件の報道で、心がつぶれるような思いをした。

東海道新幹線 刺され男性死亡 22歳男を逮捕「誰でも」

mainichi.jp

 

犯人とされた人物が、知的障害者であるということを報じた新聞があった。

 

事件との因果関係が明らかにされない形で、関連性を示唆するようにして見出しの言葉にあげられた障害名は、多くの反発と、それに対する反論を呼んでいる。

 


障害者差別と偏見の後押しをするものだという強い反発の声。
障害者の権利ばかりを言い立てて被害者に配慮しない障害者側の傲慢さを批判する声。
障害者であることを減刑の理由にするのではないかという危惧の声。

そのほかさまざまな、対立する考えを鏖殺しようとするような声。


かたちの捉えにくい十字架が、荒んだ声の行き交うなかに見え隠れするのを感じる。
それは、血祭りにする生け贄をもとめて「殺したろか」とつぶやきながら浮遊しているかのようでもある。

 

 


【Bach】コテコテ大阪弁訳「マタイ受難曲」 第49曲~第53曲

 

 


「いま『発達障害』という概念を強く疑わなければいけない理由」を書いた内藤氏であれば、この事件にどのような論評を寄せるのか。氏の提案する、

 

「診断名:〈発達-環境〉調整障害スペクトラム・環境帰責型(学校タイプ)」

 

というとらえ方が、環境のなかで苦しむ人たちの福音になりえるには、何が必要なのか。

 

あざとくてもいいから(たびたび失礼!)、どうか一人でも多くの人が安らかに暮らせるように、被害者や加害者となって苦しむ人がいなくなる方向に、ほんの少しでもいいから、世の中を変えていく方法を見いだしてほしい。