湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

万葉集・紀女郎と大伴家持

上代グルメ探訪・・・・のつもりだったけど、どうも違う話になってしまった。

 

【目次】

 

紀女郎と大伴家持の歌

紀女郎、大伴宿禰家持に贈る歌二首


戯奴(わけ)がため我が手もすまに春の野に抜ける茅花そ召して肥えませ (1460)


昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴さへに見よ (1461)

右は、合歓の花と茅花とを折り攀じて贈る。


【1460の意訳】
お前のために私が手も休めずに春の野で抜いた茅花ですよ。食べてお太りなさい。

【1461の意訳】
昼は咲いて夜は恋して眠る合歓の花を、主である私だけが見ていいものかしら。お前も見なさい。

 

大伴家持の贈り和ふる歌二首


我が君に戯奴は恋ふらし賜りたる茅花を食めどいや痩せに痩す (1462)


我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも (1463)


【1462の意訳】

私はご主人様に恋をしているらしいです。いただいた茅花を食べても痩せるばかりです。


【1463の意訳】

あなた様の形見にいただいた合歓の木ですが、花だけ咲いて実を結ぶことはないのではないかと。

 

万葉集」巻第八

 

紀女郎(きのいらつめ)は、本名を小鹿(をしか)といい、紀鹿人(かひと・ししひと)という人の娘。


紀鹿人は、家持の叔父である大伴稲公(おおとものいなきみ)と親しかったようなので、幼少期の家持と紀女郎が知り合う機会もあったのかもしれない。

 

紀女郎が家持に贈ったという茅花(つばな)は、茅(ちがや)の花。
食べられるらしい。

 

つばな【茅花】《ツはチ(茅)の古形》

チガヤの花。早春つぼみのころは食べられる。後には白い綿毛の密生する長い穂になる。


「岩波古語辞典」

 

この植物は分類学的にサトウキビとも近縁で、根茎や茎などの植物体に糖分を蓄える性質がある。外に顔を出す前の若い穂はツバナといって、噛むとかすかな甘みがあって、昔は野で遊ぶ子供たちがおやつ代わりに噛んでいた。地下茎の新芽も食用となったことがある。万葉集にも穂を噛む記述がある。

Wikipedia「チガヤ」のページより

 

古代でも子どものおやつ替わりだったかどうかは分からないけれども、大人の嗜好品のようにも思えない。

 

もしかしたら紀女郎は、幼少期の家持と一緒に茅花をかじって遊んでいたのかもしれない。

紀女郎と安貴王の息子とされる市原王は、大伴家持とほとんど同世代だったようだから、紀女郎が家持を子守する関係だったかもしれない。


「戯奴(わけ)」という呼びかけの言葉にも、紀女郎が年下の家持に向ける親しさが表れているように思う。

 

わけ【戯奴】《ワカ(若)と同根か》

1,自分を卑下していう語。
2,人を親しんで呼ぶ語。

 

「岩波古語辞典」

大人になってからも、自然と姉貴風を吹かして、ちょっと威張ったりもしていたのだろうか。

 

紀女郎と安貴王

紀女郎は、天智天皇の末裔といわれる、安貴王(あきおう)の妻だった。

 

ところが安貴王は天皇に仕える因幡八上采女(いなばのやかみのうねめ)という女性と深い仲になり、それがバレて、失脚してしまう。

 

采女というのは、天皇や皇后の食事など身の回りのお世話をする女官で、諸国の豪族などから、容姿の優れた若い女性が献上されて仕えていたという。采女には天皇の妻妾という側面もあり、寵愛を受けて子を産むものもいたという。

 

才色兼備の美しい采女たちは、男性たちのあこがれでもあったようだ。


采女に触れることが出来るのは天皇のみとされていたけれども、手の届かない高根の花であることも、安貴王の恋心に油を注いだのかもしれない。


不倫関係が発覚した安貴王と因幡八上采女は、「不敬罪」とされ、強引に引き離された。

 

安貴王はそれでもあきらめられず、会うことのできなくなった愛人を思って悶え苦しむ長歌など詠んでいる。


真実の愛を引き裂かれて懊悩する安貴王の歌

安貴王の歌一首 短歌を幷せたり

遠妻の ここにしあらねば 玉鉾の 道をた遠み 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 苦しきものを み空行く 雲にもがも 高飛ぶ 鳥にもがも 明日行きて 妹に言問ひ 我がために 妹も事なく 今も見るごと たぐひてもがも (534)

 

反歌

しきたへの手枕まかず間置きて年そ経にける逢はなく思えば (535)

 

右は安貴王の因幡の八上采女を娶るや、係念極めて甚だしく、愛情尤も盛りなり。時に勅して不敬の罪に断め、本郷に退却せしむ。ここに王の意怛して聊(いささ)かにこの歌を作りしなり。


【怪しい意訳】

最愛の彼女の所在地が遠すぎる!
距離が遠すぎて、不安神経症になりそうだ! 
嘆く心が苦しすぎて耐えられない!
ああ僕は雲になりたい!
鳥になりたい!
明日飛んで行って愛する彼女と語り合うのだ!
僕が行けば彼女だって幸せになる!
そうだ! 
いま僕は全身全霊で妄想している!
二人っきりの愛の暮らしを!

 

君とベッドインできなくなって長い年月が経ってしまった……ような気がする!

それもこれも会えないのが悪いんだ!

 

(これらの歌は安貴王が熱愛した八上采女との関係を不敬とされて、引き離された直後に詠んだものである)

 

※聊(いささか)かに……ほんの少し

※悼怛(とうだつ)……いたみ悲しむこと

 

熱愛中のところを引き裂かれたのだから、悲嘆にくれるのも分かるけれども、引き裂かれた直後に歌を詠んでいるのに「間置きて年そ経にける」というのは、ちょっとおかしい。いろいろ暴走しておかしくなっちゃったのかもしれない。

 

なにはともあれ、これでは妻の紀女郎の立場がない。

 

紀女郎の心情

紀女郎は「怨恨の歌」を残している。

怨恨を向ける相手が誰なのかははっきりしないけれども、普通に考えれば夫の安貴王だろう。

 

紀女郎の怨恨の歌三首 

鹿人太夫の女、名を小鹿と曰ふなり。安貴王の妻なり

 

世の中の女にしあらば我が渡る痛背の川を渡りかねめや(643)

 

【意訳】私が世の中によくいるタイプの女だったなら、心のままに思う人のところに行けないなんてことが、あるだろうか。

 

今は我はわびそしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば(644)

 

【意訳】命がけで愛していたあなたを手放すことを思うと、つらくてたまらない。

 

白たへの袖別るべき日を近み心にむせひ音のみし泣かゆ(645)

 

【意訳】あんなに愛し合っていたあなたと別れる日が近いので、声をあげて鳴くことしかできない。

 

 

紀女郎が、大伴家持に「戯奴(わけ)がため」の歌を贈ったのは、夫の不倫失脚後のことであるらしい。

 

ヤケになっていたのか、それとも、もともと家持に対する恋心がないでもなかったのか。そのあたりのことは、想像するしかないけれども、上の怨恨の歌の(643)は、夫が身勝手な恋に走ったように、自分も思う人のところに走りたいという気持ちを漏らしているようにも取れる。

 

意訳とは名ばかりの妄想コント

出演

 紀女郎(小鹿)

 大伴家持

 

「もしもし、おーい、寝てるの?」

「zzzzz」

「こら! 起きろ!」

「うわ、誰!?」

「私が呼んでるんだから、ちゃっちゃっと起きなさい!」

「なんだ、小鹿ねえさんか。ひさしぶりっていうか、どうしたの、こんな夜中に」

「家持がまたうじうじ悩んでるって聞いて、活入れに来てやった」

「別に俺はなんともないけど」

「あんまり食べてないんでしょ。離れ離れのお嫁ちゃんのことが心配で心配で」

「なんだよそれ」

「お嫁ちゃん、まだ若いってか、幼いもんねー。あんまり会わずにいると、あんたのこと忘れちゃうかもね」

「大きなお世話だよ。手紙のやり取りはしょっちゅうしてるし、心はちゃんとつながってるから」

「うわー生意気! 家持のくせに」

「うるさいな。ほんと何しに来たんだよ」

「暇つぶし。あと差し入れ持ってきた」

「何?」

「ツバナ。あんたの好物。これかじってちょっとは太りなさい」

「かじりませんよ。子どもじゃあるまいし。こっちは合歓の花と、酒?」

「きれいでしょ。一人で見てもつまんないから、あんたと飲みながら見ようかと思って」

「人妻が何やってんだか。こんな花、男に贈ったら誤解されるでしょーが」

「あなたと一緒にネムりたいって? あはははは。それいいかも」

「あのねえ。俺だから誤解しないけど、旦那さんに知られたらまずいでしょ」

「旦那ねえ。あの頭に花咲いたクソバカを旦那と呼ぶのは、もう私じゃないけどね」

「え?」

「真実の愛に目覚めたおかげで、仕事クビになって自宅謹慎中のアレを、私が旦那と呼ぶ義理はないと思うわけよ」

「うわ、そんなことになってたの?」

「知らなかった?」

「あー、いや、うっすらと噂に聞いたりはしてたけど。仕事がクビって、お上にバレちゃったってことか」

「そ。バカよねー。彼女のほうも親元に強制送還されたってさ。そんで引き離された彼女に会いたがって半狂乱。離れるのが嫌ならバレないようにやれっての」

「それはまた。話し合いとかは、してないの?」

「話になんないのよ。顔見せたとたんに罵詈雑言吐かれるんだもの。面の皮の厚い古女房なんか見たくもないんだって。あっちの彼女のほうは、私と正反対の守ってあげたいタイプだったみたい」

「なんだかなあ。でも子どもだっているんだし、気持ちが落ち着けば、やり直そうって言ってくるんじゃない? あの人、なんだかんだいって、姉さんのこと頼りにしてたと思うし」

だが断る

「そっか。まあ、しかたないよね」

「てことで、飲もう!」

「や、ちょっと待って。俺明日も仕事だし、もう寝ないとまずいから」

「じゃ、寝よう! お姉さまが添い寝してあげちゃうよ。なんなら愛人にしてあげる!」

「あー、完全に酔っちゃってる。参ったなあ」

「あんたあたしのこと好きでしょ!? 昔はお姉ちゃんと結婚するーって言ってたくせに」

「いつの話だっての」

「なによ、あたしが嫌いだっていうの!? 年増でおせっかいだから? 守ってやらなくてもいいぐらい面の皮厚い女だから?」

「いや、好きですよ、そういうとこは結構好きですけどね、息子とほとんど年が変わらない俺相手にヤケ起こしたって虚しいだけでしょ」

「・・・わかってる。今夜だけ、ちょっとだけ、助けてくれればいいの」

「俺が助けになれるようなことなんか、ないと思うけど」

「あの馬鹿が女に贈った真実の愛の歌なんかより、素敵な歌詠んで、私に贈って」

「そんなことでいいの?」

「うん。千年残るようなキラッキラな恋の歌、よろしく」

「うわー、ハードル高いな。ていうかそれ、妻にバレたら俺がヤバくない?」

「そのときは責任とって私が引き取ってあげる」

「やれやれ・・・」

 

 

(2005年06月13日)

※過去に書いたものを修正して掲載しています。