湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

ティム・バートンの「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」

ティム・バートンは、ちょっと怖い。

子供の残酷な運命を、当たり前のように描くから。

そしてその子どもたちも、当たり前のようにその運命に閉じ込められて暮らしているから。

 

でも「ミス・ペレグリン」の予告編を見たら、どうしても本編をみたくてたまらなくなった。

 

 

 

 

時間の流れから永遠に切り離された過去の空間のなかで、人の世では生きられない特別な能力を持った子どもたちが、暮らしている。

 

 

彼らを守っているのは、時をあやつることのできる、ミス・ペレグリン

 

同じ24時間が延々と巻き戻されて、彼らの居場所になっている。

 

第二次世界大戦中の、静かな一日。

 

夜、ナチスドイツの爆撃機が、家に爆弾を投下した瞬間、ミス・ペレグリンの能力で、その日の朝に時間が戻る。そしてまた一日が始まる。

 

時が流れないから、子どもたちは成長しない。

 

 

守られるだけで、意味をなさない暮らしの中にあって、狂った方向に成長を遂げようとするものが出て来てしまったのは、無理もない話だったことだろう。

 

怪物に殺された祖父の遺言に従って、かつて祖父を保護していたというミス・ペレグリンと出会った主人公は、祖父も自分も異能力者であったことと、祖父を殺した者たちが、かつては祖父たちと同じ仲間であったことを知る。

 

殺戮者たちは、ミス・ペレグリンと同種の、時間を操る保護者たちの能力を奪取して、より強大な存在となり、さらに同胞たちを殺して食らうことで、思いのままに生き続ける力を身につけようとしていた。

 

 

子どもたちが。それぞれの異能力と知恵を駆使して、殺戮者たちを滅ぼす過程は痛快で、映画としてとても楽しめたけれども、見終わったあとに心に残ったのは、やっぱりティム・バートンの映画だったなあという思いだ。

 

 

物語の登場人物たち……主人公も、その両親と祖父も、ミス・ペレグリンと彼女の守る子どもたちも、敵の化け物たちも……すべてが、実の親の庇護を得ることのない、家庭の愛と安らぎを全く知らない子どもたちだった。

 

 

美しいミス・ペレグリンは、命をかけて子どもたちを守ろうとするけれど、彼女は子どもたちの成長を微塵も願ってはいなかった。ただ、生かそうとするだけの愛では、子どもたちのこころは、永遠に成熟しない。だから、恋もありえない。

 

けれども、外の時間の流れからやってきた主人公の存在と、ミス・ペレグリン不在の危機を乗り越えた冒険が、彼らの精神を一気に成長させる。

 

新たな時の流れの中で、ミス・ペレグリンは、成長した子どもたちと共に、どう生きてきくのだろう。

 

そこが知りたいと思った。