小山田圭吾、とかいうミュージシャンが、複数の障害者に執拗な暴力を加えた過去があることを笑いながら語ったという20年ほど前の記事について騒動になっていたけれども、本人の謝罪文がツイッターで公表されたというので読みに行ってみた。
Cornelius on Twitter: "東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への参加につきまして… "
それなりにまともな謝罪文だと思った。
まあ他に書きようもなかろうし、そもそも今回オリンピック前に炎上しなければ、こうして謝罪文を公表することもなかったのだろうけども。
小山田圭吾氏辞職せず「本来なら辞退すべきだったかも」謝罪し職全う意向(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース
小山田氏は、学生時代のいじめを2誌に告白。邦楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」94年1月号では「全裸にしてグルグルにひもを巻いてオナニーさしてさ。ウンコを喰わしたりさ。喰わした上にバックドロップしたりさ」「だけど僕が直接やるわけじゃないんだよ、僕はアイデアを提供するだけ(笑)」(原文まま)と語り、サブカル誌「クイック・ジャパン」95年8月号では、障がい者というAさんとBさんへのいじめの数々を悪びれることなく明かしたり、特別支援学校に通うダウン症の生徒を笑い者にしたりしていた。 東京2020大会のコンセプトの1つは「多様性と調和」。SNS上では「ふさわしくない」「開閉会式は絶対に見ない」「音楽を聴きたくない」などの批判が飛び交い、開会式が1週間後の23日に迫る中、起用した大会組織委員会の判断に対しても疑問の声が上がっていたが、組織委は本人の謝罪を持って幕引きとした。
小山田という人が行ったとされる暴力は、外道としかいいようのないもので、障害者の親という立場で読めば、行き場のない殺意がわくレベルだ。
この暴力が行われたという30年ほど前には、我が子の障害を苦にして無理心中してしまう家族がたくさんいたという。
息子が卒業した特別支援学校でも、過去にそういうことがあったと、当時の校長先生が話していた。就学相談に来てすぐ亡くなってしまった親子もいたという。いつくしみ育てた我が子が、いつか世間で非道な扱いをされるかもしれないことを思うと、とても耐えられなかったのだ。そういう時代が、たしかにあった。
それはそんなに遠い過去のことでもない。
息子の在学中、Googleマップで学校を表示させたら、「馬鹿の学校」と書き込んでいた馬鹿がいたので、にじり殺すような思いでGoogleに連絡し、書き込みを削除してもらったことがある。特別支援学校に通う生徒を笑い者にしたという小山田某のような人は、まだ現存するのだろう。ラノベ界隈で「ざまあ」展開が愛好されたり、「必殺仕掛け人」シリーズが長年にわたって大人気だった理由がよくわかる。反撃するすべのない理不尽な暴力は、いつだって世の中にあふれているのだから。
小山田某氏ばかりを槍玉にあげるのもどうかと思うので書くけれども、こうした記事を掲載した雑誌の編集責任者は、音楽やサブカルをも貶めるような記事を世に出した責任を取るべきなのではないか。記事の主役である小山田某氏の陰に隠れたまま逃げ切るのだとしたらまことに残念なことだ。
そういうこととは別に、今回、この騒動が音楽やサブカルというジャンルを巻きこんで炎上していることについても、なんとも言えない思いを抱いている。
だって、それらのジャンルに関わっている人々の中には、潜在的に何らかの発達障害を持っている人が少なからずいるはずなのだ。
どうせ炎上するなら、そういうことを覆い隠している塀ごと焼き尽くして、すっかり地ならししたらいいのにと思ったりもする。
オリンピック競技種目に「世直し」と「地ならし」を是非加えていただきたい。