湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

読書メモ…上村裕香「救われてんじゃねえよ」

なんだかすごい小説を見つけてしまった。

 

上村裕香「救われてんじゃねえよ」新潮社

 

見つけたきっかけは、ネット版朝日新聞の見出しだった。

 

「漏れる」介護の母と転倒、現れた小島よしお 悲劇の定型に抵抗する

 

www.asahi.com

 

一読、意味が見えない。

なぜ介護現場に小島よしおが現れるの?

 

思わず記事を開いて読み、「救われてんじゃねえよ」という、出版されたばかりの小説の内容であると知った。

 

Kindleで無料お試し版があったので、さっそくダウンロードして読んだ。

 

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貧困家庭で、脳腫瘍の母を介護する主人公。

 

介護も家事も手伝わない、自堕落で浪費家の父。

子どもの人生を躊躇なく搾取する、幼稚で身勝手で、衛生観念を持たない母。

 

大人として限りなくダメな両親は、娘のいる部屋で頻繁にセックスし、娘の修学旅行の積立金を支払わず、せっかく貰った母の障害年金も、無駄な贅沢品で使い果たしてしまう。

 

親からの愛情も、親への愛情も感じられない日常のなかで、主人公は一人で家事をやり、母を介護し続ける。

 

クラスメートが修学旅行で枕投げをしている頃、主人公は自力でトイレに行けない母を支えて立ち上がらせるも、母の歯槽膿漏の酷いにおいに顔を背けた途端に二人で転び、主人公の頭には健康器具が落下。痛みに煩悶するうちに、母はその場で尿を漏らしてしまう。

 

そこを狙ったように、主人公秘蔵のBL本がなだれ落ち、テレビのリモコンに当たってスイッチが入り、大音響でテレビがついた。

 

画面には、海パン一丁で叫ぶ小島よしお。

 

「でもそんなの関係ねえ!」

 

救いなど微塵もない状況で、主人公は母と共に爆笑する。

 

健康器具の下敷きになったまま、また笑う。笑い上戸の酒飲みになったみたいに、すべての事象に笑った。わたしの B L本たちがお母さんのおしっこでふやけている。

 

『はい、オッパッピー!』

 

 顔をあげる。テレビ画面の明るさにめまいがする。夜のバラエティ。一発屋傑作選。小島よしおでいまこんなに本気で笑ってるの、きっと、わたしたちだけだ。

 

この直後、高価なカメラを買い込んだ父が帰宅する。主人公の絶望の上にさらなる絶望が積みあがるけれども…

 

お母さんは布団にリモコンをぶつけながらこちらを振り向いた。そして、お父さんを目に映したその瞬間に、脊髄反射みたいに、

 

「あ、おかえり!  今日病院行ってね、脳腫瘍が見つかったの!」  

 

と満面の笑みで言った。隣でお父さんが「はあ?」とバカでかい声を出す。

 

「ほらあ、あたしがおかしかったんじゃないでしょ」

 

続けられたお母さんの言葉に、わたしは今度こそぶっと吹きだしてしまった。

 

「嬉しそうに言うな」

「また病気なったんか」

 

わたしとお父さんが同時にツッコむ。

 

「まず心配してよ」

 

お母さんがむくれて言った。ふ、ふ、と同時に息を漏らして、三人で声を立てて笑った。

 

このダメな両親は、あろうことか、このあと風呂場でセックスを始めようとする。

 

「いま」

「あとで」

「いまがよか」

「聞こえるからダメだって」

 

 風呂場での会話に聞き耳を立てていると、テレビが CMに切り替わった。  

 

林修が『いつやるか?  今でしょ!』とドヤ顔で言う。

 

奇跡のようなタイミング。

主人公は布団にもぐって爆笑する。

全く救われない現実のなかで、この笑いだけは手放しちゃいけないと思いながら。

 

……

 

お試し版は第1章のみ収録したものなので、続きを読むために製品版を購入。

そして、読了。

 

第二章 泣いてんじゃねえよ

第三章 縋ってんじゃねえよ

 

奨学金をもらって東京の大学に進学した主人公は、コロナを理由に実家に帰らずにいたけれど、地元でのインターンを紹介されたことをきっかけに、帰省することになる。

 

そこで主人公は、自分がいなくても、両親の生活がちゃんと回っていたことを知り、そのことに微妙な衝撃を受ける。

 

けれどもダメな大人である彼らは、主人公が身近にいるとなると、再び容赦なく寄りかかろうとしてくる。

 

地元に就職して家に金を入れるように言う父。

病気を理由に東京での就活の面談を堂々と妨害する母。

 

母のうんこがついてしまった、エントリーシート

 

主人公は、以前のように両親に頼られることに安堵しつつも、これ以上背負いこんでいくことをやめる決意をする。

 

 

いやもう、すごい。

 

二十歳そこそこで、そしてこの絶望的に閉塞した状況で、そういう状況でしか生まれない、甘美で麻薬的な依存関係から、自分を切り離す勇気を持つことのできた主人公は、本物の勇者であると思う。

 

そしてその稀有な勇気の核となったのが、善意の第三者などではなく、主人公とは全く無縁の存在である、海パン一丁の小島よしおだったということに、言葉もない。

 

私と同世代の「娘」たちのなかには、閉塞した「楽園」から出ることをしないまま老いつつある人たちが、おそらくたくさん潜在している。何らかの病みを抱える親に従い支えるべきと言う、社会の圧や自分の内面の声に縛り付けられるだけでなく、そこから抜け出る道を見ることをしないまま、還暦を過ぎてしまっているのだ。

 

主人公は、ダメで甘やかでどうしようもない両親の暮らす、便臭漂う八畳一間を、自分に約束された楽園と思い込まされる寸前で、自分の人生を生きるために外に出た。それほ本当に素敵なことだ。その選択は、おそらくはダメな両親の人生をも、少しはまともにしたはずだ。