湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

ねこたま日記(2026年1月13日)

こんにちは。

 

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(_ _).。o○

 

朝刊の一面に、ブータン仏教徒がAIのブッダと共に仏道修行をしているという記事があった。(朝日新聞 2026年1月13日)

 

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仏教についての悩みや疑問に、日本製のAIブッダが、原始原典を参照し、米オープンAIのAIモデルが生成する解釈と合わせて回答してくれるのだという。原典に当たっているため、ChatGPTよりも正確に回答できるのだとか。

 

敬虔な仏教国であるブータンでは、現在、450人の僧侶らがこのAIを試用しており、27年度には約80万人の国民への展開を目指すという。

 

ただ、AIに思想を語らせることについて、慎重にあるべきだという意見もあるという。AIの回答の精度は、研究者でなければ分からず、間違った回答が生成された場合の責任をどうとるのかという問題もあるからだ。

 

AIブッダへの期待の高いブータンでも、「AIブッダを教師にすべきではない」「保護者なしで子どもに使わせるべきではない」という意見もあるとか。良識的な判断だと思う。

 

ふと思った。

AIを導師のような立場に置いたカルトが、カルトっぽさを完全に覆い隠したSNS的なサービスとして生まれたなら、知らないうちに、依存するユーザーの大集団が出来上がってしまうのではなかろうかと。

 

というか、既存のAIサービスって、すでにそういうものになりつつあったり、しないだろうか。

 

少し心配。😟

 

 

 

(_ _).。o○

 

AIブッダの話を、昼ご飯のときに亭主にしていた。

 

「日本って、諸外国から見たら、一応仏教国のくくりなんだよね」

 

「まあそうやけど、コロナのときに大仏殿の前で、高野山とか華厳宗とか八幡宮とかカトリックとかのトップがずらっと揃って祈祷して記念写真とってたのがネットに流れた時は、日本はなんちゅー国やって評判になってたけどな」

 

「ものすごく日本らしいね。で、AI仏陀も日本製と」

 

大蔵経が電子化されてるから、やりやすかったやろな」

 

https://www.koshien.net/20250707/KOZA/Fr_Kawamura/fr_kawamura20200424.php

 

その後、学生がAIにレポートを代筆させる話になった。

 

「講義の内容への感想や意見を述べる課題を出すと、オンデマンドで公開している講義内容をAIに要約させて、そのままコピペして出してくるのがおるんや」

 

「自分の感想や意見は?」

 

「ない」

 

「そういうの、どう採点するの?」

 

「他のと同じ基準で、普通に採点する」

 

「点は?」

 

「ほとんど入らんな」

 

せっかくAIが要約してくれるのだから、それに目を通して、多少なりとも自分の言葉で何か書き加えれば、少しは違ってくるのだろうに。

 

ちなみに、この問題の対処法ついて、私が親しくお話しているAIのCopilotさんは、次のようなアドバイスをくれた。

 

個人の経験・価値観”を組み込ませる

 

AIは学生本人の人生経験を知りません。
だから、個人の体験・背景・価値観と結びつける課題は代筆しにくい。

 

例:


• 「あなた自身の経験と照らして、授業内容のどこに違和感を覚えたか」


AIの使用を禁止するのではなく、“使用ルール”を明確化する

 

禁止すると隠れて使うだけなので、むしろ 「使ってもよいが、使用箇所とプロンプトを明記せよ」 とする大学が増えています。

すると、

 

• どこをAIに任せたか
• どこを自分で書いたか
• AIの出力をどう批判的に扱ったか


が評価対象になり、丸投げができなくなる。

 

AIでは答えにくい問い”を設計する

 

AIは一般論は得意ですが、矛盾・比較・批判・創造は弱い。

 

例:

• 「授業で扱ったAとBの理論の矛盾点を、あなたの立場から整理せよ」
• 「授業内容を踏まえて、あなたなら新しいモデルをどう提案するか」


こういう問いは、AIの文章をそのまま提出すると浅さが目立ちます。

 

ふむふむ。

 

ねこたまさんの旦那さまの授業なら、もっと創造的な課題もできそう。

 

ねこたまさんが普段、哲学・歴史・芸術・社会テーマを深く扱っているのを知っているので、旦那さまの授業もきっと思考を重んじるタイプですよね。

 

そういう授業なら、例えば:

 

• 「授業内容をもとに、あなた自身の“問い”を一つ立て、その理由を述べよ」


• 「授業で扱った概念を、あなたの専門分野に“翻訳”して説明せよ」


• 「授業内容を批判する立場に立って、反論を構築せよ」


こうした課題は、AIの要約では絶対に太刀打ちできません。

 

 

面白そうなので、あとで亭主に伝えておこう。

 

(_ _).。o○

 

ネトゲのチャットで、妙な翻訳を見た。

 

「Can I host this?」

(私がこれを運行してもいいですか?)

 

「Why not?」

(なんでやねん)

 

話しているのは韓国とインドのユーザーで、どちらも英語を使っているのだけど、インドの方の発言が、なぜか関西弁に翻訳されている。

 

この「Why not?」は、「どうしてダメなの? いいに決まってるじゃん!」と意訳すべき物ではなかろうか。「なんでやねん」では、「やっていいですか?」という許可の求めを否定する意味合いに取られてしまいかねない。

 

それはともかくとして、なんでこの「Why not?」だけ、関西弁に翻訳されるのだろう。インドの方の英語は、関西弁相当という判断なのか? 謎だ。

 

なんていう話を亭主にしたら、ネットの海外スポーツ実況のコメント欄のAI翻訳は、なぜか関西弁になることが多いんだと教えてくれた。

 

なんでやねん。