こんにちは。
むき出しの命の意味 人生のコントロールを超えて
(略)
グアダルーペ・ネッテル『一人娘』(宇野和美訳・現代書館)の語り手であるラウラは自分自身に驚く。女性にとって、子どもを持つこはキャリアを台無しにする行為だと彼女は確信してきた。
だが友人のアリナが妊娠した、という知らせを聞いて、自分の内側から喜びが溢れていることに気づく。
しかし、この感情は続かなかった。出生前の検査で、生まれてくるはずのイネスは遺伝子の異常で脳が発達しきれていないことがわかる。おそらく呼吸すらできず、誕生と同時に亡くなるはずだ。こうしてアリナは、娘の誕生を心待ちにしながら、同時に別れに備えてグリーフケアに通い始める。
準備した子ども部屋を片付け、葬式やお墓の準備までして迎えた出産だったが奇跡が怒る。なんとイネスは死ななかったのだ。
さらには徐々に音や光に反応するようになり、ついにはトレーニングを通して、自力で体を動かせるまでになる。そのためには、周囲の人々による凄まじい日々の努力が必要だった。もちろんイネスはいつ亡くなるか分からない。けれども、そのことに絶望していてはアリナは生きられない。そうした闘いの中にある彼女を、ラウラは友人として支え続ける。
(朝日新聞 文芸時評 翻訳者・米文学者 都甲幸治 2025年12月26日 朝刊)
書評を読んだだけで、心の底から共感が溢れてくる。
人生はコントロールできるようなものではないと、私自身、育児を通して骨の髄まで叩き込まれてきているのだから。
お値段3000円……高いけど、どう考えても、読まないわけにはいかない作品だ。
著者のグアダルーペ・ネッテルはメキシコの作家だという。
グアダルーペという名前は、「褐色のマリア」とも呼ばれる守護聖人の名前で、中南米の国々で深く信仰される存在だという。著者の名も、この聖人にちなんでつけられたものだろうか。
生涯にわたって生命維持装置に繋がれることが運命付けられている子どもたちと、その母親たちを(父親の登場は少なめだった)、自分の子の入院先や療育の場で、大勢見てきている。メキシコにもそんな母子がいるのだと思うと、太平洋の向こうの大陸が一気に身近にあるように思えてくる。
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一昨日は、息子(28歳・重度自閉症)の誕生日だった。
大変なお産だった。なかなか生まれなかったため、陣痛室に二泊三日して、最終的には陣痛促進剤を使った。出血が結構あったためか、産後も分娩台から3時間ほど下ろしてもらえず、寝たままサンドイッチか何かを食べていたような記憶があるけれど、28年も前だから、いろいろ忘れてしまっている。
まあお産よりも、その後の方がずっと大変だったのだけど。
覚えているうちに、いろいろ書き留めておいたほうがいいかもしれない。
