だいぶ日にちが開いてしまったけど、前回の続きから。
そもそも人間はだれしも、努力することによって未来に生きる。
過ぎ去ったものは後になってようやく現れ、真に現在するものはほとんどまだあるかなきかの存在でしかない。
「希望の原理」第1巻 19頁 2行-4行
この少し前に、「考えるとは、踏み越えることである」とあり、けれどもそれは「前方というただの真空状態にただ夢中になって」入っていくことではなく、「歴史のなかにそなわっている弁証法的に進展する傾向を知り、活性化することである」と書かれています。
そのことを踏まえると、「人間はだれしも、努力することによって未来に生きる」というのは、現に存在する状況をよく観察分析して、そのなかに媒介されている新しいもの、すなわち未来に通じるものを把握し、状況の弁証法的進展を活性化することによって、未来を創生する、ということなのかなと思います。
「過ぎ去ったものは後になってようやく現われ〜」は、未来の状況と結びつくことによって、あるいは未来をもたらすものであることが明らかになった時点で、過去の事象が意味を持つということでしょうか。このあたり、よくわからない部分です。
来るべき未来は、恐れられ、あるいは期待されているものを含む。
人間の志向にしたがえば、つまり挫折がなければ、それはもっぱら期待を内容とする。
希望の機能と内容はたえずやむことなく体験されている。そして、上昇する社会の時代にあっては、それがたえず能動化され、拡大された。
19頁 4-6行
「上昇する社会の時代」から連想されるのは、帝国主義や植民地主義ですが、たしかに上昇する側の国の視点では、その「来るべき未来」は「期待」に満ちたものだったかもしれません。逆に支配され搾取される側にとって、その未来は大いなる「挫折」であり、恐るべきものだったはずです。
現代ではどうでしょう。
今現在、どのうな「未来」が期待され、あるいは恐れられているのか。
日本人であれば、まずは大地震などの天災や、パンデミックの危機などに脅かされることのない、安全な未来を願う人が多いかもしれません。
日本列島の住人は、それらの災厄に頻繁に苦しめられ続けてきた長い歴史を持っています。
「日本書紀」には、天智天皇の時代(684年)に発生した、白鳳大地震の記録があります。南海トラフ地震であったと推測されるこの地震と津波により、多くの家屋が倒壊し、田畑が水没し、船が多数行方不明になったようなので、天武天皇の治世を相当に圧迫したであろうと思われます。
そうした災厄は、古代から現代に至るまで、為政者が誰であるとか、所属階級がどうであるとか、イデオロギーがどうであとかいうことに関わらず、問答無用で無差別に襲いかかってくるものなで、同じ未来の希望を抱きやすかったかもしれません。
その結果、地震対策などが諸外国よりも「能動化」「拡大化」されて、安全性が増したのだとすれば、喜ばしいケースであると言えそうですが、ブロッホの念頭にある「希望の機能と内容」は、おそらくそうしたものではなかったはずです。
ただし今日の西欧のように、下降する老いた社会の時代には、ある種の部分的なうつろいやすい志向がひたすら下方への一途をたどる。
そのとき、下降から抜け出せない人びとにあっては、恐怖が希望の前にたちはだかり、希望にさからう。そのとき、恐怖は危機現象の主観主義的な仮面として現れ、ニヒリズムがその客観主義的な仮面をなす。
危機現象とは、つまり、耐えてはいるが見通されてはいず、嘆いてはいても転換されてはいない現象のことである。
19頁 6-10行
ブロッホが西欧を「下降する老いた社会」であると捉えているのは、なぜなのか。
「希望の原理」は1959年に出版されているので、この前書きが書かれたのはそれ以前ということになります。
第二次世界大戦後、かつて「帝国」として、広大な版図を抱えていたイギリスやフランスは、植民地の独立化によって、世界の中心としての地位から滑り落ちていきつつありました。
また、思想や文化の面では、戦争による傷つきからの回復の過程で、保守的な価値観が再構築され、旧来の家族制度や宗教観が尊ばれるようになり、革新的な考えは抑えられる傾向があったようです。その流れは、1960年代以降のカウンターカルチャーや学生運動が始まるまで続きます。
転換は、ブルジョア的基盤の上では、ましてすでに深淵が現われてブルジョアがそこにはまりこんでしまっている現状では、どっちみち不可能であり、転換がかりに望まれているーーそんなことはおよそないがーーばあいですら、無理な話である。
いかにもブルジョア的利害というものは、他のそれに対立する利害の何でもかんでも、自身の挫折に引っ張りこんで道連れにしたがる。そこで、新たな生命を疲れはてさせるために、自身の断末魔の苦しみを、一見根源的な存在論的なものにみせかける。ブルジョア的存在の行きづまりが、人間的状況一般の、存在そのものの行きづまりに拡大される。
むろん長続きはむりである。ブルジョア的な空無化は、そのなかでだけ発言をくり返している階級同様、一日天下のはかないものであり、その階級にはつきものの、自身の悪しき直接性という見せかけの姿同様、フラついたものである。
希望のないことは、それ自身、現世的な意味でも事象的な意味でも、何よりも耐えがたいことであり、人間の諸要求にとってまったく我慢のならないものである。
だからこそ、欺瞞ですら、それが有効であるためには、おべっかをつかい、堕落したやり方で希望をかきたててはたらかざるをえないのである。
だからこそ、くり返しまた希望が、ただの内面性に限定するにせよ、彼岸への慰めで釣るにせよ、あらゆる説教壇から説かれる。
だからこそ西洋哲学のごろつきどもでさえが、乗り越え、踏み越えるという概念を質入れしないことには、もはや彼らの悲惨(ミゼーレ)の哲学を提出することができないのである。
それはすなわち、人間は本質的に未来によって規定されているということにほかならないのだが、ただし、未来とは、バー未来喪失亭の看板でござい、而して人間の運命は無なり、という、みずからの階級状態から具象化した、シニカルな関心にもとづく意味合いでのことでしかない。
19 頁 10行 - 20頁 4行
1950年代の西欧における「ブルジョア的基盤」とは、どのようなものだったのか。
戦後の復興が進み、安定した雇用と衣食住を保持する中産階級が増えた状況の根底にあるものを「ブルジョア的基盤」とするならば、たしかにその渦中にあって安定を救助する人々は、それを「転換」しようとは思わないでしょう。
では「ブルジョア的存在の行き詰まり」とは、何だったのか。
工業化が進むなかで、保守的な価値観を持つ旧来の中産階級の人々は、戦後の価値観の変動についていけず、また、新しい中間層(ホワイトカラー、完了など)の社会的地位の上昇に伴い、その立場を失いつつあったようです。
けれども、ブルジョア的存在が「自身の断末魔の苦しみを、一見根源的な存在論的なものにみせかける」というのは、具体的にはどんなことだったのか、ちょっと想像が及びません。
なので、AIのCopilotさんに質問してみました。
1. 社会的特権の喪失を「人間存在の不安」として語る
しかし彼らはそれを「社会的地位の低下」としてではなく、「世界における自己の意味の喪失」や「実存的不安」として語る。
例:サルトル的な「自由の重さ」や「選択の不安」が、実は社会的な特権の揺らぎから生じているにもかかわらず、それを普遍的な人間の苦悩として表現する。
2.文化的支配の終焉を「芸術の死」として嘆く
文化的支配の終焉を「芸術の死」として嘆く
3. 政治的影響力の低下を「秩序の崩壊」として表現する
それを「社会秩序の崩壊」や「道徳の退廃」として語り、自らの価値観を普遍的な“正義”として主張する。
例:保守的知識人による「家庭の崩壊」「若者の堕落」への警鐘。
このように、歴史的・階級的な変化を“普遍的な人間の苦悩”に仮装することで、ブルジョワ的存在は自らの没落を見えにくくし、同時にその苦悩に“深み”や“高貴さ”を与えようとしたのかもしれません。
ここまで読んだ「まえがき」では、具体的な個人名は出てこないけれども、もしかしたら哲学者のなかに、そのような欺瞞的なすり替えを行うブルジョア的な哲学者がいたのかもしれません。そうした人々は、ブロッホにとっては、「西洋哲学のごろつきども」という罵詈雑言に相応しい存在だったのでしょう。
誰だったんですかね。
わからないので、Coopilotさんに「西洋哲学のごろつきども」というお題でイラストを描いてもらいました。
