(↑日本にこんな滝はないというツッコミは、AIイラストアプリ「Designer」にお願いします)
滝間月
やはらぐる光そふらし滝の糸のよるとも見えずやどる月影
(やわらぐる ひかりそうらし たきのいとの よるともみえず やどるつきかげ)
拾遺愚草 藤原定家
【語釈】
- やはらぐる光…漢語「和光」を和訳したもの。和光同塵、和光垂迹の意。
- 和光同塵…仏教用語。仏、菩薩が本来の輝きを和らげて、塵に穢れたこの世に仮の姿を現し、衆生を救うこと。
- そふ…添える。
- よる…夜と、(糸を)縒るとを掛けている。「糸」と「縒る」とは縁語。
【意訳】
御仏の光が、白糸を縒るかのような滝の水に、輝きを添えているようだ。夜とは思えないほど、月の光が滝に宿っている。
……
建仁元年(1201年)の十月、後鳥羽院の熊野行幸に随行したとき、藤原定家が那智の滝を詠んだ歌だという。
往復600キロほどを一カ月かけて移動するという熊野詣は、行って帰るだけでも大変だと思うけれど、後鳥羽院たちは旅の途中で何度も歌会を開催し、和歌の研鑽を積んだらしい。
当時の後鳥羽院は21歳ほど。ピチピチの若者だ。
一方、定家は39歳。若くない。
しかも病弱だったらしく、冬になると酷い咳に悩まされていたのだとか。10月の熊野詣は、地獄のようにキツかったことだろう。
詞書の「滝間月」というのは、歌会で出された「結題(むすびだい)」だという。
「結題」は、漢字三〜四文字ほどで、二つ以上の事柄をまとめてお題として出す方式で、この場合は「滝」と「月」の両方をお題として歌を一首詠むことを求められている。
後鳥羽院の熊野行幸中の歌会では、「結題(むすびだい)」が多く出されたらしい。
この歌は、「拾遺愚草」の中では「神祇(しんぎ)」の歌として収録されている。
「神祇(歌)」は、勅撰和歌集の部立ての一つで、神に手向けた歌や、祭礼関連の歌、託宣の歌などが該当する。
熊野詣の最中に詠まれた歌であり、和光同塵の意味を帯びる「やはらぐる光」という、明らかに仏教的な言葉が読み込まれているので、「神祇歌」であるのは確かだ。
定家はこの歌の他にも、建久2年(1191年)に十題百首歌(十のお題に十首ずつ、合計百首)を詠んだとき、「神祇」の歌として、「やはらぐる光」の歌を詠んでいる。
やはらぐる光さやかにてらし見よたのむ日吉の七の御社
この歌では、あからさまに神仏が意識されているけれど、冒頭にあげた那智の滝の歌では、歌人の意識の焦点は、どちらかというと仏の慈悲と叡智の光よりも、月光を宿して輝く滝の水のほうに当たっているように思われる。
糸がほどけ落ちるような繊細な滝の姿が、月光に照らされて、夜とは思えないほどに光を乱射している…その情景が歌の主題であり、「やはらぐる光」という言葉は、その情景の神聖さを高めるために「添え」られたようにも思える。
「結題」で歌を詠む場合、必ずしも眼前のリアルな情景だけで歌を完結させなくても良かったらしく、熊野詣の歌会でありながら、熊野とは無関係な歌枕を引っ張ってくる場合もあったらしい。
なので、もしかしたら定家も、月光で輝く那智の滝を見ながら「やはらぐる光」の歌を詠んだのではないのかもしれない。
そもそも、月夜の那智の滝は、本当に「見える」のだろうか。
夜中の那智の滝の写真をネットで探してみたら、紫色に光り輝く那智の滝がたくさん出てきたのでびっくりした。
どうやら、ライトアップするイベントがあったらしい。😅
ライトパープルに輝く那智の滝……
わかりやすくきれいだけど、何かちょっと違うような気がしなくもない。
気を取り直して検索しなおすと、星空の下で白く見える那智の滝を撮影した写真が、確かにあった。
定家も、同じような那智の滝を見たのかもしれない。
【多少怪しい意訳】
院のスポ根な無茶振りが酷すぎる。
アラフォーの喘息持ちに真冬の熊野詣なんか、させるか普通!?
往復600キロの強行軍とか、春でも死ぬよ?
しかも平地じゃないのよ、山道なのよ!?
一歩間違ったら死の彷徨よ?
ここに来るまで、何度かキラキラした極楽浄土っぽいのが見えたから、もうこのまま素直に逝っちゃおうかと思ったのよ。
だけど毎回、院のスポ根な掛け声で現世に引きずり戻されちゃうんだよ。こんな風に…
「よーし! 今日から那智キャンプだ! 歌会千本ノック、オールナイトで行くぞー! コラ定家! お題をしっかりキャッチしろ! 一球でもミスしたら、一晩中走り込みだからな!」
うん、現世じゃないな。地獄だな。
地獄の獄卒より、院のほうが、よっぽど鬼だけどな!
骨の髄から体育会系みたいなお方だけど、脳筋じゃないところが、またムカつくっていうか…
政治、武芸、各種スポーツ、和歌に絵画に建築関係、なんでもかんでも、ちょっと手をつけただけで、あっという間にその道の達人の域に届いちゃうとか、もうね、人間離れしすぎだよね。
「上級者は二球同時に送球しろ! キャッチャーの俺の胸にズドンと来るように、キッチリ狙って仕上げろよ!」
また無茶なこと言ってる。
お題は「滝間月」だって?
「谷間の月」なら分かるけど、滝の間にどうやって月を挟むんだよ。
だいたい、真っ暗闇で滝の水しぶきなんか見えるわけ……
ん? あれ、滝、見えてる?
いまって夜中だよね。
なんでこんなに明るいの?
ひょっとして、また極楽浄土が見えちゃってる?
てことは、今度こそ俺、死にかけてる?
あああ、これこそが菩薩様のお慈悲の光……
どうか次こそは、俺様体育会系皇族のいない、平和で素晴らしい来世に、私をお連れください……
「ゴルァ定家ァ! 腑抜けるな! 目ぇ食いしばってしっかり詠めェ!」
やっぱり現世だったよ…
(_ _).。o○
例によって、AIさんに和歌のイメージを伝えてイラストを描いてもらったのだけど…
ちゃんと「熊野古道、那智の滝、夜、月夜、平安貴族風の衣装を着た男性たち」等々と指定したのだけど、なぜか、那智の滝が盛大に拡張されてしまった。
背中に謎の紋が描かれた揃いの着物を着た怪しい人々も、後鳥羽院と藤原定家御一行には全く見えない。
少し指示を変えてみたものの…
滝の高さが縮んで、熊野那智大社らしきものが出張ってきた。
それもちょっと違うと言ってみたら、今度は滝と人が完全消滅した。
いろいろ指示を入れ替えて、なんとかそれっぽくなったのが、一番上に貼ったイラスト。
那智の滝の拡張を撤回させるのが難しそうなので、これで妥協した。😓
AIに思い通りのイラストを描いてもらうための、修行の道のりは、長く険しいようだ。
(_ _).。o○
今回の歌を調べるのに助けてもらった本。
水垣久「拾遺愚草全釈」(全)やまとうたeブックス