湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

土曜の朝の万葉集


死と表裏一体の恋というのが、あるらしい。



戀尓毛曽 人者死為 水無瀬河 下従吾痩 月日異  (598)

こひにもぞ ひとはしにする みなせがわ したゆあれやす つきにひにけに

 
 

  《ひどい意訳》


 いつのまにか、物が食えなくなっていた。
 誰にも言えない。家族にも。
 食べたふりして、あとでこっそり吐いてるなんて。

 

 「お前、ちょっと痩せた?」って聞かれても、
 「着痩せするタイプなんだよ」と言ってごまかす。
 バレるのは、時間の問題だろうけど。

 

 原因は、分かってる。
 恋だ。

 

 日に日にひどくなっていく、顔。
 やつれてる、なんてのを通り越して、もはや骸骨。

 

 もしかして、このまま俺、
 死を迎えちゃったり、するのかな。
 恋でも、人は死ぬんだな。知らなかったよ。

 

 

 上代日本に拒食症があったかどうかは知らないが、この歌の作者が食欲不振だったことは間違いなかろう。頭に死がよぎるほど、やつれて体調を崩しているのだから。

 

ハマればじわじわと死に至る恋。
毒のように危険な恋。


映画やドラマで見るならば、それはいっとき心を奪う、刺激的な娯楽となるだろう。


でも、自分でほんとにそれをやれといわれたら、私だったら、きっぱりとお断りする。

 

うるわしのジュリエットになって、ロミオと恋に落ちるまではよい。でも墓穴で心中するのは御免こうむる。よほどのナルシストでもない限り、そんなこと自分からしたいとは思わないだろう。拒食症になるのも御免だ。


「そして恋する二人は、いつまでも、幸せに暮らしました」


自分で演じるのなら、こちらのほうが無難でよい。


ただし、ここから先はもはや恋の物語ではない。

 

確かに二人は幸せにはなったかもしれない。

 

でも、いつまでも互いを恋し続けたかというと、それは、怪しい。二人の思いが成就し、関係が安定した段階で、たいていの恋は断末魔を迎えることになる。恋とはそういうものだから。


有名な「新明解国語辞典」の「恋愛」の記述を引かせていただく。

 

れんあい【恋愛】

 

特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、できるなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。 

 

(新明解国語辞典 第四版)


いつでも一緒にいて、随時「合体」できる相手に、激しい恋愛感情を抱きつづけることのできる人は、滅多にいないだろう。彼らの関係は、恋とは違うものへと、変質していかざるをえないのである。


幸せな恋は、自ずから終わりを迎える。それはしかたのないことである。

 

けれども、恋がすばらしいものであると感じるがゆえに、刺激のない穏やかな倦怠関係に移行することを惜しみ、いっそ恋に終わりがこなければいいと思うのは、人情としては無理のないところだろう。

 

終わらない恋を実現する方法があるとすれば、それは幸せにならないことである。

 

一番簡単かつ確実なのは、ロミオとジュリエットのように、死によって、恋の成就を永遠に不可能にしてしまうことであろう。


万葉集の時代の、恋に恋する人々も、そんなドラマの主役になることを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。

 

 

念西 死為物尓 有麻世波 千遍曽吾者 死變益 (603)

 

おもふにし しにするものに あらませば ちたびぞわれは しにかへらまし

 

戀為 死為物 有者 我身千遍 死返  (2390)

 

こひするに しにするものに あらませば わがみはちたび しにかへらまし

 

 


収録されている巻は違うけれど、双子のようによく似た歌である。

 

どちらの歌も、「こひする(おもふ)」ことと「しにする」ことを、分かちがたいものと見て、その抜き差しならないドラマのなかに自らを投入することを強く願っている。この時代の定番の発想であったのかもしれない。

 

気になるのは、最初に引用した歌にも使われている「死にす」という和語サ変動詞である。

 

辞書を引くと、「死ぬ」と同じ意味の動詞として記述されているけれど、私には、どうも何か意味が違うように思えるのである。同じ和語サ変である「恋ふ」と「恋す」の違いも、分かりそうで分からない。

 

いくらか想像がつくのは、ナマナマしい感情の表出をするのに「~する」型の表現を採用すると、スカした感じになるということである。

 

たとえば、女性百人にこんなアンケートを取ってみたら、どんな結果がでるだろうか。


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あなたは、どちらの告白に、真実の愛を感じますか。

A 俺はお前が好きだ。
B 僕は君に恋しています。


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探せば国語学系の研究論文があるかもしれないけど、家にいたんじゃ調べようがない。これについては、今後の課題としつつ、ウソ訳だけこしらえて、今日のところは終わりとしたい。

 

   《603と2390をまとめて意訳》


   恋がしたいの。
   最高の、激しい恋。
   死んだってかまわないと思えるような。

   そんな恋のできる人と出会ったなら、
   千回死んだっていい。

   ねえ、どっかに落ちてないかな、そんな人。

 

 

(2005年05月21日)

 

腐女子の万葉集シリーズ

 

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※過去日記を転載しています。

※他ブログに同内容の記事を掲載していましたが、今後、こちらにまとめていく予定です。

 

 

 

新明解国語辞典 第4版

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