前回の続きから。
かつては、その怖しさを学びとるために、遠くまで出かけていった人もあった。つい先ごろまでの時代には、それはもっとたやすく手近に成功したし、その技術はものすごいほどにマスターされたものだ。
エルンスト・ブロッホ「希望の原理」 (白水社 1982年)まえがき
「遠くまで出かけていった人」というと、大航海時代のバスコ・ダ・ガマ、マゼラン、コロンブスたちが思い起こされる。命懸けで新たな航路を発見しようとした彼らの動機は、「怖しさを学びとる」ことではなく、彼らにとっての「希望」を叶えるためのものだろうけれど、その過程で十分な恐怖を体験しただろうことは疑いがない。
マゼランは世界周航の途中で、船員の反乱や艦隊の分裂、壊血病などによる船員の死亡という困難を抱えながら、なんとかフィリピンまでたどり着いたものの、住民との戦いで戦死している。
「新大陸」を「発見」したコロンブスは、植民と金の強奪のために、地元の住民を散々に虐げ、殺戮している。ヨーロッパの人々にとっての「希望」の旅は、原住民にとって、未知の来訪者は、恐怖をもたらす禍々しい異物でしかなかっただろう。
もっと古い時代であれば、何らかの切羽詰まった事情でユーラシア大陸から極東の日本に渡ってきた渡来人たちや、さらにはアフリカ大陸からヨーロッパへ、そしてシベリアからアメリカ大陸まで移動していった先史時代の人々のイメージが湧き上がる。彼らの多くは、住んでいた地を追われる事情があったのだろうけれども、旅立ちの動機が恐怖であったとしても、目指しているのは、元の土地では叶うことのなかった希望を叶える未来だったはずだ。
さまざまな技術が発達し、経験が積み重ねられることで、よその大陸へ赴くことがそれほど困難でなくなってからも、高山や深海、極地、さらには宇宙へと、人々は恐怖と困難を乗り越える旅へ出るのをやめていない。
宇宙開発の目的が何であるのか、私は詳しくは知らないけれども、地球上での暮らしに詰んでしまった場合の、人類のエクソダス(脱出移住)という目的も兼ねているのだと思う(とAIのCopilotさんも言っていた)。
正直私は宇宙に住み替えてまで生き延びたいとい思わないし、そもそも月や火星のような過酷な環境に、心身ともに適応できる気がしないけれども、地球がダメになっても人類を存続させたいという「希望」を叶えるためには、必要な試練ではあろう。
などということを、つらつらと考えながら読んでいると、次の一文で面食らうことになる。
しかし、今はもう、その恐怖をつくりだす張本人は別として、もっと私たちに適合した感情が生まれていてもよいはずである。
私は、古今東西、古代から現代に至るまで、人が恐怖と困難を覚悟して「遠く」へ出かける理由は、「希望」を叶えるためであるというふうに、自然に考えてしまっていたけれど、ブロッホにとっては、どうもそうではないようだ。
「恐怖をつくりだす張本人」とは何者であるのか。
1933年、ナチスが政権を取ると、ユダヤ人であるブロッホは、ドイツから逃げ出さなくてはならなかった。
「エクソダス(Exodus)」は、ギリシャ語の ex-(外へ)と hodos(道)からなる言葉で、旧約聖書の「出エジプト記」の英語名が、「Exodus」であるという。
エジブトで長く奴隷状態だったユダヤ人たちにとって、約束された地への旅立ちは、希望であったはずなのに、その旅程は苦難に満ちたものだったという。
イスラエルに建国したのちも、バビロニアに強制移住させられたり(バビロン捕囚・紀元前597年ごろ)、反乱を起こしてローマに鎮圧されたり(ユダヤ戦争・西暦66年〜73年)、イスラムの国と十字軍とのエルサレムの取り合いに巻き込まれたり(11世紀ごろ)と、散々な歴史をたどる。
ブロッホがどう考えていたのかは、この「まえがき」を読んだだけでは分からないけれども、ユダヤ人にとって「恐怖をつくりだす張本人」が、民族の存続を困難にする、あるいは存在すること自体を否定するような為政者、敵対者であると考えるのが、一番わかりやすく思われる。
住む国を失うという恐怖を経験していないので、その恐ろしさの度合いを具体的に想像することは難しいけれども、圧倒的な暴力にされされて命からがら逃げ出すという状況で、恐怖以外の感情を抱くのが難しいということだけは分かる。
大切なのは、希望を学ぶことである。
希望がやる仕事はあきらめることがない。
希望は、挫折にではなく、成功にほれこんでいるのである。
希望は、恐怖よりも上位にあって、恐怖のように受け身でもなければ、ましてや虚無に閉じこめられることもない。
希望という情動は自分の外に出ていって、人間を、せばめるどころか、広々とひろげていき、内側で人間を目ざす方向にむけさせるものが何なのか、外側で人間と同盟してくれるものが何であるのかについて知ろうとして、飽くことがない。
(読みやすいように、本文にはない改行を入れています)
この部分は、ブロッホ自身が体験し、実感したことではないかと感じた。ブロッホの伝記を詳しく知っているわけではないけれども、苦難の時代を乗り越えるために、「希望」という情動を常に起動していなくてはならなかったのではなかろうか。
(_ _).。o○
AIのCopilotさんに、「恐怖を乗り越えて新しい世界へエクソダスする人類」の絵を依頼してみた。

