湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

自閉症の息子の、とても自閉症らしい文の生成


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今朝、息子(26歳・重度自閉症)に、謎の台詞で起こされた。

 

「かおっけて!」

 

寝ぼけていたので、即座には意味を解析することができず、しばし考えこんだ。

 

「かお」は、顔面のことではなく、私が就寝時に装着しているCPAP(無呼吸症候群のための呼吸器)のマスクのことだと推測している。

 

「マスク」という単語は、息子にとっては、自分が普段使っている、感染症予防のためのマスクのことなので、それとは似ても似つかない呼吸器のマスクのことを、決して「マスク」とは呼ばないのだ。

 

名称や言い方の分からないものに、息子は独自のルールで命名したり、造語したりすることがある。

 

定型発達の子どもであれば、名前の分からないものがあれば、「これ、なに?」と周囲に尋ねるのだろうけれど、息子は、幼児期から現在にいたるまで、自ら疑問詞疑問文を発することがない。未知の情報について問いかけることで、他人から回答を引き出して、それを自分の知識とするという発想が、どうやら息子にはないらしい。

 

けれども、言語でコミュニケーションを取ろうとするならば、物の名称を定めなければ、それについて言及することができない。そしてその名称は、話す相手にも理解されるものでなければならない。そうでなければ、言いたいことが相手に伝わらない。

 

相手に伝わる言葉を使わなければ理解されない、ということは、息子も長年の経験からよく分かっているらしく、どうにかして私(母親)に通じるようにと考え抜いて、CPAPのマスクを「かお」と命名したのだと思う。

 

「かお」と「マスク」はだいぶ違うけれど、「マスク」は必ず顔に装着するものだから、まあ当たらずといえども遠からず、連想できる範囲内のものであるから、母ならば理解するだろうという、息子なりの判定なのだろう。

 

で、「かお」は分かるけれども、そのあとに続く「っけて」は一体何なのか。

 

「かおっけて!」

 

息子は何度かそう言ってみたものの、寝ぼけた私に意味が伝わっていないことを察したらしく(そのあたりの息子の対人観察力はなかなか鋭い)、丁寧に言い換えた。

 

「かお、つけて!」

 

なるほど。

 

「かお」の後にあったのは、動詞「つける」だったらしい。語頭の「つ」を促音化してしまったせいで、動詞だと分からなくなっていたのだ。

 

しかし、「かお、つけて!」では、CPAPのマスクを外して私に起床してほしいという、息子の意志とは真逆の命令文になってしまう。

 

なぜ、息子は「かお(マスク)、はずして!」や「かお(マスク)、取って!」ではなくて、「かお、つけて!」と言ったのだろう。

 

理由を推測してみた。

 

まず、「はずす」という動詞が、私の知る限りでは、息子の使用語彙には存在していない。「はずす」の意味を理解しているかどうかも不明。理由は、日常的に、息子に何かを「はずす」ことを誰かに(言葉による指示で)求める場面が、ほとんどないためだ。

 

「取る」については、誰かに指示されたものを取って渡すというシチュエーションであれば、息子は言われたことを理解して行動できるけれども、装着された状態のものを撤去する、取り外すという意味があることは、分かっていないかもしれない。理由は、「はずす」と同じで、そういう状況下で「取る」という動詞が使われる事例に触れる機会が、息子にはほとんどなかったと思われるからだ。

 

(日常生活に介助の必要な重度自閉症の青年にとって、能動的に何かを「取り外す」行為は、縁遠いものなのだということを思い知らされる。行動のバリエーションの乏しさが、息子の語彙の乏しさに直結することは、前々から分かっていたし、療育などでいろいろ苦慮してきたことではあるけども、力及ばす今に至る…)

 

というわけで、息子の使用語彙のなかには、CPAPのマスクを顔面から取り外すことを指示するのにふさわしい動詞が存在していなかった可能性が高い。

 

では、「はずす」「取る」のかわりに、息子が選んだ動詞が、それらの対義語とも言うべき「つける」だったのは、なぜなのか。

 

息子の発想を推測してみる。

 

寝ぼけた母親に自分の意図【呼吸器のマスクを外してとっとと起きろ】を伝えるためには、母親が理解できる言葉を選ばなくてはならない。

 

意図を理解させるためには、関連性の高い、連想の手が届きそうな単語を持ってくればいいというのは、これまでの成功事例で明らかである。

 

CPAPのマスクは、母の顔面にベルトでしっかり装着されている。妹が毎晩寝る前に、

 

「おっかあ、呼吸器つけて!」

 

と叫んで、CPAPのマスクを着けさせているので、装着を命じる場合に「つけて」というのは知っている。

 

つまり、呼吸器(CPAP)のマスクと「つけて」という語は、非常に関連性の高いものであるのは間違いない。

 

となると、たとえ動作の性質が真逆であっても、「かお(マスク)、つけて」と言えば、こちらの意図は理解されるのではないか?

 

呼吸器(CPAP)のマスクを「かお」と言って通じたアバウトな母であれば、「つけて」もいけるに違いない。

 

……

 

まんまと理解させられたので、息子の方略は見事に成功したことになる。

 

もちろん、息子が本当に上のように思考した上で「かお、つけて!」と言ったのかどうかは分からないのだけど、何かを言おうとする時、息子がとんでもなく小難しいことを猛スピードで考えているような表情をしているのを見ると、あながちハズレではないように思う。