こんにちは。
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昨日はブロッホの「希望の原理」を読みながら、この本が出た頃の西欧の状況について、思いを馳せみたものの、なにも知らないということを再確認するばかりだった。知らないことが本当に多い、知らないまま年を取ってしまったと、日々痛感する。
1960年代生まれの私にとって、1950年代のヨーロッパというものは、映画や小説などから多少雰囲気を知ることのできる程度の、縁の薄い場所だ。
思い出すのは、オードリー・ヘップパーン主演の「ローマの休日」(1953年公開)や、ソフィア・ローレン主演の「島の女」(1957年)、フェデリコ・フェリーニ監督の「道」(1954年)などだろうか。
映像のなかの物語や人々は素敵でも、そこへ行きたい、あるいはそこで生きてみたいとは思えない場所だった。
ちょっと脱線。
「ローマの休日」のヒロインであるアン王女は、なんとなくイギリス王家の人だと思っていたけど、実のところ映画ではどこの出身であるのかが明らかにされていないという。
仮にイギリスだとして、終戦からそれほど年数の経っていない時に、敵国だったイタリアに親善訪問するものなのだろうか。
と思って、エリザベス女王の国外訪問の記録を調べてみたら(Wikipediaに記録が整理されていた)、イタリア訪問は1961年とあり、それが大戦中に敵対した枢軸国側だった国への初訪問のようだ。ちなみに西ドイツへは1965年、日本へは1975年になってようやく訪問されている。
けれどもエリザベス女王は決して出不精だったわけではなく、1952年に即位してから、ものすごく勢力的に諸外国を訪問しており、「国家元首として、最もたくさんあちこち出回った人」と言われているという。
1950年代の女王の公式訪問先は、パナマ、リビア、ノルウェー、スウェーデン、ポルトガル、フランス、デンマーク、オランダ。60年代になってからは、アフリカの国々にも精力的に出向いている。
エリザベス女王の目には、そのころの世界はどのように見えていたのか、知りたいと思ったけれども、残念ながら、ご自身の手による著作、自叙伝といったものは出ていないようだ。
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朝日新聞の朝刊で、アメリカに連行されたベネズエラ大統領が、ニューヨークの連邦地裁に出廷したという記事を読んだ。
「私は無実だ。まともな人間だ。我が国の大統領だ」
「まともな大統領」というのは、いきなり隣の国に攻め込んで大統領夫妻を拉致ったりしない大統領のことだろうか。
国の事情によって、正義の在りどころが違うのは分かるけれども(分かるというか、仕方がないというか)、どこかで大きな力を振るわれた時に、それがドミノ倒しのように波及して、コントロール不能な事態が引き起こされるかもしれないことを、大統領という立場の方々は、どこまで先読みしておられるのだろう。ベネズエラはロシアや中国に支援を依頼しているとか。誰が見ても嫌な構図だろう。
20世紀の世界では、世界大戦という最悪な事態が二度も起きて、世界中の「大統領」的な立場の人々も、そうではない立場の人々も、散々懲りただろうに。
トランプ大統領は、1946年生まれだという。日本人なら戦争を知らない世代ということになるけれど、あそこの国はずーっと戦争をしてきているのに、いろいろと懲りる機会はなかったのだろうか。
Wikipediaに、「アメリカ合衆国が関与した戦争一覧」がまとめられていた。エリザベス女王の訪問記録といい、本当に痒いところに手の届く勢いの有難い情報サイトだ。20世紀は国内の反乱も含めて27回。すごい数だけど、私がすぐに思い出せるのは、2回の世界大戦のほか、ベトナム戦争、湾岸戦争、ソマリア、コソボくらいか。
21世紀に入ってからだと、フセイン大統領が処刑されたイラク戦争、シリアへの介入、昨年のイランの核施設への攻撃…
今回のベネズエラへの攻撃は、イランへの夜討ち…「真夜中の鉄槌作戦(ミッドナイト・ハンマー)」というらしい…と同じような感じだったのだろうか。
なんだかな。
1900年代初頭に生きていた人々の多くは、これから世界戦争が二回も起きるなんて、想像もしなかったんじゃなかろうか。第二次世界大戦が始まった頃には、まだ江戸時代(1603年〜1867年)生まれの老人(73歳以上)が生きていたはずだ。江戸の町は何度も大火に見舞われてはいただろうけど(ラストは安政江戸大地震、1855年)、空から降ってくる爆弾で焦土と化すなんて、想像できただろうか。
そして、令和8年の私にも、いま起きているいろんなことの先に何があるのか、さっぱり分からない。
日本の場合は、起こらないはずがない大地震を心配するほうが先かもしれないけど。
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ベネズエラについて、全く何も知らないので、分かりやすそうなKindle本を探したら、なんだか
ものすごいタイトルの本があったので、お試し版を読んでみた。
ウーゴ・チャベス(一九五四 ~二〇一三年)。
一九九九年にベネズエラ大統領に就任し、「二一世紀の社会主義」と反米主義をかかげ、「熱帯のドラゴン」とも呼ばれた南米の風雲児。
強烈なカリスマに恵まれた彼は、貧困層を中心に熱狂的な支持を獲得する一方で、国民を「敵と味方」に分け、ベネズエラ社会を二極化させた。
チャベス大統領によってベネズエラ人は、彼を支持する「プエブロ」(「国民」)と反対する勢力に二分され、大統領の煽動的なレトリックと偏重した政策によって、両者間の亀裂は深まっていった。典型的なポピュリストのスタイルだ。
アメリカに拉致された大統領は、ウーゴ・チャベス氏の忠実な後継者なんだそうだ。
彼らの政策の結果、インフレ率が13万パーセントにも上り、国民の64パーセントが、11キロ痩せてしまい、「マドゥロ・ダイエット」と呼ばれているのだとか。凄まじすぎて想像を絶する。民主主義が溶解して経済破綻したら、そりゃそんなふうにもなるだろう。
この国、この後一体どうなるんだろうか。

