湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

ねこたま日記(買い物・差し入れ・パニック)

朝起きてから気づいたのだけど、今日は敬老の日で休日だった。

 

つまり、息子(23歳・重度自閉症)の介護施設通所はお休み。

 

ところが末っ子の高校は、平常授業をやるという。

 

これは、確実に嵐が来ると確信した。

 

嵐というのは、ジャニーズのグループじゃなくて、息子の大パニックだ。

 

昨日の記事にも書いたけれども、息子は休日にパニックを起こすことが多い。

 

そして、昨日の大パニックの引き金を引いたのは、末っ子の外出だった。

 

息子のパニックと会話 - 湯飲みの横に防水機能のない日記

 

 

何か手を打たないと、末っ子が帰宅するまで阿鼻叫喚タイムとなる可能性がある。昨日の今日で、それはキツい。新型コロナ後遺症から回復したとはいえ、私の体力はペラッペラに薄いのだ。

 

しかし打つ手が見えてこない。

 

どうしたもんかと思っていたら、入院中の長女さん(25歳・自閉症)から電話が来た。

 

「もしもし、電話をかけてみたぞ。腹が減ってなにもできぬ」

 

今日は午後から病院に差し入れを持って行く予定だったのだけど、前回差し入れたオヤツが全部なくなってしまった上に、今日の分の売店利用の申し込みをしそびれてしまったのだという。

 

長女さんは、空腹や低血糖が引き金になって、強い不安に陥り、パニックを起こすことがある。

 

私は何年も前から把握していたので、自宅では間食や夜食の用意をしていたけど、今回の医療保護入院で、長女さん自身もはっきりと自覚するようになったらしい。それだけに、手持ちの食料がなくなった状態が不安なのだろう。

 

たくさん差し入れを持っていくことを電話で約束して電話を切った。

 

そして、思いついた。

 

差し入れツアーに息子も連れて行けばいいじゃん、と(ついでに亭主も)。

 

 

さっそく息子に聞いてみた。

 

私「○○(長女さんの愛称)の病院に行くけど、一緒に行く?」

息子「買い物に行く!」

私「うん、買い物してから、○○の病院に行くよ」

息「……」

 

病院、という単語に引っかかったのか、息子の復唱が止まった。

 

これは説得が必要だと思ったので、言葉を重ねてみた。(以下の会話は途中をだいぶ端折っている)

 

私「○○が入院している病院に、差し入れに行く」

息「○○が、にゅーいん……」

私「うん。○○が入院している病院に、おかーさんの車で行く。買い物して、おやつを持って行く」

息「○○がにゅーいんしている病院。買い物……」

私「そう。おかーさんの車で、おやつを持っていく」

息「持っていく!」

私「病院に行く?」

息「○○の病院に、行く! おかいもの行く!」

 

説得完了(?)。

 

 

どの程度、息子が理解しているのかは、正直分からない。

 

けれども「何かが伝わっている」手応えが私にはある。だから、きちんと話しておく価値はあると思っている。

 

何はともあれ、息子と亭主を車に乗せて、ショッピングモールに行った。

 

まず、衣料品店で、長女さんの衣類を購入。

先日、長袖シャツを何枚か差し入れたけど、ここのところ暑さがぶり返してきているので、半袖のTシャツが欲しいのだという。長女さんが好みそうな柄のシャツを三枚と、触覚過敏に差し障りなさそうな素材のズボンを一本買った。

 

衣料品店で私が買い物をしている間、息子はニコニコ顔で静かに待っていてくれた。考えてみると、私と買い物に出かけるのは、かなり久しぶりだった。

 

車での外出なら、そんなに体力を使わない。

だったら休みの日には、出来るだけ車で買い物に連れ出そう、などと思ったのだけど。

 

新型コロナの後遺症から脱却できたといっても、私にはまだ大弱点が残っていた。

 

外出時にランダムに襲ってくる過敏性腸症候群と、パニック発作だ。(;_;)

 

食料品売り場に移動して、長女さんに差し入れるクッキー類やカロリーメイトなどを探し歩いていたら、ひさしぶりに強い動悸に襲われた。スマートウォッチで心拍数を確認すると、120まで上がっている。気がつけばお腹も痛い。とっても痛い。

 

差し入れ品をほぼ選び終わったところで、亭主と息子に後を頼み、レジの近くにあったベンチに退避。座って冷や汗を流しながら、亭主たちが清算を済ませて戻ってくるのを待った。

 

こんな調子では、息子と二人でショッピングモールに出かけるのは、ちょっと無理だろう。今日は亭主がいてくれて、助かった。

 

買い物が済んで車に戻り、動悸が収まったのをスマートウォッチで確認してから、病院に向かった。

 

敬老の日だけど、病院は平常営業に近い雰囲気だった。売店は開いているし、受付の人もいる。そういえば、以前その病院でカウンセリングを受けていた頃、祝日でもカウンセリングは行なっていると聞いた。

 

病棟の看護師さんを呼び出して、差し入れと洗濯物の受け渡しをして、帰宅。

 

病院があまり得意ではないはずの息子は、一切動揺することなく、最後までずっと上機嫌のままだった。事前の「説得(説明?)」が功を奏したのかもしれない。

 

 

しかし、やっぱり嵐はやってきた。

 

昼ごはんを食べてしばらくは穏やかだった。

 

午後三時ぐらいから、末っ子の名前を連呼しはじめた。

 

さっそく「会話」に誘導。

 

私「●●(末っ子の愛称)は、学校に行きました」

息子「●●は!!!」

私「学校に行きました」

息「●●はがっこーいきました!!」

私「そう、●●は学校で勉強しています」

息「●●はがっこーでべんきょーする!」

私「勉強しています」

息「勉強しています!」

私「●●は学校で国語の勉強をしています」

息「国語の勉強する!」

私「歴史の勉強をしています」

息「●●! 勉強を! しています!」

 

他にもいろんなことを話して、息子に復唱してもらった。

 

末っ子の学校の名前とか。電車通学であることとか。

大学受験のために勉強を頑張っていることとか。

ほんとうにいろいろ話した。

 

歌も歌った。昨日と同じ、忍たま乱太郎のテーマ曲。Apple Musicで曲を流して歌詞を確認したところ、私がだいぶ間違って覚えていたことが判明した。

 

冒頭は「カリカリしてー」じゃなくて「がっかりしてー」だった。

 

「夢を叩いて冒険しよう」って、ずっと歌ってたけど、「胸を叩いて」だった。考えてみたら「夢」叩いてどうするんだよと。長年疑問に思わなかった自分に呆れる。

 

まあ、この歌を歌う時って、たいてい息子のパニック中だから、歌詞の意味を考える余裕などなかったわけだけど。

 

勇気100% (第1期 OP)

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今日はバッハにもお世話になった。

 

いつも聞いている「マタイ受難曲」ではなく、「ヨハネ受難曲」にしてみた。指揮者はカール・リヒター。「マタイ」より効果はマイルドだった気がする。なんとなく。

 

疲労気味だったので、ラジオ体操はやめておいた。

 

息子は二度ほど玄関を開けて、外に身を乗り出しかけたけど、飛び出すことはなく、小一時間でパニックは収束した。昨日のパニックの半分の時間で済んだのは、大いなる進歩だ。

 

 

パニックがおさまってからも、息子はときおり、

 

「●●(末っ子)は、学校に行った」

 

と言っていた。

 

「会話」の積み重ねが、多少なりともパニックからの回復の支えになったのだとしたら、この上なく嬉しい。

 

普段から、もっといろんなことを話そうと思う。

 

そういえば、昨日は息子に、長女さん宛ての手紙を書いてもらったのに、持っていくのを忘れてしまった。

 

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文面は私が考え、口述筆記してもらったもの。

 

末っ子の名前を連呼中に書いたので、行間に末っ子の名前を書き込んでいたのだけど、上の画像では消去してある。

 

次の差し入れのときには、忘れずに長女さんに渡そう。