湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

君のかわりに秋の風吹く(額田王、万葉集)

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今回は、額田王と鏡王女(かがみのおおきみ)の歌。

 

額田王は、天武天皇の妃だけれど、天武の兄の天智天皇とも恋愛関係にあったらしいと言われている。

 

鏡王女は、天智天皇の妃だったけれど、後に藤原鎌足の正妻になった女性。

 

額田王の父親が鏡王であるため、鏡つながりで、二人は姉妹だという説や、同じ一族の中で育ったのではないかという説あるけれど、確かなことは分からないようだ。

 

同じ男性をめぐるライバル同士だったかもしれない二人が、歌のやり取りをしているのが面白い。

 

額田王、近江天皇天智天皇〕を思ひて作れる歌一首

 

君待つとわが恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く

 

(きみまつと わがこいおれば わがやどの すだれうごかし あきのかぜふく)

 

万葉集 巻四 相聞 488

              巻八 秋の相聞 1606

 

【意訳】

 

あのお方の訪問を心待ちにしておりましたら、私のの家のすだれを思わせぶりに揺らす、秋の風が吹きました…

……

 

相聞の歌なので、額田王はこの歌を鏡王女に送ったことになる。

 

同じ男性と関係を持っている女性に、「彼がうちに来ないんですけど」という手紙を送るということは、「お宅のほうにいらしているのでは?」と、暗に問いかける意図があるのかもしれない。

 

問いかけられた鏡王女は、だいぶ返答に困ったのではないだろうか。

 

鏡王女の作れる歌一首

 

風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ

 

(かぜをだに こうるはともし かぜをだに こむとしまたば なにかなげかむ)

 

万葉集 巻四 相聞 489

    巻八 秋の相聞 1607

 

 

【語釈】

ともし…うらやましい

 

【意訳】

あのお方の訪れがないのだとしても、風の訪れを待ち焦がれているあなたが、羨ましいです。

 

せめて風でもいいから、訪れを期待して待てるのであれば、何を嘆くことがあるでしょうか。私のところには、風すら来ないのですから…

 

……

 

自分のところには風すら来ないと言って、額田王を羨ましがる鏡王女は、ちょっとヤケになっている印象もあるけれど、敢えて自分を下げることで、落ち込んでいる額田王を励ましているようにも読める。

 

 

(_ _).。o○

 

本多平八郎氏による英訳も見てみる。

 

To Emperor Tenji by Lady Nukada

 

No. 488

As I sit longing for my lord,

there comes, instead, the autumn wind making a visit to my bower,

tap-tapping at the bamboo-blind.

 

 H.H.HONDA「THE MANYOSHU    A NEW AND COMPLETE TRANSLATION 」北星堂書店 1967年


long for …待ち焦がれる、思慕する

bower…東屋、夫人の私室、(詩語)隠れ家、(古語)寝室

 

【意訳】

 

天智天皇へ 額田王より

 

我が君を待ち焦がれております時に、秋風が代わりに我が寝室を訪れたのです。竹のすだれをコンコン叩いて…

 

……

 

風が「bamboo-blind」を揺らす音が「tap-tapping」と訳されている。

 

タップ、タッピングというと、トントン、あるいはコンコンとノックするイメージだ。

 

現代日本人が普通にイメージする簾に風が当たっても、トントン・コンコン系の音がするとは考えにくい。

 

英訳で想定されている 「bamboo-blind」は、竹を紐状にせず、厚みのある板状のものを組み合わせた物かもしれない。

 

No. 489

I envy you, my sister, whom

at least the wind calls on; if I

could but wait for a man to come,

I should be glad, and never sigh!

 

LADY KAGAMI

 

H.H.HONDA「THE MANYOSHU    A NEW AND COMPLETE TRANSLATION 」北星堂書店 1967年

 

【意訳】

 

最低でも風には呼ばれているお姉様が妬ましい。

 

せめて誰か男が来るのを待てるなら、私はハッピーだし、ため息なんか絶対つかないんだから!

 

……

 

本多氏は、額田王と鏡王女を姉妹と考えたようだ。

 

実際、姉妹レベルの親しい間柄でなければ、このような微妙な内容のやり取りはできないだろうと思う。

 

 

【だいぶ怪しい意訳】

 

「ちょっとヌカタ姉さん!」

「あら〜カガミちゃん、こんな夜更けに血相変えてどうしたの?」

「どうしたもこうしたも、男に送る手紙をウチに送りつけるなって、何回言ったら覚えるのよ!」

「あらあら、彼が居そうな家に届けるように、侍女たちに頼んだんだけど、またハズレだった?」

「大ハズレよ!」

「ということは、私の一人勝ちね。ふふふ、今日あたりは大穴狙いでイケるかなーって、あの子たち全員、彼がカガミちゃんちに『いる』ほうに賭けてたんだけど」

「ひとんちを大穴とか言うな! てか、侍女まで巻き込んで、亭主のしけこみ先を賭け事にするとか、何考えてるのよ」

「いいじゃないの〜。人生なんて、楽しんでナンボよ」

「まったく…で、ウチらの亭主、近頃はどこに通ってるわけ?」

「さあねえ。興味ないわ」

「あんな亭主ラブな切ない歌詠んでるのに?」 

「送り先、カガミちゃんだもの」

「そういえば、そうだったよ…」

「お姉ちゃんのこと心配して来てくれたのね。ありがと」

「べ、別に姉さんが寂しがってるんじゃないかとか思って飛んで来たわけじゃないからね!」

「ふふふ、そういうことにしておきましょうか。今日はもう遅いし、泊まっていくでしょ?」

「あー、うん、世話になるわ」

「なら今夜は女子会ね! パーっと飲みましょ!」

「ほんと、人生楽しんでるよね、ヌカタ姉さんって…ねえ、実際のところ、姉さんはあの亭主のこと、どう思ってるのよ」

「そうねえ、お通いもほぼないわけだし、このまま自然にフェイドアウトしていったらいいかなーって」

「それでいいの?」

「いいの。なんとなく薄っすらだけど、あの人の周りって、先行きが危うい気がするのよね」

「ん? どゆこと?」

「このままついていったら、諸共に、ぐしゃっと滅びちゃったり、とか?」

「ちょ! ヤバいこと言わないでよ! 人に聞かれたらどうするのよ!」

「カガミちゃんにしか言わないわよー」

「だとしても! 姉さんのそういう予言っぽいのって、わりと洒落にならないんだから」

「うふふ、そんなに褒めなくても」

「褒めてないから。怖いって言ってんの。でもまあ、そんな感じがしてるんだったら、姉さん的にはフェイドアウト一択か」

「カガミちゃんは、どうするの?」

「どうするも何も、ウチはそもそも嫁の数にも入ってない感じだし、既にフェイドアウト完了してるでしょ」

「なら、ほとぼり冷めた頃にでも、また一緒に同じ男と結婚する?」

「またそういうめんどくさいことを…」

「冗談よ。カガミちゃんの次の結婚は、だいぶマシだと思うわよ?」

「それも予言?」

「ただの勘よ。かわいい妹の幸せを願ってる姉の」

「調子いいんだから…でも、ありがと」

 

 

(_ _).。o○

 

二人の元旦那だった天智天皇の死後すぐに、弟の天武天皇壬申の乱を引き起こし、天智の第一皇子だった大友皇子弘文天皇)は自害。

 

額田王の娘であり、大友皇子の正妃だった十市皇女は、壬申の乱を生き延びて、実の父親である天武天皇のところに身を寄せたようだ。

 

十市皇女は三十歳ほどで亡くなってしまったけれど、彼女と大友皇子の血筋は、今上天皇まで繋がっているのだとか。

 

また、藤原鎌足と再婚した鏡王女は、鎌足の次男である藤原不比等の母であるとも言われている。

 

もしもそうだとすれば、摂関政治の絶頂期だった平安中期の主要人物たちは、ほとんどが、額田王と鏡王女の子孫ということになる。

 

(_ _).。o○

 

いつものように、英訳をAIに作画してもらった。

 

冒頭に貼った一枚と、下の一枚は、額田王の歌による。

 

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次の二枚は、鏡王女の歌より。

 

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怖いけど、結構好みだ。☺️

 

 

 

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