湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

読書メモ・柳田国雄「遠野物語」(8月2日)

ぽこ・あ・ポケモンをプレイしながら、Amazonのオーディオブックを聴いている。

 

今日選んだのは、柳田国雄の「遠野物語」。

 

何度も読もうとしては、語られる内容の陰鬱さに負けて挫折している本だけど、オーディオブックだと投げ出さずに聴き続けることができるので、今度こそ読了(聴了?)できそうだ。

 

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途中、どうも自閉症者とおぼしき成人男性の出てる逸話があり、ぽこ・あ・ポケモンの手が止まった。

 

以下、青空文庫版から該当箇所を引用してみる。

九六

 

遠野の町に芳公馬鹿とて三十五六なる男、白痴にて一昨年まで生きてありき。

 

この男の癖は路上にて木の切れ塵などを拾い、これを捻りてつくづくと見つめまたはこれを嗅ぐことなり。

 

人の家に行きては柱などをこすりてその手を嗅ぎ、何ものにても眼の先きまで取り上げ、にこにことしておりおりこれを嗅ぐなり。

 

この男往来をあるきながら急に立ち留り、石などを拾い上げてこれをあたりの人家に打ちつけ、けたたましく火事だ火事だと叫ぶことあり。

 

かくすればその晩か次の日か物を投げつけられたる家火を発せざることなし。

 

同じこと幾度となくあれば、のちにはその家々も注意して予防をなすといえども、ついに火事を免れたる家は一軒もなしといえり。

 

【ねこたま訳】

 

遠野の町で、芳公馬鹿という三十五、六歳の知的障害の男が、一昨年まで生きていた。

 

この男の癖は、路上で木の切れっ端などを拾い、それを捻り回しながらつくづくと見つめたり、匂いを嗅いだりすることだった。

 

人の家に行っては柱などをこすった手の匂いを嗅き、どんなものでも手に取って目の前に近づけ、ニコニコしながら時折それを嗅いでいるのである。

 

この男、道を歩いている時に急に立ち止まり、石などを拾い上げて、あたりの民家に投げつけて、けたたましい声で、

 

「火事だ、火事だ」

 

と叫ぶことがあった。

 

そうすると、その晩か、次の日か、物を投げつけられた家が火事を出さないということがなかった。

 

同じことが何度となくあったので、後にはそのようにされた家の者たちも、注意して防ごうとしたけれども、火事を免れた家はとうとう一軒もなかったという。

 

…………

 

細長いものを拾って捻り回しながら凝視したり、目の前にかざしてニコニコしながらじっと見るという動作は、自閉症の子どもたちがよくするもので、うちの息子(28歳)も、日々やっている。

 

芳公という人が、ピンポイントで火事を出す家を予見できた理由は分からないけれども、その家の柱や壁などの匂いから、自閉症特有の鋭い感覚で、火の出る兆候を嗅ぎ出していたのかもしれない。

 

「遠野物語」が発表されたのは、明治43年(1910年)で、柳田国雄が遠野出身の佐々木喜善を訪ねて物語の聞き取りを行ったのは、1908年のことだったという。

 

引用文中の芳公氏は、「一昨年まで生きてありき」というのだから、1906年ごろに、三十代半ばで亡くなったのだろう。ということは、彼が生まれたのは1875年(明治8年)ごろになる。

 

ちなみに柳田国雄は明治8年生まれ。

稀代の民俗学者は、自身と同世代の(推定)自閉症者の逸話を書き取って上梓したことになる。

 

だからなんだと言われると困るのだけども。

 

「遠野物語」に収録されている話には、古来語り継がれてきた神話的な物や、数百年前の歴史上の人物に関連したもあれば、明治以降の「本当にあった怖い話」みたいなものまで、幅広い時代のものがあるけれど、芳公氏の逸話はその中でも違和感を覚えるほど新しい。にもかかわらず、内容的には違和感なく収まっている。

 

自閉症の人の言行には、新旧を問わず、民話になりそうなものが多いというのは、間違いないところだろう。