お友達からのリクエストで、「古事記」にでてくる天照大神にまつわる記事を、意訳してみます。
【アマテラス誕生まで】
とてつもなく巨大な岩を間にはさんで、一組の夫婦が罵り合っている。
夫はこちらがわにいて、妻はあちらがわにいる。
二人はかつて深く愛しあっていたけれども、その愛は、肉体に重きを置いていたらしい。
とある事情で妻の容姿が甚だしく劣化したのだが、その姿を確認した瞬間に夫の心から愛が消え去り、妻の心には憎悪が宿った。
逃げようとする夫に向かって、妻は叫んだ。
「ちょっとそこのマイダーリン! てめえこの野郎よくもアタシに恥をかかれてくれたわね! かくなる上は、そっちの国で雑草みたいに生えてる人間どもを、毎日千人づつ、ぶっ殺してやるからねえ!」
夫は答えた。
「我がうるわしきスイートハートよ、貴様がそんなことをやらかすというのなら、俺は毎日千五百人分の分娩用家屋をおっ建ててくれるわ!」
夫の名は、イザナギノミコト。今風に言い換えれば、「さあやるぜ!の神」。
妻の名は、イザナミノミコト。同じように言い換えるならば、「さあやるわよ!の神」。
最高のチームワークで合体作業を繰り返し、あまたの国土のパーツ、もとい、子どもたちを産み育んでいた二人の神は、黄泉坂(よもつさか)と呼ばれる場所で完全に決裂し、その後は二度と会うことはなかった。
こちらがわへと戻ってきたイザナギノミコトは、誰に聞かせるともなく、ぼやいていた。
「しっかし、おぞましかったなあ、あいつ。そりゃね、一ぺん死んで埋葬してるわけだから、多少しなびるとか、若干腐るとかなら、まだ分かるんだよ。全身くまなく蛆虫ナイアガラの滝状態て湧きまくりってのは、予想の範囲を超えすぎだっての!」
妻だったイザナミノミコトは、お産で体を壊して亡くなったのだが、その亡くなり方も凄まじいものだった。
原因となった子は、ヒノヤギハヤオノカミ、またの名をヒノカグツチノカミといって、「火の」という名前の通り、燃え盛った状態で生まれてきたため、イザナミノミコトは陰部に大やけどを負ってしまったのだ。
産後に寝たきりとなったイザナミノミコトの容態は深刻で、上は嘔吐、下は垂れ流しというありさまだったが、その排泄物も、それぞれが神となった。
吐瀉物は、カナヤマヒコノカミという、鉱山の神に。
うんこは、ハニヤスビコノカミという、粘土の神に。
おしっこは、ミツハノメノカミという、水の神に。
瀕死の身から出た汚物をも、ことごとく世界に有用な神として生み落とし、イザナギノミコトの最愛の妻は、美しい姿のまま亡くなった。
だからこそ、妻を取り戻したい一心で、黄泉の国にまで駆け付けたのだったが、再会した彼女の姿は、至高の愛を地の底まで萎えさせて余りあるほどの衝撃をイザナミノミコトに与えたのだった。
「なんだよあれ。あいつ、あっちで不倫してたのかよ。状況的に、そうとしか思えないんだっての」
イザナミノミコトは、夫に姿を見られる前に、黄泉の国で食事をしてしまって、簡単には帰れなくなってしまった……みたいなことを、扉越しに伝えてきていた。
「それというのも、ダーリンがすぐ迎えに来てくれなかったせいなのよ。悔しいったらありゃしない。でも、こうして来てくれたんだから、あたしだって帰りたい。そこのところ、こっちでお世話になってる偉い人の許可をもらわないと。あ、ヨモツカミっていう方なんだけど、これから交渉してくるから、外で待っててね。え? 早く会いたい? それはダメ。いま会っちゃうと、いろいろめんどくさいことになるから、絶対入ってこないでね。のぞき見禁止よ!」
けれども夫は、見てしまったのだ。
妻のいる建物のなかに、こっそりと忍び込み、中があまりにも暗かったので、結った髪に刺していた櫛の歯を一本折り取って火をともして。
「蛆虫うじゃうじゃ満載のボディに、わけわからんオッサンが八人もむしゃぶりついてるとか、ありえないだろ! 髭もじゃ毛むくじゃらの連中が、寄ってたかって胸とか股とかに! そのオッサン共が、ご丁寧に一人につき千五百人づつ、くそキモチわりーゾンビ兵団引き連れて、逃げた俺を追っかけてくるんだぞ。あいつら何なんだよ。不倫の相手か? まさかとは思うけど、あっちで産んだ子どもか? だとしたら、相手誰だよ。そういえば、ヨモツカミがどうこうとか言ってたよな。聞いたこともない神だけど、そいつが相手なのか? てか、もう無理。これ以上あいつのことなんぞ、考えたくもない!」
そして、イザナギノミコトは結論づけた。
「復縁? 金輪際ありえんわ!」
気持ちは決まったけれども、心のざわつきは簡単には収まりそうもなかった。
妻の死から決別にいたるまでの、一連の騒動は、あまりにも重い悲しみと怒り、そして、途方もない汚れに満ちていた。
ゾンビクイーンと化した愛妻の記憶と体にまとわりつく悪臭その他を洗い流すために、イザナギノミコトは、身につけていたものをすぽすぽと脱ぎ捨てて、水浴びをしはじめた。徹底的な禊(みそぎ)を行わなければ、とても先に進むことができそうになかったからである。
その禊の一挙手一投足から、新たな神が次々と生まれ出てきた。
投げ捨てたズボンから生まれたのは、「分かれ道の神」。
投げ捨てた帽子から生まれたのは、「もう食い飽きましたの神」。
投げ捨てた左手のサポーターからは、「沖に遠ざかっちゃったの神」、右手のサポーターからは、「すっごい離れたよねの神」。
数が多いので、ざっくり省略。
新たな神々を生み落とすのに、もはや妻と合体する必要もなさそうだった。
単性生殖がイザナギノミコトの本意だったかどうかは謎だけれども、当面再婚する気がなさそうではあった。
で、体の汚れをすっかりすすいだあと、最後に顔を洗ったところ、それまで生まれた神々とは比較にならないほど尊い子どもたちが生まれてきた。
左の目の洗浄によって生まれたのが、アマテラスオオミカミ。
右の目を流して生まれてきたのが、ツクヨミノミコト。
鼻うがいをして出てきたのが、スサノオノミコトである。
つづく。
↓ 参考文献