昨日、息子(28歳・重度自閉症)の歯科手術があり、早朝から付き添った。
前の日は、夜9時以降は禁食、当日は朝7時以降は水分禁止。これに付き合って、私も飲まず食わずで息子を車に乗せて、7時半には出発。
8時半に、医療センター着。
2年前の手術のときは、事前に飲んだ睡眠薬が全く効かず、気持ちを穏やかにするためのガスを吸入するマスクも装着を拒否、最終手段で睡眠薬を腕に注射することになったものの、注射器を見た息子が大パニックになり、取り囲んでいたスタッフと私、合計10人ほどが吹っ飛ばされた。
その時の惨状顛末は息子のカルテに詳細に書かれていたようで、今回はその轍を踏まないように、かなり細やかに段取りを考えていただいていた。
まず、待合室で、スタッフの方が息子をあたたかく、にこやかに迎えてくださり、なごやかに談笑。といっても息子は会話ができないので、黙って周囲の気配を探っている風だった。
息子には重度の知的障害がある。知能検査をすると、IQ20ほどと言われる。けれども半端ない記憶力を持っていて、おそらくこれまで受けてきた歯科手術のことは、全て覚えていると思う。
だから、早朝に医療センターに来た時点で、今日は手術だと察知したはずで(いつもの検診や歯石取りは午後になる)、スタッフの方々がにこやかに接近してくるたびに、身体を引き気味に胡散臭そうな顔をしていた。
ただ、息子としては、手術を全拒否するつもりはなかったようで、いろいろと分かった上で、なんとか乗り越えようとしている気配があった。
どうしても受け入れ難い状況を前にしたとき、息子はサイレンのような奇声を間断なく発する。歯科検診が苦手だった幼少期には、車に乗った時点で奇声を発し、待合室に入ってからは絶叫モードとなり、診察室に入るのに30分もかかっていた。昨日は手術だと分かっていたようなのに、行きの車の中ではほぼ無言、歯科に着いてからも奇声はほとんど出さず、自分の中で葛藤しているようだった。
そういう息子自身の成長に加えて、術前に出してもらった液体の鎮静剤(ドルミカムという、甘いお薬らしい)が、かなりいい感じに効いたみたいで、牛歩に近い歩みではあったものの、手術室まで自力で入ることができた。
注射器が視界に入ったときには、さすがに腕を隠そうとして抵抗したけれども、前回のようにスタッフや私が吹っ飛ばされることもなく、息子なりに手加減しつつ抵抗しているのが伝わってきた。
手術台の上に寝かされた半睡半醒の息子を見届けて、私は退室。しばらくしてまた手術室に呼ばれ、完全に眠った息子の口の中の状況と、治療の内容について説明を受けた。
以前の手術での詰め物が三箇所ほど取れてしまい、そのうち一箇所が虫歯になっていたけれども、幸い神経に届くほどではなかったので、詰め直しだけで終わるとのことだった。
また、上下4本の親知らずのうち、3本が、この2年で成長していて、いずれ歯茎から頭を出しそうだけれど、すぐに出てくるわけではないから、今回は抜歯せず、様子をみるとのこと。残りの一本は、完全に横向きになっているので、おそらく頭を出すことはないけれど、横の歯を圧迫するなどして、歯茎が腫れたりする可能性もあるので、そうなったら抜歯を視野に入れるという。
親知らずの動向はどうしようもないけれど、とにかく歯磨きや口内の清潔に気をつけて、虫歯や痛みの出ることのないように頑張りましょう、ということになった。
手術が終わったのは、11時半くらい。その後、安静に過ごすための、床にマットを敷いた部屋に案内されて、息子の麻酔が覚めるのを待った。
安静部屋に入った時点で、息子は目を覚ましていたけれど、酩酊したような状態らしく、ずっと私にもたれかかってうとうとしていた。
息子の重い上半身を支えながら、私は本を読んでいた。
待ち時間が長いことは覚悟していたから、本を2冊、バッグに入れていた。(Kindle paper whiteを持っていけば軽く済んだのに、なぜか意識から抜けていた…)
岸本尚毅「文豪と俳句」集英社新書


安静室で「文豪と俳句」に付箋を貼りつつ読んでいると、私の肩に頭を乗せている息子の視線を手元に感じた。
息子は文字にこだわりがあり、活字を見ると、読めない文字列であっても目で行を追うことがある。
ひらがな、カタカナは、全部読める。
漢字については、小学校3年までにならう字であれば、読み書きをほぼ習得しているはずだけど、この10年ほどは自宅学習をしていないから、どの程度覚えているか、分からない。
ふと思いついて、芭蕉の句をメモ帳に大きく書いて、読ませてみた。
夏草や つわものどもが 夢のあと
「夏草」「夢」を、息子はふりがな無しで読めていた。
「夏」と「草」は、療育教室の宿題で、たくさん練習させた記憶がある。「夏」は小学二年、「草」は小学一年で習う漢字だ。
けれども、「夢」という漢字を教えた覚えがない。ネットで調べたら、小学五年で教えられる字だという。
息子は、どこで「夢」を覚えたのだろう。
もしかして、テレビだろうか。
我が家の居間にある大きなテレビは、ほぼ息子専用で、もっぱらNHKばかりを視聴している。いわゆる教育番組が放映される時間帯は、息子は施設通所しているから、見るのは夕方から夜10時くらいまでの番組に限られる。
「夢」という字にルビをふった映像が繰り返し出てくるような番組があれば、息子がそれを見て習得した可能性はあるけれども、そんな番組があっただろうか。
NHKが「夢であいましょう」を放映していたのは、1961年から1966年までで、私はかろうじて薄い記憶があるけれど(テーマ曲を途中まで歌える)、平成生まれの息子がそれを見たはずもない。
子ども向けに放映されていた「音楽ファンタジー ゆめ」は、DVDも買っていて、息子のお気に入りだったけど、漢字ではなくひらがなの「ゆめ」だから、これも違う。
もしかすると、私が忘れているだけで、療育で「夢」の字の書き取りをしていたのだろうか。
「夢」の謎が解けないまま、「文豪と俳句」を読むのに少し疲れたので中断し、もう一冊のテンプル・グランディン博士の本を読み始めたら、また息子が目で行を追い始めたので、メモ帳に「自閉症の脳を読み解く」と書いて読ませてみたけど、残念ながら、「閉」「症」「脳」が、読めないようだった。
「脳」は小学六年で習う漢字だという。
息子の概念世界に、脳という臓器が存在しているかどうかは、知るよしもない。脳だけでなく、腸や肺、肝臓など、人体の見えない部位を教えるのは、精巧な人体模型があっても難しいかもしれない。模型の部位と同じものが、自身の体内にもあることを、息子に理解してもらう方法が、全く思いつかない。
けれど、ちょっと教えてみたい気もする。

