こんにちは。

今日の待ち受け画像は、これだった。
「めざし」というお題をもらって書いたような気がするけど、覚えていない。
(_ _).。o○
今日は日曜日。
息子(28歳・重度自閉症)には、「日曜の午前十時に、父と買い物に行く」というこだわりのルールがあるのだけど、あいにく亭主は所用でいない。
で、息子は当然、私に買い物同行を期待するのだけど、私としては、朝からとっても寒いから、できれば外出したくない。いや、できればじゃなくて、絶対出たくない。寒い日は関節痛も辛いのだ。
というわけで、延々と押し問答を繰り広げたのだけど…
「十時、かいも
「寒いから、やだ」
「日曜日は、十時、かいもの!」
「行きたくない。足痛い」
「おでかけ。ズボンはく」
「もう履いてる。だけど行かない」
「いってきます」
「行かない」
「買い物行きます!」
……押し負けた。😭
空は晴れ渡っているけれど、北風がとても冷たい。
体感気温はマイナス1度と、天気予報アプリが言っていた。
襟元から吹き込む寒風に肩をすくめている私の横で、息子が凪いだ春の海のように微笑みながら歩いている。
時折私の様子を確認して、問題ないかと問いかけるような表情をしたりもするから、どちらが親で介護者か、分からない。
そんな息子の振る舞いを見るたびに、息子の重度知的障害という殻の内側に、健常者と同等以上の豊かな知性や感受性が存在するのではないかと、思わずにはいられない。
目的のスーパーに到着すると、息子はさっとカートを引いてきて、いつも亭主と回るのと同じ行程を進もうとする。私が別の売り場に回ろうとすると、二度までは引き止めるけど、三度目には諦めて私の意向に沿ってくれる。そういう柔軟さは、二十代になってから身についたものだ。
息子をケアしてくださっている福祉施設の方々には、「気持ちが優しいですよね」と、よく言われる。争いごとが苦手な息子は、他の利用者さんたちが喧嘩をしていると、割って入って「ごめんなさい」と謝って、止めることがあるという。学校時代も、担任の先生から同じような報告を受けたものだ。
ふと思う。
争いごとが苦手な息子が、延々と、喧嘩腰に近い押し問答をしてでも私を買い物に連れ出そうとしたのは、私にウォーキングをさせたかったからじゃないかと。
そういえば、何日か前に、「同じ歩数でも、室内ウォーキングより外歩きのほうが、脂肪燃焼率が高いんだよね」なんてことを、息子のそばで話していたような気もする。
まさかとは思うけど、絶対に違うとも言い切れない。
息子の脳の謎は、宇宙や深海の謎よりも、私にとっては奥深い。
(_ _).。o○
昨夜、寝つきが悪いのをベッドの上で持て余していたら、同じく寝つかれずにいた末っ子(21歳・大学3年)かやってきたので、久々に音読をお願いした。
睡魔導入剤が効かない夜でも、末っ子の音読を聞かされると、なぜか数分で入眠するのだ。
幾度となく母親を昏倒させている末っ子は、自分の声に何か特殊な性質があるのではないかと疑っている。
ちなみに末っ子の声質は、とくに安らぎやあたたかさを感じさせるようなタイプではなく、むしろ身も蓋もないセリフや殺伐としたジョークを吐くのに向いていると私は思っているけど、それはそれとして、よく眠れるのだから、睡眠障害の私にとっては最高の声質である。
昨夜読んでもらったのは、「やし酒飲み」(エイモス・チュツオーラ著 岩波文庫)。しばらく前に、X(旧Twitter)で話題になっていたので買ったっきり、枕元に積んであった一冊だ。
一夜明けた今日、読んでもらった内容を、ほとんど記憶していない。おそらく読み始めて数行で寝落ちしたのだと思われる。
末っ子は、明日から五日間、介護実習で老人ホームに通う予定だから、早く就寝するという。私も合わせて早寝すれば、今夜も音読を頼めるかもしれない。「やし酒飲み」の内容も気になるし、そうしようかな。
